CASE:ExtraMaxWay
昔、ある人が思った。
この世は美しいと。
燦燦と輝く太陽は昇り、そして姿を変えて落ち、また昇る。
粛粛と照らす月は夜の静けさをほんのり暖かくする。
青き大地は爽快さそのもので、黒き大地は静寂で彼を包み安眠を誘う。
そして彼が踏みしめる茶や緑の大地はいつでも不変としてそこにあり、常に彼を支えてくれる。
雨は時々鬱陶しいと思うが、彼に潤いを与えてくれる。
森羅万象、自然はこの世に満ち満ちており、そしてだからこそこの世は美しい。
本当に彼はそう思った。
であるのならばと彼は考える。
この世に存在する全ては自然。
彼もまた自然なのだと。
それはとても喜ばしいことで。
この世が美しいのなら、自然が美しいのなら、同時に彼もまた美しい物の一部だと、そう彼は感じた。
彼は一人だった。
いつどこで生まれたか、親はどこにいるのか、何一つ彼は知らない。
彼は彼自身が“人間”という枠組みの中にあるということすら知らなかった。
ただ理解していたのは、彼が野を駆ける獣や、宙を舞う鳥、川を漂う魚の様に“動物”であるということだけだった。
彼は孤独ではなかった。
なぜなら彼は他と付き合うということを知らないからだ。
彼にとって、自分と同じ分類である“動物”などいる筈もないものだった。
彼は一所に留まるということはしなかった。
この世には自然が溢れている。
だとするなら、一つに留まるなど愚の骨頂。
自らに生があることも知らない彼は、それでもどこか自分には時間の制限があるのだと感じ、一秒たりともその時間を無駄にすることはなかったのだ。
ある日彼は不思議な物を目にした。
それは人が集まり、家々がちらほらと建っている小さな村だった。
彼が他の人間を目にするなど初めての事で。
彼は若干の恐れを抱きながらも村に足を踏み入れた。
彼はそこにいる者たちが自分と同じ“動物”だという事を知っていた。
彼は水に映る自らの姿形を見た事があるからだ。
村人は初めて目にする彼に少しばかりの驚きを持ったが、彼が悪い者で無いと分かるや否や歓迎した。
その日彼は初めて人との交流をし、その暖かさを知った。
言葉こそ分からなくても、彼らは分かりあったのだ。
村人は言った、行く当てがないのならこの村にいないか、と。
当然彼は何を言っているか理解はしていないが、それを肌で感じ取った。
自然の中で培った勘故か、はたまた生まれた時点で持っていた敏感な感受性故か。
それは分からないが、彼は笑顔でその問いに対して答えたのだ。
それから数日、彼にとって感動の日々が続いた。
火の起こし方を知り、狩りの仕方を知り、そして他人と触れ合う喜びを知った。
そして彼は思う。
ああ、これもまた美しいと。
自然の中で生き、自然の中で暮らしていく。
全てを自給自足でまかなうその暮らしは、自然だったのだ。
ならば彼はこの暮らしを愛さずにはいられない。
そして同時に、そこに住む村人たちも愛した。
なればと、彼は狩りに出かけた。
愛すべき者たちから受けた恩恵は、自らの与える恩恵で報いなければならないと思ったからだ。
狩りを終え村に帰ってくると、彼は極最近知ったある物が輝いているのを見た。
火だ。
火が村を包んでいる。
しかし彼にはそれが一体どういう状況なのかを理解するほどの情報を持ち合わせてはいなかった。
その火を見て尚彼の心には、村人たちが自分の恩恵を喜んでくれるかどうかという事しか存在していなかった。
村に着くと、そこには地面に寝転がっている村人がたくさんいた。
なんだ寝てしまったのかと思い、体を揺らし村人を起こそうとする。
彼はいつも昇る日を見るために朝早くから起きていた。
この村での彼の仕事は村人を起こすことだったのだ。
いつもそうしてきたし、そうすることで村人たちは“おはよう”と言いながら起きていたのだ。
だが、今はそれをしても起きない。
一体これはどういうことだとうつぶせの村人を仰向けにしてみる。
村人の腹には斬られた傷があり、乾いた血が衣服にこびりついていた。
この赤い物が血だということを彼は知らないが、狩りをした時、動物が同じ赤い物を流す事を彼は知っていた。
そして彼は思った。
村人たちは狩りをされたんだと。
一体何にかは分からないが。
なんにしても、彼はその時初めて他人の、自らと同じ動物の死を体験した。
自然と、彼の目から涙が零れ落ちる。
それも初めてで、悲しみが心を覆うという事態も初めてで、それでも彼は悲しんだ。
その時、何処からか悲鳴が上がる。
燃えていない家屋が一つだけ、そこから悲鳴は聞こえた。
誰かが起きていてくれたと思った彼は、咄嗟にその家に駆け寄り玄関に掛けられている布を潜り中に入った。
悲鳴を上げたのは女で、上げさせたのは複数の男だった。
彼らは嫌がる女を追いかけて遊んでいたのだ。
なんだまだ残っていたのかと男たちは言う。
その一言は、先の様に理解は出来なかったが、感じた。
こいつらが村人たちを起こさないようにしたんだと。
彼は怒りの形相で男たちに答えた。
彼は男たちに飛び掛り戦った。
殴り、蹴り、首を締め上げる。
いつも狩りでやっている様に、男たちを狩っていったのだ。
男たちはその彼の鬼人の如き戦いぶりに恐れおののき、ある者は刃で切りかかり、ある者は大きな石で殴りつけた。
が、刃は刃こぼれ石は砕けで彼に傷一つ付ける事など敵わなかった。
男たちはさらに恐れ、家からの逃走を図る。
が、彼がそれを許すはずもなく、彼は全ての男たちを狩った。
彼の心は晴れる事はなかったが、どこかすっきりしていた。
そうだ女はどうなったと思い家の中に戻ってみると、最初に狩った筈の男が女の首筋に刃を立てて立っていた。
やめろ近づくな女を殺すぞ、と男は言うが、彼には理解が出来ない。
彼は一気に彼に近づき狩り直そうとした。
が、一歩足りず女の首は切り裂かれ、真紅の液体が彼の顔に降り注いだ。
一瞬遅れ彼の拳が男の顔に命中し男は吹っ飛んだ。
男は死んだ。
彼は気づいてこそいなかったが、この時“攻撃”を使っていたのだ。
そして女も死んでいた。
首を斬られたのだ、死んで当然と考えるべきだろう。
彼は怒りを心中に抑え、再び悲しみを表出した。
彼は死んだ女を抱き上げ近くの湖畔へと運んだ。
人体が水とともに構成されている事を彼は知っていた。
だからこの女を水へと帰したのだ。
月明かりの下、静かに煌めく湖に。
彼はゆっくりとした流れに誘われ流れていく女を見つめ続けた。
一体なんなのだろうと。
何が起こったのか、未だに彼は理解できていなかった。
しかし次の瞬間に、彼は理解できた。
いや、理解せざるを得なかった。
湖畔に写る自らの顔を眺める事で。
血に染まり、表情は怒りとも悲しみとも見分けられない。
そうか、自分は同族を狩ったのだ、と。
理由は知らないが、男たちは村を襲い、そこにいる村人を殺した。
そして自分はその男たちを殺した。
自然に生きる“動物”たちも、同族で殺しあったりはする。
ただそれは、基本的に自らの縄張り、住処を守るための争いで。
そして争いを仕掛けた方も、自らの家族の生活を安定させるため、致し方なく同族を殺めようとする。
それは自然の理だ。
だが、今日のは違う。
男たちは住処を欲していた訳ではない。
ただ殺したくて、ただ欲望のままに村人たちを殺したのだ。
それはとても不自然で、忌避する対象だ。
自然の一部である筈の自分たちが、不自然な行動を取る。
それはそのまま、自分たちは自然ではなく“不自然”であると言っている様な物ではないだろうか。
そして極めつけ……自らもその不自然に関わってしまった。
自らに付着する血がそれを物語っている。
つまり自分は、自然ではない。
そして自分は、美しくはない。
それを自覚した瞬間、彼の心に何かが弾けた。
……この世は美しい。
何故ならそれは、美しさの源である自然がこの世に散りばめられているからだ。
そこに不自然など不要。
何故なら不自然など醜く、この世にあってはならない物だからだ。
ならば、不自然な人間などこの世に必要ではなく、そして同時に自分も必要ではない。
それを自覚した瞬間、彼は一つ段階を上げた。
年代不明。
が、確実にセカイの一瞬、人類史の一瞬に於て、この世に一人の人間も存在しない時期があった。
それは後に“自然が行う完全排他”、『ExtraMaxWay』と呼ばれる呪文のせいだという事が発覚した。
ある一体の悪魔の存在によって。




