CASE:御剣爽
人が生きていく上で大切な物はなんだろうか。
やはり、現実的に考えると、絆とか仲間とかそういう以前に“親”だろう。
親がいなきゃそもそも産まれる事は出来ないし、親がいなければ産まれた所で育たない。
親程生きていく上で大切、重要な“物”はない。
ならば、何故俺はそんな重要な“人”の事を“物”などと形容するか。
答えは簡単、俺は親の事を覚えていないからだ。
5歳の頃、アフリカの大地に忘れ去られてから、俺は親に会っていない。
そしてどうやら俺は過去に対する愛着はほとんど無いらしい。
だからと言うか何と言うか、俺は親の顔とやらを全くと言っていい程覚えていない。
まあそんな細かい事はどうでもいい。
んじゃま、短くなるかもしれんが俺の話を聞いてくれ。
5歳。
幼い。
記憶力はほとんど無いと言ってもいい年代だろう。
あったとしても微弱な学習能力くらいだ。
しかしだからと言って、こんな事は有り得るのだろうか。
5年、少なくとも4年、育ててくれた、剰え親だったという人二人の存在が朧になる事は、有り得るのだろうか。
答えは分からない。
記憶力は人によりけりである。
親として子に向ける愛情も人によりけりである。
だとするならば、やはり、俺が彼らの事を覚えていない事は、案外あっさりと有り得る事なのだろう。
それは良いとしよう。
もう一つの方がどちらかと言えば重要だ。
聞くところによると、俺は5歳の頃アフリカで紳に拾われた“らしい”。
そして俺は、日本人貿易商の子供“らしい”。
それらの事を俺は明確に覚えていない。
それは酷くおかしい事ではないだろうか。
そんな大事、忘れたくても忘れられる物じゃない。
紳に聞いても然りだ。
あいつは俺をアフリカで拾った、そして俺は日本人貿易商の息子だった、と。
その結果しか知らず、過程は空の彼方だ。
しかし、あいつはそれをおかしいとは感じていない。
それは当たり前の事ではある。
奴が“紳士”だった頃を、奴は覚えていない。
俺と年が変わらなかった事も。
俺は覚えている。
何故なら権限者だったから。
全く、こんな中途半端な力、残されても迷惑だ。
「どうかしましたか爽?」
「ん?ああ、いや、別に何でもない。……ところで、神杉紳。」
「はい?なんですか改まって。」
「お前さ、自分の前の名前、というか呼び名って覚えているか?」
「前の名前、呼び名、ですか?それは前世のという事でしょうか?」
前世か……あながち間違えではない。
間違えではないが、大いに間違っているとも言える。
実際は死んでいない状態で此処まで来ている訳だし。
そういう意味で、俺達に前世なんて無い。
あったとしてもそれは、俺が権限者になるまえの話で、明確な答えなんて出せない。
ならば質問などそもそもするべきではないだろう。
問いの対は答え。
双極に於て、実際は対ではない不完全の愛でる対象。
これが問いの対が問いならば、それは史上に於て最も憎むべき物となる。
俺はそれを知っているが、紳士はそれを知らない。
そしてまた、“剣”もそれを知らない。
ならばこう言うしかないだろう。
「そういう事になるかな。」
「ふむ。私は前世という物を信じてはいますが、どうでしょうね。私が覚えていないのであれば、それは恐らく、覚えていたくなかった事なのでしょう。」
「成る程。」
それは正しく、そして答え、対である。
「……でもさ、俺は知ってるんだ。お前の前の呼び名も、俺の前の呼び名も。」
「ほう。それは興味深いですね。聞きましょう。一体何と言う名だったのですか?」
その問いに、対を用意するべく俺は答えを述べる。
「お前は紳士で、俺は剣。どうだ?理に敵ってるだろ?」
当然言った所で紳が思い出す訳ではない。
だがいいんだそんな細かい事は。
いつかまたあの世界に戻った時、そして今。
この孤独を少しでも拭い去る事が出来るのなら、俺はそれでいい。




