愛すべき未来の焔業
その後の応酬は、そりゃもう4ヘッドVTRを使いまわしでなく使って保存。
そして擦り切れてフィルムが白くなるまで何回も見たいレベルのもんだった。
主観的に見ればだけど。
“烙印”を纏わせる鎌を受けるのに、柄を足で弾いたり。
振るわれる刀をすんでで避け、そのまま左腕を掴んで投げ飛ばしたり。
「成る程。基礎戦闘力はかなり良い。更に言えば、まあさっきを除けばだが、戦闘に於ける勘も中々。」
「ありがとう。褒められて素直に嬉しいよ。」
「この四ヶ月程何処で何をしていたかは知らないが、更に言えばその前のお前の戦闘スタイルや戦闘力は知らないが、かなり良くなっているとは言える。」
「……ま、色々体験、元い経験してきたからな。」
熱い所でだったり寒い所でだったり森の中でだったり。
[面白かっただろう?]
それは勿論。
「ふむ。」
爽が“得難いは全てに説き伏す烙印”を振るう。
綺麗な火花を残し、鎌の存在は解除された。
ついでに『凪』も消えている。
「終わりか?」
それだと助かる。
「いやもう少しやろう。もう一つの術式兵装を見せてやるからよ。愛。“愛すべき未来の焔業”。」
次に爽が召喚したのはこれまた赤い刃を持つ刀だった。
さっきまでの鎌と違うのは、熱気を感じる事だな。
[先程の鎌は精神的焼却。こちらは物理的焼却。焼却という基本的な部分に於ては同格だが、根本が違う。人を殺すか、中の者を殺すか。その違いはさほど大きいとは言えないが、やはり違う物であるという事は認識せねばなるまい。]
どっちにしても火が当たりゃ痛いし斬られても痛い。
ならさっきまでとやる事は大差ない。
だろ?
[その通りだ。]
「取りあえず一刀でいってやる。……さっきまでは鎌持っていたから振るの遅かったが、今からはそうはいかねえぜ。」
「そうなのか?」
「ああ。早さで言えば『凪』>“愛すべき未来の焔業”>>>>“得難いは全てに説き伏す烙印”。術式兵装ってそれ自体に重さはないんだが、空気抵抗はやっぱり微妙に受けちまう。そういう点で、やはりと言うかなんと言うか、鎌だとな。」
「成る程。」
空気抵抗を受けるという事は知らなかった。
ま、俺は見た目あれだけ重そうな“影の王冠”をぶんぶんと振り回せるんだから、そもがそもそもそんな事を考慮に入れるなんて頭が無かったとも言える。
そういう点でやはりと言うかなんと言うか、爽は根っからの孤立狼であり剣士、元い武士なんだな。
「ま、死なない程度に頼む。」
「勿論殺したりなんてしないさ。さっきも言ったがこれは殺し合いじゃなくて模擬果たし合いだからな。」
言い終えると同時に爽は突っ込んできた。
何の策も労さず、また考えも持たずといった具合にだ。
「そして斬る。」
「そして当然俺はふせ―――」
この場合“ぐ”と続くのが最良なんだが。
今回はそうもいかなかった。
あまりにも早いその斬撃は、数にして三。
約一秒の戦闘で三撃放たれた。
そして俺はその内の、いやこれは一つでも防げれば上等なんだが、一つもふせ“げなかった”のが現状だった。
「ぐ……痛い。」
「斬られればそりゃ痛いだろうな。ちゃんと人間の証として赤い血も、流れる!」
「あ、ぐ!?ぶぉふぇ!」
斬撃による痛みの余韻もそのままに、腹を蹴られ後ろに吹き飛んだ。
そりゃもう吹き飛んだ。
大体2mくらい。
吐瀉物を撒き散らしながら。
服が汚れた洗わなきゃ。
「ふむ。ま、こんな所か。」
「げぼっ。……何を納得してんだお前。」
痛みと嘔吐感を残した腹を摩りつつ、更に座りながらだが何とか俺の冷静かつポーカーフェイスを保ち、それにより俺のキャラを崩さぬ様問い掛ける。
[貴様のキャラがそんなものだと何処の馬鹿が定義した。]
俺のキャラに疑問を持つのはいいが定義した奴を馬鹿呼ばわりするな失礼すぎる。
「お前の力をだ。結構褒めたしこれくらいで良いだろ?お前は去年まで、いや、正確には今年の三月頃までか。そんな細かい事はどうでもいいが、平和ボケした学校にいたんだ。それに対して俺は危険な箇所を渡り歩いてきた。いくらお前が“悪魔”や“ベレト”と同化していようがその差は埋まる筈ない。今のお前じゃ俺との格差は有りすぎて然も有りなん。」
「そりゃそうかも……?」
今こいつ悪魔“や”ベレトって言った?
悪魔“と”なら分かる。
ベレトは正真正銘の悪魔なんだからな。
しかし、目の前にいるあいつも俺と同様魔術師だ。
だとするならそもそも、悪魔と同化しているなんて回りくどい事は言わない。
ましてあいつは俺がベレトと同化している事を知っている。
ならば尚更悪魔と同化しているなんて言わない筈だ。
いや実際悪魔“や”って言ったんだけどそういう話ではない。
話を纏めてみよう。
核心、これは俺の核心なんだが、それこそ無いにしても爽は、俺が“悪魔”と同化している事を知っている。
「当然、お前はDynamicWorldって知ってるよな当事者だし。」
「あれは……全世界の人間が見ている前で消滅したからな。」
「ま、実際はそれも違うが……そんな事はどうでもいいか。」
意味ありげな事を言いつつ、爽は“愛すべき未来の焔業”を解除した。
さっきは消して直ぐに召喚していたが、そんな動作を起こそうという気がまるで無いという事は見れば分かる。
「おい……。なんで刀消してんだよお前。」
「ん?俺にはもう戦う意思が無く、ただ最後の権限者と、少し前の権限者として話したいだけだから。という理由ではダメか?」
「当たり前だろ!喩えお前が剣を手に持つ奴を前に丸腰で相対する程肝が据わった奴だとさても、俺はそんな奴を看過出来るほど人間出来てないんだよ。」
「噛んでるぞ。だとしても、だな正確には。まあ言うじゃないか。言は剣よりも強し。」
「若干上手いがそれも間違いだ。加えて言えば俺は真剣に言ったことに対して冗談で返されてもイラッとしない程人間出来ていない。」
今度はすらすら言えた。
「それについては謝る。けど、再び構えるつもりはない。戦う意思もない。」
「……俺は今お前に一撃加えたいという意思の塊だ。今にもお前に向かって“影の王冠”を投げ付けたいくらいにな。だけど、そうする前に聞きたい事がある。」
「なんだ?恐らくだが、それは多分俺が先に挙げたしたい事と一致するだろうな。」
「お前、その、俺が何と同化しているのか知っているのか。」
「王悪魔『ベレト』。その名に恥じぬ地獄の大王。そして『悪魔』。強いていうなら神悪魔『悪魔』。全ての悪魔の元始である者。これで間違いないか?」
……間違いは、ない。
間違いなのはこいつが悪魔の存在、否、それくらいなら知っていてもおかしくはないか。
本に載ってたし。
間違いなのは、質の悪い間違いとは、爽が俺と悪魔の関係を知っているという事だ。
「何で知っている。ジェイカーさんにもセナリアにも、誰にも言っていないそれを何で知っている。」
知っていたのはあの三人、ネフィリム、センマイカ、スマタカシだけだ。
ライノセンスやサリエルは知ったのだから、この場合は含めないでいいだろう。
だとするなら、まさかとは思うが、ジェイカーさんが連れてきたこいつは。
「言っておくが、ライノセンスとかそういう類の奴とは関係がない。」
「そうかよ。それを聞けたのは僥倖だ。だけどならどうして何故どうやって俺が悪魔と同化している事を知っている。」
「言ったろ。俺はお前同様権限者だった。俺は、俺が世界を構成してから世界が4回変わったことを知っている。つまりこの世界は4回目という事になるが、そんな細かい事はどうでもいい。何にしても俺は大規模な世界の改変という物に4回立ち会っている。それなりに世界に精通しているんだ。」
「……で?」
「だからお前が魔術が広まった世界を創った事も知っていたし、悪魔と同化している事も最初から、お前と知り合う前から知っていた。細かいステータスなんかは知らんかったが、まあそんな細かい事はどうでもいいか。」
「そうか。なら……。」
なら、遠慮なんていらないか。
ばれるだろうという外聞も気にする必要なんてない。
「さっきも言ったが、俺は今結構いらいらしている。5割程八つ当たりであまり良いものではないが、それにしたっていらいらは誰かを傷付けるのに歯止めを掛けないで済むだろう感情である事は分かれ。」
ほれみたことか。
あまりにもいらいらしてるんで、どっかの支離滅裂野郎並に意味不明で、更に言えば後半には最低最悪な事を言っちまってる。
「何と言うかまあ、悪魔の力を見るのは俺も楽しみではある。」
「……いらいらしてるから、今からは俺は仲間に対して、知り合いに対して絶対に言うべきでない台詞をお前に言うぜ。“ぶっ殺す。いや寧ろ死ね”。単純なる破壊の力。ぶ―――」
「双方剣を、いや、この場合更月君はいらいらを、爽は挑発を収めなさい。と言うべきですか?」
「き、っと。……紳さん。」
「何でしょうか更月君。質問を許可しましょう。」
「質問なんてしません。言いたいことはただ一つ、俺と爽の間に割り込むな。」
いかんなあ体中の血が頭に上ってるなあ。
敬語で話せよ俺。
「挑発はするもんで乗るもんだ。……です。そして俺はいらいらしている。だから俺は乗るしかないこの挑発に。」
「まあまあ落ち着いて下さい。吐いて酔いが醒めて冷静になってから興奮しているでしょう?なら順を追って逆順しましょう。」
……一度吐いた物をもう一回戻す訳にはいかないだろ。
「それに、俺の名誉のために言っておきますけど、俺は酒なんて飲んでません。」
「そうだったんですか。それは失礼。しかし更月君。」
「……はい?」
「第三者である私と話す事、この季節にしては爽やかな夜風のおかげで冷静になったのではありませんか?」
「え。」
そういえば。
「ある二人が喧嘩をしていたとして、それを楽に収めたいのならやはり、第三者がそれとなく介入するのが一番のやり方です。場合によって、つまり、その二人の内どちらかがですが、血気盛んな場合はこの限りではありません。その場合は静観なり俯瞰なりを決め込みましょう。」
「……。」
線引きがなかなか難しい。
この場合は、俺のキャラが冷静かつポーカーフェイスで助かりましたね紳さんは。
「そろそろ言いか紳。」
「ええはい。爽に発言権を与えましょう。」
「涼治、俺が悪かった。」
「は?」
「実際問題、悪魔の力は見たかったが、それが俺に奮われると思うと結構びびる。挑発して悪かった。だから怒気を収めてくれ。」
「いや、まあなんだ。俺もキャラに似合わず怒って悪かったよ。」
この剣、いやこの件はこれで水に流すという事で。
……俺は爽の力を見ることが出来て楽しかったしな。
その後、俺の名誉は崩れ去って酔いまくった事を言うのは完全なる蛇足だろう。




