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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
八年間の片思い side璃子
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コスモス:乙女の純真



 唇にあたる感触に、大きく目を見開いた。

 ――――っ!?

 キスされたんだって気づいたのは数秒後で、私は思いっきり腕を伸ばして男子の胸を突きとばした。


「なっ……!?」


 なにするのよ――って言いたかったのに、頭が真っ白で、言葉にならない。

 男子は私の力なんかじゃよろけもしなくて、逆に私が後ろによろけてしまう。すっと顔を私の上からどかした男子の瞳には言い知れぬ熱が宿ってて、その熱に思わず身じろぐ。


「俺はあんたが好きだ」


 そう言い放った男子は、とっても不敵で魅惑的な笑みを浮かべている。

 思わず見入ってしまいそうになって。だけど、真っ白になっていた頭が回り始めると、驚きから急激に怒りがこみ上げてくる。


「そんなことっ……いきなり言われても困る。ってっか、最悪っ!」


 なに、この事後報告的な告白。ってか、こんなの告白だなんて認めないしっ――!


「なんだよ、最悪って?」


 私の言葉を聞き咎めて、男子が片眉をあげる。


「なんだよじゃないわよ……、さっき、人になにしたと……思ってるのよ」


 キスだなんて認めたくなくて、あえて言葉を濁したのに。

 ニヤッと笑って男子が言う。


「あー、キスのことか? 別に減るもんじゃなし、いいだろ。俺がしたかったんだよ」

「意味分かんないしっ」


 私は体の前で腕を組んでぷいっと横を向く。


「いいから、俺と付き合えよ」

「嫌よ、私、好きな人がいるんだから」


 自分の口から出てきた言葉に、自分自身ではっとする。


「なんだよ、付き合ってるやつがいるのか?」


 横を向いてていても、男子が私をじっと見てるのが分かって、ぎゅっと唇をかみしめる。一瞬だって、動揺を悟られてはいけないと思って、小さな吐息と共に言う。


「そうよ……」


 本当は付き合ってる人はいないけど、そう言っておけばこの男もきっと諦めるだろう。

 言い聞かせるように心の中で呟いて、脳裏に浮かぶ涼しげな笑顔を振り払う。瞬間。

 すっと髪に触れられる感触を感じて振り返ると、彼がポニーテールの毛先を掴んで口づけたとこだった。


「綺麗な髪だな」


 講義室内がざわついて、きゃ~とか悲鳴のような声がしたのを聞いて、私ははっとする。ここが講義室で、私達のやり取りをまだ講義室に残っていた学生が一部始終見ていることに気づいて、かぁーっと自分でも分かるくらい赤くなる。

 うぅ、綾と琴羽も少し離れたとこで好奇心に満ちた瞳でこっち見てるし。恥ずかしすぎるっ。なんなの、この男っ!?


「ちょっと! 髪の毛、触らないでよ」

「いいじゃんか、触るくらい。減るもんじゃなし」

「あなたの理屈ではそうかもしれないけど、女の子の髪は勝手に触らないのよ、デリカシーない男って最悪!」

「なんだよそれ、俺のどこがデリカシーないっていうんだよ」


 納得がいかないというような表情を睨み付ける。


「そういうところよ。とにかく、私はあなたとは付き合うつもりはないの。シャーペンは返してもらったし、用事があるからもう行くから」


 一方的に話を切って、階段状になっている通路を降りて扉に向かう。途中、綾と琴羽とすれ違う時、なんともいえない微妙な笑みを浮かべて軽く手を振った。

 二人も声をかけてくることはなくて、私は足早に講義室を出て階段を下りて食堂に向かったんだけど……


「なぁ、名前くらい教えてくれよ。俺は東海林 翔(しょうじ かける)。翔って呼んで。なぁ、なぁ」


 しつこくも私の後を追いかけて、まだ話しかけてくる。

 なんなの!? なにがこいつの興味を引いてしまったの……?

 どんなに早く歩いても、もともともコンパスの違いか、優雅な足取りですぐに追いつかれてしまう。あまりにもしつこくて、もうついてきてほしくなかったから、食堂の手前で私は足を止めてくるっと翔の方を向いた。


「私は小鳥遊 璃子。これでいいでしょ? もうついて来ないで」


 もちろん、笑ってなんてやらない。険しい表情で、苦々しく喋る。


「ふーん、璃子か」


 それなのに、翔はにやりと妖艶な笑みを浮かべる。


「可愛い名前だな」


 こんなふうに女の子が喜びそうな甘いセリフをさらっと言えちゃうところが、私にどうしても拓斗を思い出させて、胸の奥がもやもやする。

 まあ、拓斗のは天然で、この人のは計算し尽くされた女ったらしってカンジはするけど。

 翔から視線を床に落としていた私は、ちらっと翔を見てすぐに視線を外す。

 ちょっと上から見下ろすような強気な視線、すらっとした長身に服の上からでも分かる筋肉質の体、男の色香が漂っている。

 どういうふうに笑うのが一番自分の魅力が伝わるのか分かっていて、そうしているような堂々とした態度に視線を向けてしまいたくなる。

 私は複雑に湧きおこる感情を押さえるように、ぎゅっと拳を握りしめた。

 付き合っている人がいるっていうのは嘘だけど、そう言えば諦めてくれると思ってたのに、なんでこの人は「そんなこと気にもしない」ってカンジで、こんなにもしつこくついてくるのかしら……

 そもそも昨日会ったばかりで、いきなり好きとか言われても全然実感わかないし、私のどこを好きになったって言うのかしら。

 会話らしい会話だって、ほとんどしていないのに……

 でも、とにかく、翔には諦めてもらわなきゃ。

 これからも学科で顔を合わすことになるから、私はなるべくきつくならないように言う。


「まずは友達として仲良くしましょう。これから六年間同じ学科で学ぶんだもの。じゃ、彼氏が待ってるから」


 最後の言葉はわざと強調するように言って、私は渡り廊下を渡って食堂に入った。

 すでに食堂にはたくさんの学生がいて、私はその中に視線を巡らせたんだけど、夏帆はまだ来ていないようだった。携帯を確認すると夏帆からのメールは来てなくて、私から「食堂に着いた」とメールをした。


「彼氏にメールか?」


 ひょいっと肩越しに覗かれて、慌てて携帯をとじる。


「なっ……んで、ここに……」


 もう諦めたとばかり思っていたのに、翔がいてビックリする。

 翔は驚いてる私を見て、にやっと口角を上げる。


「俺も食堂に用事があるんだよ」


 そんなの嘘だって分かってたけど、そう言われては言い返せない。私は悔しいというよりも、激しい執着心を見せる翔に、どうしてこんなに気に入られてしまったのか不思議でならなかった。

 首を傾げて翔を見上げていた私は後ろから声をかけられて、その澄んだ声の胸を震わせる。


「璃子?」


 どうしてこのタイミングで現れるかな……

 振り返らなくても、声を聞いただけでそこに誰がいるかなんて私には分かっていた。でも、このタイミングだけでは会いたくなかったよ。




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