ホトトギス:秘めた思い
夏帆と姫路先輩と蕨先輩と四人でお昼ご飯を食べてから、正門前の広場に作られたアウトドア部のブースに案内された。ブースといっても、机二つと椅子が四つ並べてあって、机の前のとこに大きく「アウトドア部」と書かれた紙が貼られているだけなんだけど、女の先輩と男の先輩がブースの椅子に座ってて、私達が近づくのを見てぱっと顔を輝かせた。
「入部希望者?」
眼鏡をかけた男の先輩が尋ねる。
「そう。高校の後輩の松本と璃子ちゃん」
うっとりするような甘い笑みを浮かべた姫路先輩に、私はちょっと首を傾げる。なんで私だけちゃん付けなんだろう……
「きゃ~、嬉しいっ。女の子の入部希望者ぁ~。でかしたわ、姫路君!」
きゃっきゃっとはしゃいだ声を上げたのは女の先輩は小柄で可愛らしい雰囲気をまとっている。座ってるから正確には分からないけど、身長は私と同じくらいか、もしかしたら低いかも。
「私は夏川 啓子よ。啓子ちゃんって呼んでね」
「乾です」
にっこりと人好きのする笑顔でいった啓子ちゃん先輩、物静かな印象の乾先輩。
「じゃ、ここに名前と学科名書いて。それとこれは入部届け」
ブースの席に夏帆と二人並んで座ると、机の上に広げられたノートを示されてそこに名前と学科名を書きこむ。これは説明を聞きに来たりした入部希望者に書いてもらうものなんだって。それから入部届けと書かれた紙を渡される。
「最初の部会は六日だから。部室の場所はわかる?」
「はい、たぶん大丈夫だと思います」
夏帆が入部届けと一緒に渡されたアウトドア部のチラシに視線を向け、頷く。チラシには部室の場所と活動日時が書かれていた。
『活動日時:放課後または土日(不定期)、第一回部会:四月八日 十八時~』って書かれている。不定期という部分を見て、私は苦笑してしまった。
「分からないことがあったら聞いて。松本は……俺の携帯番号知ってるよな?」
「はいはい、知ってますよ。司先輩、部活全員の女子と交換してたじゃないですか……」
苦々しい口調の夏帆の言葉をスルーした姫路先輩は、くるっと私に体の向きを変えると、にこりと綺麗な笑みを浮かべた。
「璃子ちゃんにも俺の携帯番号教えておくね」
いつのまにか手に携帯を持った姫路先輩に言われて、私は一回二回瞬いてから、苦笑する。
「はい……」
聞いても姫路先輩に連絡することはないだろうけど、先輩相手に断るなんてできないものね。
私は鞄から携帯を取り出して赤外線でアドレスを交換する。
それから私は、ブースの横で啓子先輩と話していた蕨先輩に声をかける。
「あの、蕨先輩……の携帯も教えてもらえますか?」
「えっ、俺っ!?」
蕨先輩はすごい戸惑った声をあげて、キョロキョロする。
「はい、ダメですか……?」
首を横に傾げて、じぃーっと蕨先輩を見る。
突然声をかけて、しかも女の子からアドレス聞くなんてビックリするよね。でも、姫路先輩に聞いた流れ――ってことで教えてくれないかなぁ……
「わぁ~、蕨ちゃん、モテモテ~」
にやっと笑った啓子先輩は、ばしばしと蕨先輩の背中を叩いてきゃっきゃっ騒いでる。
「……もちろん、いいよ」
一瞬、視線を空にさまよわせてから笑った蕨先輩は、優しい笑みを浮かべてアドレスを教えてくれた。
「璃子ちゃん、私ともアドレス交換しよ~。松本ちゃんも」
携帯をつき合わせていた私と蕨先輩のとこに啓子先輩が混ざって、夏帆とも交換する。
和気あいあいとした啓子先輩のおかげで、蕨先輩にアドレスを聞いた気まずい雰囲気がなくなってほっとした。
※
「じゃあ、八日に部室でね~」
大きく手を振って見送ってくれる啓子先輩達にぺこっと頭を下げて挨拶して、私と夏帆は正門を出て駅に向かって歩き出した。
「ねぇ、ほんとにアウトドア部でよかったの?」
十五センチの身長差の上にヒールをはいた夏帆がちらっと私に視線を落として聞く。その声には戸惑いがにじんで
いるのが分かったから、私は苦笑する。
「活動の内容聞いて面白そうって思ったんだよ。それに、大学は夏帆と同じサークルに入れたらいいなって思ってたから」
中学は私が家庭科部で夏帆はバスケ部、高校は私が帰宅部で夏帆はバトミントン部だった。せっかく同じ大学に入ったんだから、大学でくらい夏帆と同じサークルに入りたいって思ってたのは本当。
「まあ、私は司先輩に誘われたら断りずらいっていうのはあるけど、決めるのはもっと他のサークルの見学してからでもよかったんだよ?」
「夏帆ってさ、姫路先輩と付き合ってた?」
「はぁ?」
二人があまりにも似た雰囲気をまとっていたから、そうなのかなって思って聞いたんだけど、片眉を吊り上げて口をへの字にする夏帆を見てたら、違うんだってすぐに分かった。でもそこまで嫌そうな顔するってどうなんだろうと思って苦笑してしまう。
「なにそれ、あり得ないし。先輩、彼女いたし、ってかお互いタイプじゃないから」
「そっか。なんとなく二人似てるから……そんな気がしただけ」
「似てるっていうなら――蕨先輩でしょ」
ちょっと棘を含んだ夏帆の言葉に、私は横に首を傾げて夏帆を仰ぎ見る。
「先輩のこと好きになったの?」
「そんなんじゃないよ、ただ先輩のやわらかい雰囲気がいいなって思っただけ――」
そう言ったら。
「それって好きって言ってるようなもんじゃない」
と、盛大なため息交じりで言われてしまった。
「璃子って、あーいう爽やかな笑顔の男ばっかり好きになるよね……」
「どうせ、夏帆は趣味じゃないとか言うんでしょ……」
「まあね、男はもっとセンス良くなくちゃ。パーカーとかあり得ないし」
「パーカー、似合ってたよ。可愛くていいじゃない……」
唇を尖らせて言うと、夏帆の口調が急にまじめになる。
「それでサークルも即決なのね?」
「違うよ、本当におもしろそうだなって思ったの。体動かすのは好きだけど、最近ぜんぜんスポーツとかしてないから。本当に蕨先輩ねらいとかじゃないから」
おどけて言ってみたけど、夏帆は不服そうに眉根を寄せる。聞きたいことはそこじゃないっていうように。
だけどさ、そんな簡単に悟られたら困っちゃうんだよ。
だから、笑って誤魔化すしかないのよ。
誰にも気づかれちゃいけないんだ――
この想いはずっと秘めておくって決めたんだから――……