リナリア:この恋に気づいて
私はその言葉に思考が停止した。
次の瞬間、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「なにそれ!? 意味わかんない!!」
言いながら、ぽかぽかと拓斗の胸を叩いた。
「璃子……」
拓斗は困ったように私の名を呼ぶ。
「そんな昔の約束なんかのために無理するなんて……、拓斗のばかっ、ばかばかっ!!」
強い口調で拓斗を詰って、でも涙が溢れてくる。
無茶してどんなに私が心配したか分かってないんだから……
「でも良かった……、バスケが出来なくなるような怪我じゃなくて……」
ひっくひっく言いながら泣き出した私の頭にそっと拓斗が触れる。
一回、二回、優しくぽんぽんっとされて気持ちが落ち着いてくる。
拓斗はそのまま私の頭を引き寄せて、私は拓斗に抱きしめられるようになって拓斗の胸に顔をうずめた。
ずっとぐちゃぐちゃに絡まっていた気持ちがほろほろとほどけていって、とても素直な気持ちになれた。
「私のせいでごめんね、大好きなサッカーやめさせて。でも、ありがとう、私のためにずっとバスケを頑張ってくれて。もう約束に縛られなくていいんだよ……」
「璃子のせいじゃないよ、俺が俺の意志で始めたことだから、いまはすごくバスケが好きだよ。バスケを始めるきっかけをくれた璃子に感謝したいくらい」
私の頭を優しく撫でながら拓斗は何かを決意したように瞳に強い輝きを浮かべた。
「――俺は、ちゃんと薬学部を卒業する」
「えっ……、他学部への編入試験を受けるんじゃ……」
「そのつもりだったけど、やめる。俺は薬学部を卒業する、自分で決めたことだから途中で投げ出したくはない。もしそれで祖父が反対するならそれでいい。俺の目的は橘家の跡取りになることじゃなくて、母さんと父さんの想いを理解してほしかったんだ」
そう言った拓斗はふっと嬉しそうな微笑を浮かべた。
その表情から、お祖父さんとの仲がうまくいってるのかなって思った。
「それに……だめなんだ」
ぽそっと呟いた声に、拓斗の胸にくっついていた顔を離して見上げれば、拓斗は照れたような困ったような表情で視線を斜めに落として、何度か髪をかきあげた。
「璃子がそばにいないとだめなんだ」
「…………っ」
「いままでは璃子がそばにいるのが当り前だったから気づかなかったけど、大学入って璃子とどんどん距離が出来て、うんまあ、俺がそうしてしまったっていうのもあるけど……」
そう言って決まり悪そうに拓斗は苦笑して、真剣な眼差しを一瞬潤ませて言った。
「璃子がそばで笑っててくれないと俺はだめなんだ。たとえ、璃子が誰を好きでも。親友としてでも璃子の近くにいたいんだ」
照れて斜めにこっちをみつめた拓斗の瞳に甘い輝きがにじんで、めまいがするほど素敵だった。
なにかがふっきれたようなすっきりした笑顔に、心臓がとくんと鳴る。
私はどんな顔をしていいかわからなくて俯いて、緊張で掠れそうになる声を絞り出した。
「えっと、それなんだけど、たぶん、拓斗、誤解してる」
「誤解?」
「私、誰とも付き合ってないよ」
「えっ、先輩とは別れたの……?」
「違うの、えっと、違くはないんだけど……」
私は歯切れ悪くなる。説明すると長くなりそうで困る。
蕨先輩のことは拓斗の誤解だけど、拓斗とすれ違ってた間に翔とは付き合ってたわけで、いまさら私が好きなのは拓斗だって言ってもいいのかどうか迷う。
拓斗への気持ちを隠すためとはいえ、いままで何人もの人と付き合ってきて、高校生までは私が誰と付き合ってたか拓斗はほとんど知ってると思う。
翔と付き合ったのは、お披露目パーティーで拓斗に拒絶されてもう拓斗への気持ちを諦めなきゃいけないと思ったから。でも、諦められなかった。
拓斗と離れても拓斗への想いが募るばかりで忘れることもできなかった。
だけど、拓斗以外の男の子と付き合ったのは事実で、後ろめたい気持ちと、今更、本当の気持ちを打ち明けても信じてもらえないかもという不安が襲ってくる。
泣きそうになって、涙を見られないように俯いてぎゅっと唇を噛みしめていたら、拓斗が心配した声で私の名前を呼んで、腰を折って顔を覗きこむようにする。
「璃子……?」
私は涙で滲む視線を上げて、拓斗をまっすぐ見る。
お願い信じて――
私は懇願するように、すがるように拓斗の服を掴む。
「拓斗が側にいてくれなきゃだめなのは私の方。ずっとずっと好きだった。拓斗が好き――」
ぽろっと涙が瞳からこぼれて頬をつたい、地面に吸い込まれていく。
どうか私の恋に気づいて――




