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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
君の笑顔を守るため side…
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シロツメクサ:約束



 七瀬君も病院まで付き添ってくれることになって、七瀬君に肩を借りながら歩く拓斗と一緒に控室を出て大学の門の前まで移動する。門までは一年生が二人の鞄を運んでくれて、校門のところで別れた。

 すっかり部員が帰っていき、七瀬君はタクシーが来てるか見てくると言って門の外に様子を見に行ってしまい、いま、私と拓斗は二人っきりの状況で……

 拓斗は校門側にあるコの字型のパイプガードに腰を掛けていた。

 私はその姿をちらっと横目で見て、すぐに視線を元に戻す。

 拓斗がみんなに迷惑をかけたくなくて痛みを我慢して試合に出た理由も気持ちも分かる。でも、なんでそこまで無理をしたのか納得できなかった。

 もし、足の捻挫が悪化してたらどうするの……?

 骨折してたり、もう二度と激しい運動はできないって言われたら……

 そのことを考えたら胸が押しつぶされるように苦しくて、私はぎゅっと胸元の服を握りしめていた。

 七瀬君に付き添ってもらって病院に行き、拓斗はかなり先生に怒られていた。

 治りきっていない時に激しい運動をしたら、治るものも治らない――って。

 結局、骨には異常なくて捻挫だったんだけど、捻挫だって甘く見ちゃいけないことを知ってる。

 拓斗は一ヵ月の安静を言い渡されて、湿布とサポーターをされて包帯もぐるぐる巻かれて、松葉杖を渡された。

 七瀬君とは病院の最寄駅で別れ、私と拓斗は一緒の路線に乗るためにホームへあがった。

 マネージャーの荷物は他の子達が代わりに持って行ってくれたから、私は自分の荷物と拓斗の荷物を肩から下げて、拓斗の家まで付き添うことにした。

 拓斗は平気って言ったけど、松葉杖って慣れるまで難しいんだよね。それに荷物もあるし、今夜は実家に泊まることにすれば、拓斗とうちは近所だし、送っていくのは面倒じゃないっていうか。

 とにかく拓斗のことが心配で、一人で帰すなんてできなかった。

 最寄駅までの電車の中で、拓斗は私の隣で楽しそうに最近あった出来事を話していたけど、私は上の空でぜんぜん会話が耳に入ってこなかった。

 だって、気づいてしまったから……

 拓斗が捻挫したのは夏休み中。

 夏合宿のあの日、拓斗は私を庇って崖から落ちた。

 その時に怪我をしたのだとしたら、私のせいだ……

 最寄駅に着き、拓斗のアパートへ向かう途中の住宅街の狭い道路を歩いていた私は、なかなか切り出せなかったことを切り出す。


「ねえ、捻挫したのって夏休み中?」

「えっ?」


 それまでずっと黙っていた私に拓斗が聞き返す。


「七瀬君から聞いた、夏休み中に捻挫したって。それって夏合宿中なんじゃないのっ? 私を庇って崖から落ちた時……」

「七瀬が言ったのか……」


 諦めたようなため息をついて拓斗が歩みを止める。


「なんでそんな無茶したの!? 捻挫だって甘くみたら酷い怪我になることだってあるんだよ!?」


 バスケをしてれば一度や二度、捻挫は経験する。そして、捻挫と甘くみて治りきる前に練習を再開して怪我の状態を悪化させて、数日で治るものをずるずる長引かせたり、最悪、激しい運動が出来なくなる。そういう子を何人も見てきた。

 だから分かってるはずなのに、どうして!?

 そう詰らずにはいられなかった。


「それは……」


 完全に理性が吹っ飛んでいた私は、拓斗がなにか言おうとした言葉をさえぎって、拓斗を責めた。


「メンバーに迷惑をかけたくなくて? 知ってるよ、主力メンバーが一人怪我で試合に出れなくなったって、拓斗まで試合に出れなくなったら、今回のリーグ戦勝てなかったかもって。でもさ、だからって、拓斗が痛みを我慢してやって怪我を悪化させて、その結果、勝ったってみんな嬉しくないよっ!?」

「…………っ」


 私の言葉に拓斗はぎゅっと唇を噛みしめ、沈痛な表情で黙り込む。

 そんな拓斗を、私は鋭い眼差しで睨んだ。

 重い沈黙を破ったのは、拓斗だった。


「わかってるよ、これは俺のエゴなんだ。怪我が悪化したのはみんなのせいじゃないし、試合に出たかったのもみんなのためじゃない」


 私をまっすぐ見つめる拓斗の瞳には強い意志が宿っていて、何かをこらえるように歪められた表情を見ていると、私まで胸が痛くなった。


「俺が出たかったんだ、どうしてもこの試合で勝って、璃子との約束を守りたかったっんだっ!」

「約束……?」


 その言葉に私は首を傾げ、記憶の断片を探る。

 なんだったっけかな、でもなんか思い出しそうな……

 必死に記憶をたどって、私は「あっ」と声を出した。

 小学校の時、バスケをやっていたのは私の方だった。五つ年上の兄の影響でバスケが大好きで、区のバスケットチームに所属しててレギュラーにも選ばれたりしてそれなりに上手なほうだった。

 漠然とだけど、バスケ選手になるのが夢だった。好きすぎて、兄よりも上手になりたくて、誰よりも上手になりたくて、大きくなってもずっとバスケをしていたいと思ってた。でも。

 小五の夏、練習のしすぎで膝を痛めてしまった。それでも練習をしないなんて考えられなくて、私は痛みを我慢して練習して、結果、具合を悪化させて激しい運動は出来なくなってしまった。

 普通に体育の授業とかでやる分には大丈夫だけど、長時間動き回ると尋常じゃないほど膝が痛んだ。バスケ選手になりたいという夢はその時に終わってしまった。

 バスケが出来なくなったことが悔しくて、なんでちゃんとお医者さんの言うことを聞かなかったのかって自分を呪って、時間を巻き戻せたらいいのにって切望して。

 泣いても泣いても、涙が止まらない私を見て、拓斗が言った。


『璃子ちゃんの代わりに僕がバスケをやるよ、代わりに夢をかなえる。璃子ちゃんはコーチに、僕はバスケット選手、それでいつか大きな大会で優勝する』


 それが、幼い頃の小さな約束――

 その後、拓斗は宣言通り、私からバスケを教わった。エースだったのに、所属していたジュニアサッカーチームをやめてまで。

 中学にあがってからは拓斗はバスケ部に入部し、私も男子バスケ部のマネージャーとして一緒にバスケ部に所属してたんだけど、中二の秋に、拓斗と仲がよくて部活まで一緒にいることを妬んだ女子に嫌がらせをされたことがあって、それが部まで迷惑をかけることになって、バスケ部を退部した。

 だからすっかり、そんな約束は忘れてしまっていた。

 なのに拓斗は覚えていて、そのために――?

 言葉には出来ないような気持ちが胸の奥底から湧き上がってきて、私はここが住宅街で道路のど真ん中だってことも忘れて叫んでいた。


「どうして私なんかのために、そんな無茶したのっ!? 私は――っ」


 ぎゅっと唇を噛みしめる。


「そんな約束も忘れていたのに……」


 約束を忘れていた自分が嫌になる。

 拓斗の瞳が私を捉え、その眼差しがあまりに真剣でぞくっとした。


「好きだから、……璃子のことが好きだから」


 静かで、どこか寂しそうに告げられた言葉に、思考が停止する。


「でも俺じゃ璃子を幸せに出来ない。それなら、この約束だけは守りたかった、璃子がたた一度だけ俺に見せた弱音だから」




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