ハナミズキ:想いを届けて
ホイッスルの音で第三ピリオドが始まった。
試合はあと二十分。
相手大学はこの試合を落とすと優勝はなくなる。それだけに必死でくらいついてくる。
コートを駆け抜ける選手。どちらのチームもパスを通させまいと体を張り、試合展開がどんどん変わっていく。白熱する試合にギャラリーからの歓声が溢れる。
うちの大学が点を取れば相手大学が点を取り返し、相手大学が点を取ればうちの大学が点を取り返す。拮抗した試合の第三ピリオドが終わって、二分のインターバルを挟んで第四ピリオドが始まる。
拓斗は痛みが引いたとは思えなにのに、その表情から痛みを我慢している様子は感じられなくて、いつも以上の集中力でコートを駆けパスを通していく。そして、得意なコースからのシュートを次々に決めていく。
シュートする時の踏み込みが一番足に負担がかかって痛いだろうに、そんなことも表情に出さず、すぐさまボールを追いかけてコートを駆けていく。
私にはただ見つめることしかできなくて。
拓斗の足が試合終了までもつこと、これ以上痛みが悪化しないことを祈るように胸の前で両手を握りしめて試合を見つめた。
緊張の時間が永遠のように長い時間に感じ、じわっと額に汗がにじんだとき、ピピーッと試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
一瞬の静寂、それから歓声が湧き上がる。
勝ったんだ……
七十対六十七の僅差だった。でもこれで優勝は確定。
だけど、喜びよりも私は拓斗のことが心配で手放しで喜ぶことが出来なかった。
コートの中に視線を向けると、拓斗はチームメイトたちと談笑していた。
審判の指示でコートの中央に選手たちが整列し、試合結果を言い礼をして解散となった。
コートの外に控えていた部員達が満面の笑みでコートの中の選手に駆けよっていき、抱き合ったりハイタッチしてお互いに喜びをかみしめている。
その中を私は脇目も振らず一直線に拓斗に駆け寄った。私が拓斗に声をかけるのとほぼ同時に、七瀬君が拓斗の肩に手を置いた。
「おい、世良っ」
七瀬君に肩を引き寄せるように振り返らされた拓斗は、振り返った瞬間、ふっと意識を失って前屈みに倒れこみ、七瀬君が慌てて肩をつかんで支えた。
「世良っ、大丈夫かっ?」
静かな声で心配した七瀬君が尋ねれば、ふっと意識を取り戻した拓斗が浅く微笑む。
「はは……、なんとか?」
そんなこと言って、ぜんぜん大丈夫じゃないことなんて分かってた。
「拓斗、病院に……」
口を開いた私の言葉を遮るように、拓斗は優しい笑みを浮かべて私を見るから、私はその続きが言えなかった。
なんでそんな瞳で見るの……?
拓斗の異変に気づいた他の部員がすぐに来てくれて、二人がかりで拓斗の肩を支えて控室まで連れて行ってくれた。
その背中を見送りながら、私は七瀬君を見上げる。
「七瀬君は、知ってたの……?」
誰も拓斗の怪我に気づいていないと思ってたけど、さっきの切羽詰まったような表情から、そうなんじゃないかって気がした。
体育館を出て控室に戻る廊下を歩きながら、七瀬君が静かに頷いた。
「ああ。知ってたよ」
「じゃあ、なんで――」
「世良に口止めされたんだ、どうしても試合に出たいって。それに実際、もし世良が抜けたらうちの部はここまで来れてなかった」
でも――って反論したかったけど、七瀬君に言っても仕方がないことだって分かってるから、私はなにも言わなかった。
七瀬君が言うには、拓斗の怪我は夏休み中からで、いちおう病院には行って夏休み中は安静にしていたらしい。何もしないと筋力が落ちてしまうから、怪我した左足に負担がかからないようなストレッチとか筋トレとかをしていたらしい。それでリーグ戦が始まる頃にはほぼ完治していたらしいんだけど、試合と練習で足に負担がかかって、再発してしまったらしい。七瀬君も止めたらしいけど、最終的には拓斗の意志を尊重してくれたらしい。それで、なるべく拓斗の足に負担を駆けないように、パス回しなど打ち合わせていたらしい。
私は夏休み中の練習はバイトの関係であまり出ていなかったから、拓斗の足の怪我にはぜんぜん気づいていなかった。先輩たちも、拓斗は今年になってからバイト――実際は橘食品の仕事だけど――を始めて部活の参加率が減っていて気づいていなかった。
でも、夏休み中って、いつから怪我してたんだろう――
そう考えて、私ははっとする。
「――、明日、最後の一試合残ってるから、今日はまっすぐ帰ってしっかり休むように。じゃ、今日はお疲れさま」
ミーティングをしめるキャプテンの言葉に顔を上げる。
「お疲れさまでしたっ!!!!」
控室の中で輪になって立っていた部員が一斉に礼をして声をあげる。
キャプテンは端に寄せていた椅子に座った拓斗を振り返った。
「世良、タクシー頼んだから、それで直接病院に行けよ」
「分かってますよ」
にっこり笑顔で言う拓斗に、キャプテンはううーんと渋い表情を浮かべる。
いろいろ言いたいことはあるのだろうけど、拓斗が部のことを考えて怪我を黙って無理して試合に出た気持ちを分かっているからなにも言えないみたい。
「小鳥遊さん」
「えっ、あっ、はいっ!」
二人のやり取りを盗み見ていた私は、突然、話を振られてしどろもどろの返事になってしまった。
キャプテンはくすっと苦笑いしてから。
「一緒に病院まで付き添ってやって、これ、少ないかもしれないけどタクシー代に使って」
「えっ、あの……」
「世良のこと頼むな」
「えっ、キャプテン……!?」
私の困惑した声は気に留めてもらえず、キャプテンは帰ってしまった。
振り返って椅子に座った拓斗を見れば、拓斗も困ったように首を傾げていた。




