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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
君の笑顔を守るため side…
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ゲッカビジン:強い意志



 ピピーッというホイッスルの音に、ボールを必死に追いかけていた選手の動きがぴたりと止まった。

 ハーフタイムになり、水分補給や汗を拭くために選手たちがベンチに戻ってくるなか、私はコートの中で立ち尽くしたままの拓斗に駆け寄った。


「拓斗……?」


 後ろから伺うように尋ねたら、一瞬の間を置いて拓斗がくるっと振り返る。

 その表情はいつもの爽やかな微笑で、試合中の苦しそうな表情を見てなければ簡単に騙されてしまいそうな完璧な笑顔だった。


「ん? なに?」


 なにもないような普段通りの口調で聞き返されて、私はぎゅっと拓斗の腕を掴んで引っ張った。

 腕を引かれた勢いで左足を踏み出した拓斗は、床に足をついたのと同時にう……っと小さなうめき声をもらした。


「やっぱり、足痛いんじゃない?」


 険しい口調で聞いた私に、拓斗ははっとしたように瞳を見開き、次の瞬間にはなんでもないように笑顔を浮かべる。


「そんなことないよ」

「なんで嘘つくの?」

「おーい、世良ぁ」


 コートの中でいつまでも話している拓斗と私に、キャプテンが声をかけた。

 ちらっと私を見てキャプテンの方へ歩き出した拓斗。その背中に話しかける。


「ねえ、痛いならちゃんと手当てしないと。無理して酷くなったら困るよっ」


 必死に言い募る私を振り返りもせず、拓斗はキャプテンのとこまで行き一言二言会話をしていた。

 私はその後ろでじっと見つめる。

 なんで足が痛いことを隠そうとするのかわからない。拓斗は上手く誤魔化していて、きっと誰も拓斗が足を痛めていることに気づいていない。私以外は……

 訝しむようにじっと拓斗を見ていたら、私の視線に気づいたキャプテンがこっちをみた。


「どうかした、小鳥遊さん?」

「あの、たく――」

「なんでもないです。ちょっと、璃子こっち」


 私の言葉がすべて言い終わる前に拓斗のきっぱりとした言葉が遮り、拓斗は私の腕を強引に掴んで体育館の裏口から外に連れ出した。

 人気のない体育館の外で、拓斗は無言の視線で私を見下ろしてくる。

 まるで余計なこと言うなって視線。

 私も負けじと拓斗を睨みあげ、二人の間にピリピリした空気が流れた。

 掴んでた私の腕を拓斗が離した瞬間、私は勢いよくしゃがみこんだ。拓斗の左足の靴を脱がせて靴下をめくると、くるぶしが大きく腫れていた。


「……っ」


 拓斗が声にならないうめき声をあげて、私は拓斗を仰ぎ見る。

 こんなに腫れて、どれほどの痛みを我慢して二十分間コートを走り続けたのだろうか……

 そう考えると胸が痛んで、拓斗を詰ることも出来ない。

 遠い昔、自分も経験したことのある気持ちを思い出して、なんと言ったらいいか迷う。

 私から視線をそらして俯く拓斗の様子から、怪我のことをキャプテンたちに言うつもりがないことが分かった。痛みを我慢してでも試合に出たいという強い気持ちが伝わってくる。

 でも、こんなに腫れて、湿布とテーピングの応急処置だけで残り二十分以上走り続けられるだろうか……

 知らず涙がじわっと込みあげてくる。


「どうしても試合に出るつもり? キャプテンにも言わず……?」


 どうにか涙がこぼれないように我慢したけど、声は震えてしまう。


「前期に主力メンバーが怪我してて、いまうちの部には余裕がないんだ。俺まで抜けたらチーム全体に迷惑をかけることになる……っ」


 合宿の時、宮ちゃんから大きな怪我をしてもうバスケは出来なくなってしまった部員がいるというのを聞いていた。去年までの主力メンバーは引退した四年生たちが大部分を占めていて、いまは一人でも欠けるとチーム全体に響く状況だと言うことも聞いた。だから、拓斗がそう言うのも理解はできる。でも。


「でも、そんな状況のままつづけたら、拓斗だってしばらくバスケできなくなるかも……」


 しばらくじゃなく、最悪、痛む足を庇って不自然に腰や膝に体重をかけてしまって骨折につながることもある。激しい運動ができないと言われた時の絶望感と恐怖を私は知っている。


「それでも、俺はでるよ。この試合に勝てば優勝に一歩近づく」


 優勝したいのは分かるけど、なんでそんな無茶するの――!?

 詰る言葉が出そうになった時、もうすぐ試合再開だと宮ちゃんが体育館から顔を出して知らせてくれた。

 私は溢れそうになる涙を手の甲でぐいっと拭って駆け出す。

 ベンチのそばに置いてあった応急セットを持って拓斗のところへ戻り、手早く腫れた足にテーピングを施した。


「無理しないでって言っても無理するんだろうけど……、絶対に無理しないでっ」


 むちゃくちゃなことを言った私に、拓斗は浅く微笑んだだけでなにも言わずに体育館の中に戻っていった。

 もう、今の状況がかなり無理しているっていうのは分かっている。

 私がなんと言って止めても、たとえキャプテンや監督に痛みのことを伝えたとしても、試合に出るという意思を曲げることはないと分かっている。

 それでも、無理しないでほしかった。




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