ホテイアオイ:揺れる想い
あっ、すごい、星空――
目の前に広がる薄闇の更に奥に瞬く無数の星に息を飲む。
周りに明かりがないから、余計に星の輝きが強く見える。こんな星空そうそう見れない……
って、違うだろっ!
自分に自分で突っ込んで、俺は地面に肘をついて上半身を起こす。
打ったのか、背中と頭がジンジンするけど、起き上がれないほどの痛みではなかった。
闇に目が慣れて、明かりがないわりには周囲の様子がはっきりと見て取れた。
周りには生い茂る木々、背後には身長の二倍くらいの高さの岩壁がある。
ああ、ここから落ちたんだなってなんだか冷静に現状を分析してしまう。
ぴくっと身じろいだ振動に視線を向ければ、俺の腕の中に抱えていた璃子が閉ざしていた瞼を開けて見上げた。
見た感じ、怪我をしてなさそうでほっと胸をなでおろす。
「たく、と……?」
璃子はぼんやりとした様子で首を傾げ、次の瞬間、はっとして俺の上から飛び起きた。
「ここは……!?」
「あそこから落ちたんだ」
俺は背後の岩壁を指して言った。
「このへん、ロードワークで走ってて、けっこう地面が崩れてる場所が多くて夜は危険だって思ったから止めたのに、たくっ、璃子は……」
言ってて、だんだん苛々してくる。
※
「だから、こんな夜に一人で探すのは無理だっていったんだっ」
吐き捨てるような拓斗の言葉に、ぎゅっと唇を噛みしめた。
ほんと、拓斗の言うとおりだ……
慌ててたから携帯も持ってきてないし、慣れない山道で完全に迷子になって、みんなに迷惑をかけることになってた。いや、実際、もうかけてるかも。
それに、崖から落ちても怪我しなかったのも――
肘を擦りむいたのか、ちょっとひりひりするけど、頭を打ったりしなかったのは拓斗がとっさにかばってくれたから。
拓斗が後を追いかけて助けてくれなかったら、どうなってたか。
拓斗の刺すような冷たい言葉は辛いけど、ほんと拓斗の言う通りで、拓斗が怒るのも当たり前だ。
「はぁ――――……」
静けさの中に大きなため息が響いて、びくっと肩が震えた。
呆れてる、よね……?
ちらっと見上げると、拓斗は俯いて髪をかきむしってるから表情は分からない。
合宿で会ってから、ずっと拓斗は私と視線を合わせてくれなくて、話しかけてもよそよそしくて、やっぱり、私のことなんてもう嫌になっちゃったんだよね……
たくさん迷惑かけて、関わりたくないって思って当たり前だよね。
※
はぁ――――……
肺の中の空気を全部吐き出したんじゃないかってくらい大きなため息がもれて、頭を抱えて俯く。
なにやってんだよ、俺……
いつだって自分の事よりも他人のことを思いやる、優しい子だって分かってる。だから宮さんのことが心配で頭で考えるよりもさきに飛び出してしまったって分かってるし、璃子に怪我がなくてよかったって思ってるのに、口調はうらはらにきつくなってしまう。
そんな態度しか取れない自分が嫌になる。
でも、そうでもしないと、近くに感じる愛おしい体温に抱きしめてしまいたくなる。
危ないことするな、璃子に怪我がなくてよかったって言ってしまいそうになる。
そんなこと、言えるわけがない。
なにやってんだか……
自分自身の行動に呆れて、大きなため息がこぼれた。
※
さて、これからどうするかな。
この岩壁を登るのはちょっと無理だから、迂回して宿に戻るか……?
俺は頭の中で、このあたりの地図を思い浮かべる。
合宿にきてから毎日ロードワークで走りこんでいる場所だからだいたいの地理は把握してる。
多少、遠回りになるけど、そうするしかないか。そう思って立ち上がろうとした時、ズボンのポケットの中で携帯が振動した。
「もしもし?」
『あっ、世良?』
電話は七瀬からだった。七瀬の落ち着いた口調から、悪い知らせではなさそうで安心する。
『今どこにいるんだ?』
「宿の裏手の山の中」
『そうか、小鳥遊さんも一緒?』
「ああ」
『ちゃんと捕まえたんだな』
「…………」
含みのある言い方に、押し黙る。
『こっちは宮さんみつけたから、安心して』
「わかった」
『世良も早く戻ってこいよ。じゃ、あとで』
そう言って切れてしまった携帯をやや呆然と見つめる。
あー、すぐには戻れそうにないって言いそびれたな。
でも、言って心配かけるのもあれか。せっかく宮さん見つかったのに今度は璃子と俺が迷子とか。まあ、正確には迷子ではないけど……
この暗闇の中、ちゃんと宿まで帰れるのか?
地図は頭に入ってる、だけどこの闇で山道を歩き回るのは危険じゃないだろうか?
どうするかなぁ……
思案してると、あることを思い出した。
「あの、拓斗? いまの電話って……」
璃子の言葉に、俺は自分の思考から引き戻されて側に座っている璃子を見た。恐る恐る尋ねてくる璃子の様子に心が痛む。
自分が苛立ちを璃子にぶつけたんだからびくびくされるのは仕方がないってわかるけど、やるせない気持ちになる。でも。
「ああ、七瀬から。宮さんは無事に見つかったって」
そう言って浅く微笑んだ俺の瞳は、きっと氷のように冷たかったと思う。
「やっぱり璃子は探しに出るべきじゃなかったね、みんなに迷惑をかけただけでなんの意味もない」
微笑みながら、突き刺すような眼差しを璃子に向ける。
璃子は真っ青な表情で瞳を大きく見開き、切なげな光が瞳の中で揺れた。
傷つけばいいんだ、俺の言葉で。
最低な人間だって失望して、二度と俺と関わりたくないと思えばいい。
許せないって思うくらい、俺を嫌いになればいい。
そうでないと、いつも他人のことに一生懸命な璃子の優しさに甘えてしまうから。
ずっと恋なんてしないって思ってたのに、気づいてしまったら一気に加速していく気持ちに自分でも戸惑っていた。
好きで、好きで、好きすぎて。
璃子に何度でも惹かれて、心が揺れてしまうから。
だから俺の言葉で傷ついて、君の方から俺から逃げてくれ――




