ペチュニア:君といると心和む
「あれ、君、さっきの……?」
お日様笑顔がちょっと驚いて、私を見た。
私は心の中で「どうも……」って呟いて、会釈する。
食堂の中、夏帆と姫路先輩と話しているところに現れたのは、さっき一号館の階段で踏み外したところを助けてくれた優しげな雰囲気のパーカーを着た男の人だった。
「なに? 蕨、知り合いか?」
にやっと不敵な笑みを浮かべた姫路先輩がパーカーの人を見ると、パーカーの人は困ったように眉尻を下げて歯切れ悪く言う。
「知り合いっていうか、さっき一号館の前で勧誘した子」
なんだかその表現はあってないように思えて、私は首を傾げる。
だってサークルのチラシなんてついでというかカンジだったじゃない? まあ、階段を踏み外したなんて恥ずかしいから、言わないでいてくれてちょっとほっとしたけど。
「ふ~ん」
そう言った姫路先輩は、パーカーの人の説明に納得している感じではなくて、でも口元ににやにやした笑みを浮かべてて、ちらっと隣を見れば夏帆もくすりと口元に小悪魔っぽい笑みを浮かべていた。
うーん、この二人、やっぱり似てるなぁ~。
「姫路は知り合い……?」
「ああ、二人とも高校の後輩で、彼女は部活の後輩でもあるわけだけど」
姫路先輩はそう言って私と夏帆を紹介し、私達の視線は蕨と呼ばれたパーカーの人に向けられる。
「こいつは蕨、俺と同じ薬学科で同じアウトドア部」
言いながら、ぽんっと蕨先輩のお腹を殴るふりをした。
アウトドア部。助けてもらった時に渡されたチラシに書かれた文字を見て、この人がアウトドア部なんだって分かってたけど……
「勧誘したってんなら、話が早いな。どう、うちのサークル入らない?」
胸の前で腕を組んだ姫路先輩が、妖艶な笑みでにこっと笑ってこっちを見る。
「アウトドア部ってどういうことする部なんですか?」
夏帆が興味をもった真剣な瞳で、姫路先輩に尋ねる。
「夏はマリンスポーツ、冬はスノースポーツ、春と秋もスポーツを楽しむっていうサークルだな」
「スポーツならなんでもやるんですか?」
「まあ、そうだね。夏と冬は決まってるけど、それ以外は希望をとるカンジかな。バトミントンもやれるぞ」
くすっと笑った姫路先輩に、夏帆がなんともいえない表情で首を傾げて笑い返す。その拍子に、背中に流していた黒髪がさらさらと揺れた。
「へぇ~、面白そうですね。私は入ってもいいですけど、璃子は――」
「私も入りますっ!」
夏帆の言葉に被さるように、私は勢い込んで言っていた。
「えっ、本気……?」
「ほんと?」
疑わしげに眉根を寄せた夏帆と嬉しそうに聞き返す姫路先輩に、私ははっきりと頷き返す。
「はいっ」
「ちょ、ちょっと……」
そう言った夏帆は私の服を引っ張って、耳元に顔を寄せて私だけに聞こえるような小声で話す。
「璃子、本気?」
私はちらっと夏帆を見て、決意の籠った眼差しを向けて小さく頷いた。
夏帆は「嘘でしょ……」っていうように眉根をぎゅっと寄せて顔を顰めた。
きっと、その時の私の顔は少し火照っていたかもしれない。
※
階段を落ちそうになったところを助けてくれた人と、その後すぐに再会するなんて、これって運命みたいじゃない――?
ちらっと視線をあげると、私の視線に気づいた蕨先輩が春のお日様みたいなぽかぽか笑顔をこっちに向けてくれる。
その笑顔を見るだけで、胸の奥にもやもやしていた気持ちがすぅーっと爽やかな風に洗われるように消えていく。
この笑顔が好き。優しそうな雰囲気が好き。この人の側にいるのは心地いい。