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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
君の笑顔を守るため side…
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ポピー:七色の恋



 ザーザーと水の流れる音の中で、私はひたすらシャツやゼッケンをゆすぎ、右から左へと洗い終わった洗濯物を重ねていく。

 屋外の洗い場で、私の瞳は一点をぼぉーっと見つめたまま、手元だけは機敏に働いていた。

 昨日。翔は強く私を抱きしめた後、いつもの勝気な笑顔で部屋を出ていった。

 拓斗を忘れられない私の気持ちに気づいて、翔から別れを切り出してくれた。

 気持ちを伝えるように背中まで押してくれた翔のためにも、どんな結果になろうと怖がらずに拓斗に自分の気持ちを伝えようと決意した。

 うん、しましたよ。

 でもね、何事にも心の準備ってものが必要なんですよ!

 八年間片思いしてきたこの気持ちを、いきなりは言えないのよ。

 いろいろと心の準備とか、拓斗に連絡する段取りとか、サークルの夏合宿が終わってから考えようと思ってたのに、これは神様の悪戯ですか!? 嫌がらせですか~!?


「小鳥遊さん、これもお願い」

「きゃっ――!?」


 背後からかけられた声に、思わず大きな悲鳴を上げてしまう。

 振り返ると、斜め後ろに立った七瀬君が眼鏡の奥の瞳を驚きに見開いている。あっ、七瀬君のこんな表情は貴重かも。って、そこじゃないしっ!


「驚かせてごめん」

「ううん、私の方こそ、変な声出して驚かせちゃったよね。ちょっと考え事しててびっくりしちゃった」


 あはは……と笑ってごまかして、七瀬君が持っている洗濯物を受け取った。


「それにしても、なんか悪いね。小鳥遊さんにユニフォーム洗わせて」

「ううん、気にしないで。慣れてるし、私が言いだしたことだから」

「ほんと、助かるよ」


 すまなそうに言った七瀬君に笑い返す。

 えーっと、なにがどうなっているかというと……

 今日からアウトドア部の夏合宿に来ているんだけど、泊まることになっていた宿に着き入り口を入ったところで、うちの大学のバスケ部と鉢合わせた。もちろんその中には拓斗もいて。

 バスケ部は昨日から夏合宿で来ているらしいんだけど、三人いる女子マネージャーのうち、一人は補習とかぶって合宿に参加できなくて、合宿に来ていたうちの一人の子は昨日の夜から高熱をだして今朝迎えにきた両親と帰っていってしまった。

 で、女子マネはたった一人になってしまったらしい。

 一週間の合宿、四十人の部員の洗濯や食事の準備を女子マネ一人でするのはかなり大変なことを、中学の時女子マネをしてた私には分かる。

 しかも、いまやたった一人になったしまった女子マネの宮 聖子(みや せいこ)は高校の後輩で顔見知りだったから、入り口で出くわした途端、抱きつかれてしまった。


「小鳥遊先輩っ! お願いします、助けてください!!」


 事情を聞いてしまったら放っておくことも出来なくて、私は臨時マネージャーに名乗りを上げた。

 バスケ部の中には高校の先輩や同期、大学の同期も何人かいて、中学の時に女子マネしてたことを伝えると、キャプテンじきじきにお願いされてしまった。

 大学の試合のことはあまり詳しくないけど、この時期に合宿やってるってことは、これからリーグ戦とかがあるわけで、いまはとても大事な時期なのだろう。

 かくいううちのアウトドア部は部というよりもサークルといった雰囲気で、特に試合があったりするわけじゃない。みんなでスポーツを楽しむのが趣旨だから、私が抜けても問題はない。

 そんなわけで、私はいま部員の服の洗濯中。

 私達が宿についた時、バスケ部は昼食を食べ終えて宿の隣にある市営体育館に練習に戻るところだった。

 とりあえず、ざっと合宿の予定を確認した私は、朝はバタバタしててまだ洗濯物をしてないと聞き、宮ちゃんには体育館に行ってもらい、こうして宿の洗濯場の外で軽く手洗いしている。

 まあ、最終的には洗濯機に突っ込むんだけど、軽く手洗いした方が汚れが落ちやすいっていうか、ロードワークで山道走りこんだりしてシャツとか靴下が泥だらけだと、しっかり手洗いしないと落ちないというか。

 でも――

 拓斗とは一言も話せていない。

 こっちを見ようとしないっていうか、二人の間にギクシャクした雰囲気が流れてて、困ってしまう。

 拓斗には迷惑だったのか、私が臨時マネージャーになったこと……

 そう思うと、知らずにため息がもれてしまう。

 すすいで軽く絞った洗濯物が山盛りになった洗濯籠を抱えて、私は洗濯機が置いてある室内に入る。

 洗濯機は一台しかないから何回かに分けないといけない。私は一回目の洗濯機を回しながら、洗濯の終わり時間を計算して、洗濯終了時間を手首の内側に油性マジックで書きこむ。

 よし! 洗濯してる間に、ちょっと体育館の方に顔出してこよう。

 ぱんっと気合を入れるように膝を叩いて、体育館に向かった。



  ※



 俺は驚いて、声を失っていた。

 まさかこんなところで璃子に会うなんて……

 七月に主力選手が怪我でしばらく部活に来れなくなった。それが、昔の出来事を思い出させて、俺の心をかき乱していた。

 そいつは才能もあるし、明るい雰囲気でチームのいいムードメーカーだったから、そいつの怪我は部内に衝撃を走らせた。

 秋にリーグ戦を控えた俺達にとって、主力メンバーが欠けたことはダメージが大きくて、この夏合宿中に挽回する必要があった。だが女子マネージャーの一人が風邪で倒れてしまった。

 そんなところに現れて、マネージャーの仕事を手伝うといった璃子は部員にとって救世主のような存在だった。

 一人になってしまった女子マネの宮さんにとっては頼りになる璃子がいることで仕事がはかどり、部員達も安心して練習に打ち込めた。

 だけど俺はどうにも、璃子と視線を合わせることができない。

 璃子を傷つけたのに俺のことを親友と言った。酔いつぶれた俺を心配して家まで付き添ってくれた。そんな璃子だから、きっと俺が話しかけても、なにごともなかったみたいに普通に笑い返してくれるだろう。もし怒っていたとしても、それを口にしながらも、最終的には笑って許してくれる。そうだと分かるから、余計に話しかけられない――

 俺自身、璃子を傷つけた自分が許せないのに、璃子に笑顔を向けられたらそれに甘えてしまう。

 いままでがそうだったように。

 そして、俺は璃子の親友でいなければいけなくなる。

 そんなのは我慢できなくて、璃子の親友でいるなんて耐えられなくて……

 璃子のなにか言いたげな視線に気づかないふりをした。




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