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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
君の笑顔を守るため side…
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ユウゼンギク:さよなら、俺の恋



 翔の洗濯物が終わるまで借りてきていたDVDを見ることになったけど、なんだか私と翔の間には微妙な空気が漂っていた。

 何事もないように家にあげてしまったけど、実は、翔がうちに来るのってはじめてなんだよね。

 でも、付き合ってもう一年たつんだし、洗濯機を貸すだけだから平気だよね。

 最近はほとんどの時間を翔と一緒に過ごしているけど、私の部屋で二人っきりって状況は初めてで、なんだか緊張してぎこちなくなってしまう。

 間を持たせるために借りていたDVDを見ようと提案して、ラストシーン――

 悪者に囚われていた恋人を無事に取り返すことができたヒーローと、助けられてヒーローを熱い眼差しで見つめるヒロイン。そこからのラブシーン……

 洋画って必ずっていっていいほどラブシーンがあって、もういい歳なのにやっぱり照れるというか恥ずかしいというか。今日は特に翔が隣にいるから。

 ほんの少し動けば肩が触れ合うような距離にいるから。

 こんなことなら、普通にアクション物にしとくべきだった!?

 いやいや、アクションの方が恋愛モノよりラブシーンが濃厚だったりするし……

 あー、選択肢を誤った!? 映画じゃなくて録画してたバラエティ番組にすればよかったっ!!

 映画なんてそっちのけでそんなことを頭の中で猛烈に考えていたら、突然、私の手に翔が指を絡ませてきたから驚いてしまう。はためにもわかるほど肩がびくっと跳ねる。

 振り仰いだ次の瞬間には、私は床にあおむけに押し倒され、覆いかぶさるように翔がいた。

 思いがけない状況に体が強張り、目を大きく見開いた。わずかに喉を鳴らして、あえぐように息を飲む。

 顔を傾けた翔の顔がどんどん近づいてきて、息もふれる距離に背筋が震えた。

 真上から見下ろす翔の、乱れて額にふりかかった前髪の奥で私を見据えて強く光る瞳が焼けつくほど熱くて。こんなに荒々しい翔は初めてだった。


「……ゃぁ……」


 掠れた声で悲鳴を上げ、翔を拒絶するように顔を横にそむけて瞳を強くつぶった。

 身をよじったといっても、すぐそこに翔の気配があって、身が強張る。だけど。

 すっと翔が私の上からどいた気配に、恐る恐る瞳を開けると、私から少し離れたところに翔が背を向けて片膝を立てて座っていた。

 つい嫌がってしまったけど、翔を怒らせてしまったかと思い、ゆっくりと体を起こして翔に近づく。

 端正な横顔に、一瞬、もどかしげな影が浮かび上がってすぐに消え、翔はちょっと息をついて振り替えった。その表情は、勝気で強引ないつもの翔の華やかな笑みだったけど、その瞳の底に思いつめた光がきらめいたように見えた。


「付き合って一年も経つのにキスの一つもしないなんて、こんなの付き合ってるって言わないだろ?」


 見下すような冷笑を浮かべた翔にぞくりと背筋が震える。


「そんな顔するなよ」


 皮肉気な口調で言った翔の瞳がギラッと光を反射して突き刺すように見た。その眼差しの激しさに、私は息を飲んだ。まるで刃物をつきつけられたような気がしたから。

 でも、なにも言い返せないのは翔の言った言葉のその通りだから。

 翔と付き合ってもう一年が立つけど、翔としたキスは付き合う前の一度だけ。

 手をつないだり、人前でいちゃいちゃしたがるのに、キスはおろかそれ以上は触れてこない。翔が求めてこないからって、私はそれにずっと甘えてた。

 それを翔が不満に思ってるとも気づかず。

 翔はいつだって、私のことを一番に考えてくれた。自分だってバイトで疲れてるはずなのに、夜遅くの一人歩きは危ないからって送ってくれて。でもいつも家の前までで、友達が一緒じゃなければ私の家には上がろうとしない誠実さで接してくれて。約束をすっぽかしても、それを詰らずに私の心配をしてくれる優しい人で。拓斗のことを忘れろとは、決して言わなかった。

 私が拓斗を好きなことを翔が分かってて付き合ってるからって、私は一度も、拓斗を忘れる努力をしなかった。

 翔を好きになり始めてるといいながら、心ではいつも拓斗の姿を探していた。

 気づいていなかったとはいえ、私はずっと翔になんて酷いことをしていたんだろう。

 謝って許してもらえるとは思えない。

 もう翔に愛想をつかされちゃったんだ……

 気持ちがぐちゃぐちゃになって、体が小刻みに震えて、思わずぎゅっと瞳を閉じた。



  ※



「そんな顔するなよ」


 皮肉気に言った俺の言葉に、璃子は傷ついたように瞳を大きく揺らした。

 わざと傷つけるように言ったとはいえ、やっぱ璃子のこんな顔は応える。

 璃子の顔はどんどん泣きそうに歪んでいき、体が小さく震えて、最後にはぎゅっと思いつめたように瞳を強く閉じた。

 俺は一つ息を吸い込んで、やれやれとため息をつく。


「だーかーらー、そんな顔すんなって言っただろ」


 ぺちんと、璃子のおでこを指ではじいて俺は苦笑する。

 璃子はもともと大きいちょっと色素の薄い瞳をさらに大きく見開いた。

 この瞳を見ると、いつも初めて会った時のことを思い出すんだ――




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