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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
君の笑顔を守るため side…
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クロッカス:切望



 喧嘩したって、口論になったって、いつも翌朝にはなにもなかったみたいに普通に璃子と話せていたのに、話しかける勇気が持てないでいた。

 あいかわらず俺は薬学部に通いながら、大学と部活とバイトと食品での仕事とに追われて慌ただしい日々を過ごし、あっという間に一年が経ってしまった。

 忙しいとか、講義が分かれてしまったとか、会わないとかいうのは言い訳だって分かっている。

 それでも、自分から璃子に話しかけることが出来なくて。

 時間をあければあけるほど、余計に気まずくなっていた。

 祖父には今年中にでも経済学部への編入試験を受けるように言われたが、せっかく二年も薬学部に通ったのに、全く違う学部に編入することへ少なからず抵抗があった。

 橘家と関わりを持った時点で、経済学部への編入は分かっていたことだけど、まだこの場所にいなければいけない理由があって、編入することに気が進まなかった。

 六年間薬学部に通い卒業してからもう一度経済学部に通いなおす方法も考えたし、祖父を説得するだけの理由も並べる自信はあるけれど、時間がないと言われたらなにも言い返せない。

 弱っているところを一切見せず、未だに現場に顔を出しては社員を委縮させている祖父の容体は思わしくないらしい。

 薬学部の卒業を待つだけの時間はないかもしれない――

 なら、俺はこの夏にかけるしかない。



  ※



 璃子とほとんど顔を会せないといっても、同じ学科だから校舎の中ですれ違うことは多かった。

 この日も、食堂で遠目に昼飯を食べる璃子の姿を見つけただけで、胸がどうしようもないほど騒ぎ出す。

 叫びだしたいほど嬉しくて、それで泣きたいくらい切ない気持ち。

 やっぱり璃子は、一番近くて、一番遠い――

 いつか思ったことだけど、璃子は側にいるようで、手の届かない存在なんだ。

 園城や学科の女子が話しかける声もほとんど耳に入らなくて、適当に相槌を打つ。

 すでに昼飯を食べ終わって、三限が教授の都合で急に休講になってから、昼食後の運動に、食堂の横にある芝生城場でバトミントンでもしようという話でまとまって、ぞろぞろと食堂を横切って移動するとき、たまたま璃子の側を通りかかって、耳に甘く響く璃子の話し声が聞こえた。


「ねー、何度もしつこいかもしれないけど、璃子は本当は拓斗君のことを好きなんじゃないの?」


 問い詰めるような真剣な声音の松本さんの問いかけに、曜日や時間を尋ねられたみたいになんでもないことのように璃子がかえす。


「まさか、拓斗と私の間に恋愛感情なんてないんだよ? ただの親友だって」


 璃子と松本さんが座る長テーブルの端を通り過ぎた一瞬だった。

 その言葉が、鋭いナイフのように胸に突き刺さる。

 からからに乾いた喉を鳴らして、あえぐように息を飲んだ。

 口元に自嘲的な笑みが張り付く。

 そうだよ、分かってたことじゃないか。

 璃子と俺は親友だった。璃子がひとかけらも俺に淡い気持ちを抱いていないって。彼女の役を頼んだ時だって、親友のよしみだって言って渋々引き受けてくれただけなのに。

 中高時代、周りに付き合ってるんじゃないかって勘違いされるくらいには、仲が良かったんだと思う。ずっとそばにいてくれる璃子は、少しでも異性として俺を好きでいてくれるのかもしれないと、どこかで期待していたなんて。

 目の奥が熱くなってきて、たまらなくて、ぎゅっと眉根を寄せた。

 あんな酷いことを言った俺を、いまも親友と言ってくれるだけありがたいと思わなければ。あれ以来、一言もまともに口をきいていないのに、親友だって言ってくれるんだ。だから。

 俺が唯一、璃子のためにできることをしよう――




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