リコリス:再会
大事なシャーペンを貸した男子がそのまま持っていっちゃって、テンションがかなり下がっていたけど、夏帆を待たせても悪いと思って重い足取りを食堂へと向けた。
今日はガイダンスだけだから午前中で終わりなんだけど、夏帆とお昼食べてから一緒にサークル見学しようって約束していた。
うちの学校の食堂は、食堂とカフェテリアとバーガーショップの三ヵ所ある。それぞれ場所は違い、夏帆が待っているのは食堂だとメールに書いてあった。
オープンキャンパス以来、二度目になる食堂は弧を描く全面ガラス張りの窓からおしげもなく日が注ぎ込み室内は明るく、柱のところには観葉植物が置かれて清潔感もあって、天井も高く開放的な空間だった。
私は食堂内に視線をぐるっとめぐらせて夏帆を探す。ちょうど中央辺りの席に夏帆らしき後ろ姿を見つけて近づいて行くと、振り返った夏帆と視線が合う。
「璃子~!」
席から立ち上がり腕を伸ばして振る夏帆に近づいて行くと、夏帆の向かい側の席には男の人が座っていた。
誰だろうって内心首を傾げていたら、男の人と視線がぶつかった。瞬間、彼はにこりと甘やかな笑みを浮かべる。
知ってる人じゃないけど、なんとなく見覚えがあるような……
「こんにちは」
「あっ、こんにちは」
爽やかな笑顔で挨拶されて、私もぺこっと頭を下げる。
「覚えてないかな、俺のこと?」
そう聞かれて困ってしまう。ええっと、だれだったかな……
思い出しそうで思い出せなくて、もやもやする。
隣に座っていた夏帆がたしなめるように指でとんっとテーブルを叩く。
「司先輩、私の友達をナンパするのはやめてくださいよ」
「ナンパじゃないよ、ただの挨拶。いちお後輩だったんだからね」
その言葉に、司先輩と呼ばれた男性の姿が記憶の中の姿に重なる。
そうだ、同じ高校の先輩で、確か……
「璃子、覚えてない? 姫路 司先輩」
「思い出したよ、バトミントン部の先輩ですよね?」
夏帆に頷き返しながら、私は姫路先輩に尋ねるように言った。
「そうそう、松本と仲良かった子だよね?」
大人の色気たっぷりに甘い笑みを浮かべて姫路先輩が私に笑いかけるから、なんだか体がむずむずする。
「はい、小鳥遊 璃子です」
立ったままだった私に夏帆が座るように促し、夏帆の隣の椅子に座って、いちおう自己紹介した。
「さっき偶然、食堂で会ったのよ」
そう言って苦笑した夏帆はテーブルの上で腕を組んで、たったそれだけの仕草も色っぽい。大人っぽい雰囲気の姫路先輩と夏帆はなんだかお似合いに見える。
「まさか松本がうちに来てたとは知らなかったよ」
「私は司先輩が進学した大学だって、会って気づきました」
含みのある言い方で言ってふふっと笑う夏帆はなんだか艶めかしい。
「なに学科なの? もうサークルは決めた?」
「私は応用生物学科で」
「私は薬学科です」
夏帆の視線に促されて答える。
「俺、薬学科だよ。授業で分からないとことかあったら教えるよ? レポートとかも手伝うし」
女の子だったらうっとりするような甘い笑顔で首を傾げて言う姫路先輩に、私は苦笑いを浮かべた。
女の子相手ならだれにでも言っていそう――とか思ったら、悪いかな。
ちらって横目で夏帆を見ると、夏帆はすごくうさんくさそうな視線を姫路先輩に向けていた。
うん、プレイボーイ決定だ……
そんな私の考えを知ってか知らずか、ふぅーっと小さなため息をついた夏帆が話を続ける。
「サークルはまだ決めてません。お昼食べてから見学しようと思ってるんですよ」
「そうなんだ」
「姫路先輩はバトミントン続けてるんですか? というか、バトミントン部ってあるんですか?」
後半は姫路先輩にっていうよりも独り言のようにつぶやく夏帆。
「俺? 俺はアウトドア部だよ」
「アウトドア部?」
「アウトドア、部……?」
夏帆が興味をひかれたように聞き返し、私は既視感を覚えて呟く。
だってアウトドア部って、さっき――
「姫路、お待たせ」
そう言って姫路先輩を呼んだ、その声に私はぱっと顔をあげる。
階段から落ちそうになった私を助けてくれて、春のお日様みたいなぽかぽか笑顔を浮かべていたパーカーの人が、そこに立っていた。




