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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
君の笑顔を守るため side…
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セントポーリア:小さな恋

第4章は璃子視点、拓斗視点、翔視点が混ざっています。



『バイト終わった、いつものとこで待ってる』


 着信音に携帯をみれば、翔からのメールが届いていた。

 翔と付き合い始めてから一年が経った。

 私は相変わらず大学近くのラーメン屋さんでバイトを続けていて、バイトが終わる頃、翔が迎えにきてくれる。翔だってバイトをしているのに、夜の女の子の一人歩きは危ないからとか言って、私のバイトの時間に合わせてくれている。

 たぶん、ここに翔がいれば「女の子じゃなくて彼女だからね」って不敵な笑みで訂正しそう。

 うん、そうなんだ。

 翔とはなんだかんだで上手くやってる。

 最初はいきなりキスされてなんて軽い男なのって憤慨したし、自信に満ちてて強引なとこもあるけど、翔は自分の気持ちに正直で、言葉に嘘がなくてストレートに胸に響いてくる。それでいて弱っている人間には敏感で、甘やかし上手なんだ……

 だからつい、翔には甘えたくなってしまう。

 翔がまっすぐに気持ちをぶつけてくるのは、人恋しいからなんじゃないかって思ったことがあったな。そう感じてしまったのは、自分もそうだったからなのかもしれない。

 どこか自分と似ている翔。

 隠し事とかなしでお互いのことをよく理解し合えて、友達の延長線みたいだけど仲良くやれていると思うんだ。

 たぶん――

 いままで付き合った人と長続きしなかったのは、私が本気でその人のことを好きじゃなかったから。拓斗に文句言われた時は、いつだって本気だったって言えたけど、今思えば、私の心はいつも拓斗だけを想っていて。私の心がどこか違う方に向いていたから。

 その点、翔は私が拓斗を好きなことを理解した上で付き合ってくれているから、心配ないっていうか。

 こんなの翔に甘えっぱなしで申し訳ないのと思うけど、翔といる時間は気取らなくていいっていうか、素のままの自分でいられて、とても穏やかに過ぎていく。

 翔に惹かれ始めている自分がいて。

 そんな恋もいいと思う。

 ゆっくり相手を好きになって、お互いを尊重し合える関係。

 学科が同じで学番も近いから大学ではほとんど一緒の講義を受けてて一緒にいることが多いし、バイト後は迎えにきてくれるし、休みの日も二人きりだったり学科の仲間と一緒だったりはまちまちだけど、会ってるし。

 拓斗とは、一人暮らしし始めてからあまり会わなくなっていたけど、二年になって学番分かれる講義が増えて、拓斗とは講義自体違うことが多くなった。

 あのパーティー以来、お互い気まずくて、なんとなく距離を置いてしまっているのもある。

 でも、仕方ないんだって、心のどこかで思っている自分がいた。

 いまの拓斗は、高校生までの私の知ってる拓斗じゃない。

 ただの世良 拓斗じゃなくて、食品業界大手の橘食品をいずれ継ぐ人間で、私とは違う世界の人なんだ。

 拓斗の隣にはきっと、パーティーで会った彩愛さんみたいな人がふさわしいんだ。

 そんなことを考えながら、私は手早くバイトの制服から着替えて、従業員用のロッカールームを出て、翔と待ち合わせている駅前へ急いだ。



  ※



 俺はちらっと駅前広場の中央にたつ時計塔を見上げて、ふっと吐息をもらす。

 吐いた息が潮風にのって消えていく。

 もうすぐ、璃子が来る頃だな。

 そう考えただけで、無意識に顔がほころぶ。

 初めて会った時から気になっていた。好きになるのにそれほど時間はかからなかった。

 くりっとした奥二重の瞳と小振りの鼻と唇が可愛い。頭上で結わかれたポニーテールがよく似合っている。

 笑顔が可愛くて、くるくる変わる表情が愛らしくて、元気いっぱいの女の子。

 それでいて、いつも切なげな瞳を一点に向けている。

 その胸を締め付けるような表情が瞳に焼き付いて、気になって仕方がなかった。

 こんなに気になって、胸にぐっとくる子は璃子が初めてだった。

 気になる、そう思ったら考えるよりも先に手が出てた。

 強引に話しかけて、色素の薄いその瞳に俺を映してほしかった。

 世良とはなんでもないって言いながら、泣きそうになってるくせに無理して笑顔を浮かべる璃子を、泣かせたいと思った――

 こんなに誰かを強く想ったのは初めてかもしれない……

 欲しくて欲しくて、それでいて手に届かない存在。

 俺は無意識に拳をぎゅっと握りしめる。

 璃子はいつも俺の隣で笑っていてくれる。

 初めの頃こそ、無理して笑っている璃子をどついたりもしてたけど、最近の璃子は自然な笑顔になってきた。それが俺の存在が影響しているならいいと思う。

 でも……

 璃子は気づいていないけど、時々、学内でふっと遠いところを眺めている時がある。璃子は無意識にあいつの姿を見かけると目でその姿を追っていた。それがどんなに遠くでも気づいて、焦がれるように見つめていた。

 璃子の一番近くにいる女友達の立岡と空見ですら、璃子があいつを好きだって知らない。

 そのことを知っているのが俺だけなら、俺は――


「翔、お待たせっ」


 遠くから呼ぶ璃子の声に顔を上げると、璃子が満面の笑みでこっちに手を振りながら走ってくるところだった。

 いま向けられる璃子の笑顔が俺のものなら――

 俺は璃子を見て、ふっと細い吐息をもらした。




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