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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
この涙は誰のもの? side璃子
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ブプレウルム:ファースト・キス



 その時の私はくだらない口論のやりとりで、完全に頭に血が上ってたんだ。

 彼女の証といったらこれだって思った方法を、考えるよりも先に体が動いて実行していた。

 つまり、その、キス、をね……

 十センチヒールを履いていてもまだ十六センチの身長差があって、それを埋めるために私はヒールでつま先立ちになって、ぐいっと背伸びして顔を近づける。

 それまで事の成り行きを見守っていた拓斗は、いきなりスーツの襟元を掴んで引っ張られてやや前屈みになって。どんどん近づいていく表情は驚きに大きく瞳を見開いていた。

 息が触れそうな距離で拓斗の端正な顔を見てしまって、でも、睫毛ちょー長いとか思う余裕もなく、唇と唇が触れ合う。

 正直、十九年の人生でキスなんてしたことないから、ドラマとかの見よう見まねっていうか、もうほんとそこまで頭は回ってなかったと思う。

 ただ単に、カっとなって、つい、してしまっただけなんだ。

 なんだか、付き合ってもいない女の子の何気ないしぐさに魔がさしてキスした男の子の言い訳みたい……

 一瞬のような、永遠のような時間。

 唇を離すと同時に、握っていたスーツを離して、つま先立ちからぐらついたら格好つかないから意地でどうにかバランスとってしゃんと立って、彩愛さんを振り仰ぐ。

 たぶん、その時の私の顔はどや顔。

 どうよ、これで文句ないでしょ。そんな含みの表情で鼻息が荒そう……

 彩愛さんはといえば、真っ青な顔で固まっている。

 お嬢様には刺激が強かったかしら?

 そう思って、ふっと横を見やると拓斗も固まっていた。

 あれ……?

 内心首を傾げた私は、この時は完全に理性が吹っ飛んでて、単純なことにも気づかなかった。

 男の子と付き合ったことがある私すらキスの経験がなかったんだから、誰とも付き合ったことのない拓斗だってはじめてなんだと気づくべきだった。

 今にも泡を吹いて倒れそうな彩愛さんと完全に凍っている拓斗を見て、私一人がだんだんと冷静さを取り戻してくる。

 理性が戻ってくると、なんてことしてしまったんだと思うと同時に、自分のしでかしたことへの羞恥心が襲ってくる。

 かぁーっと頬に血が集まってくるけど、自分がしておいて赤くなるのは余計に恥ずかしい。

 なんとかうまく取り繕おうとしたんだけど、瞬間、ぐいっと強い力で腕を引かれてよろけそうになる。

 捕まれた腕を見れば、拓斗が凍りついた無表情のまま、私の腕を掴んでぐいぐい歩いていく。

 拓斗に引っ張られて小走りになりながら、私はちらっと振り返る。

 そこには、いまだに呆然としている彩愛さんがぽつんと残されていて。

 また視線を前を歩く拓斗に向ける。

 意識を失いそうなほど呆然としている彩愛さんに弁明の一つも言わずに置いてきてしまうなんて、拓斗も相当、冷静じゃない――

 なんて、気づくのはだいぶ後のこと……

 拓斗の背中越しに見えたのは会場の扉で、拓斗は振り返ることもなく会場から出ていき、そのままホテルの通路を進んでいくのに黙ってついていくしかなかった。

 通路を進み、吹き抜けになったフロアの横にある階段を下りていき、ガラス扉を押し開いて薄闇の中庭に出る。

 中庭は花壇が整備されたちょっとした遊歩道になっていて、少し進むとプールがあった。

 歩調はゆったりと、その仕草も気品が溢れているのに、掴まれた手は痛くて、拓斗をまとう空気が緊迫しているのが分かった。

 拓斗はプールサイドのいまは水の止まっている滝の前で止まると、振り返りざま、ぐいっと乱暴に腕を引いた。

 その反動に私はつんのめってしまって、息も触れそうな距離で拓斗を振り仰いで、息を飲む。

 暗闇の中でも分かるくらい、見下ろす拓斗の瞳が苛立ちに揺れていたから。


「なんで、あんなことした――」


 吐き出すような、苦々しげな言葉に、胸の奥が握りつぶされたように酷い痛みが走る。


「あんな……」


 斜め下に視線を落とした拓斗の唇は怒りに震えていて、声が激情に掠れていた。私は胸がつまって、なにも言えなかった。




キスなんてしたことないって璃子が言うのは

翔とのアレはノーカウントだからかな(笑)?

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