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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
この涙は誰のもの? side璃子
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デンファレ:お似合い



 遠ざかっていくおじいさんの後姿を見送って、思わず吐息をもらしてしまった。

 今日のパーティーに私が駆り出された目的であるおじいさんとの対面が思ったよりもあっさりと終わってしまって拍子抜けする。

 いちお彼女として挨拶したし、予定外にいちゃいちゃいちゃしているところも見せつけてしまったし、これで任務完了?

 そう思ってなんとはなしに首を傾げて、すぐ横から漂ってくる不穏な空気にその時になってやっと気づいた。

 振り返れば、拓斗の腕に自分の胸を押し付けるように腕を絡めて彩愛さんがしきりに話しかけていた。

 拓斗は神々スマイルを崩さずに浮かべていたけど、内心、困惑しているのをちょっとした表情の変化で感じとる。

 おじいさんが紹介して置いていった女の子、柚木崎 彩愛さん。天草銀行頭取の御嬢さんって言っていたから、正真正銘のお嬢様なのだろう。

 身をまとう淡い色合いのエメラルドグリーンのドレスは体にぴったりとそうセクシーなデザインで、豊満な彼女にはよく似合っている。それでいて顔はちょっと幼く見えるのがギャップで男うけしそう。ちょっとした仕草が優雅で、目を惹かれる。

 びしっと上品で艶やかな黒のスーツを着こなした拓斗の隣に並ぶのは彼女のようなお嬢様が釣り合っている。

 お似合いだと思ってしまって、ジクっと胸が痛む。

 ――――っ!

 ってか、今日の私はお似合いとか素直に思っちゃいけないんじゃないの!?

 はっと我に変える。よく考えてみれば、こんなに明白なことはない。

 おじいさんが紹介した彼女は頭取の御嬢さん、つまりおじいさんが用意した拓斗の婚約者っていうのが彼女なんだ。

 任務完了とかぼーとしてる場合じゃないじゃん。彩愛さんにもしっかり私が拓斗の彼女だってアピールしないと。

 そう思ったのだけど……


「拓斗さんは薬学部に通われていると伺いましたわ。会社のお仕事も手伝いながら学業も疎かにしないなんて尊敬いたしますわ」

「いえ、そんなたいしたことじゃないですよ。大学に通うことも橘食品の仕事に関わるのも、どちらも自分が興味を持ってやりたくてやってることですから」

「まあ、努力家なのですね! ぜひ、彩愛も見習いたいと思いますわ。薬学に興味を持たれたきっかけはなんですの? 彩愛ももう高校三年、進路について悩んでいますの。ぜひ参考にお聞かせください、そして、もしよろしかったらご相談にのって頂けると……」


 キラキラと瞳を輝かせて、時には頬を染めて話す彩愛さんのリアクションの大きさに唖然としてしまう。

 うーん、お嬢様ってみんなこんな感じなのかな……?

 基準にするものがないからよく分からない。


「あの、はじめまして、私――」


 さっき、おじいさんに彼女だと名乗った時に、私からは姿は見えなかったけど彩愛さんも側にいて私の名前を聞いていたと思うけど、もう一度名乗っておこうと思って声をかけたのだけど。

 ちらっと眼差しを向けただけで、彩愛さんはすぐに拓斗の方に向き直って、会話を続行する。


「ぜひご相談にのってくださいませ」

「あの、彩愛さん、私――」


 もう一度チャレンジして声をかけた私に、今度はジロッとねめつけるような眼差しが向けられる。その視線はジロジロと値踏みするような嫌味な視線で、私の頭かたつま先まで見て、それからふっと、それまでの可憐な微笑みとは似ても似つかない皮肉気な微笑を浮かべた。


「あら、ごめんなさい。他の方に話しかけていると思っておりましたから。あなた、ずいぶん疲れているように見えるわ、慣れないパーティーになど分不相応な身で出るからじゃないかしら? 私の到着が遅れたばっかりにいままで拓斗さんのパートナーを務めさせてしまってごめんなさいね。ご苦労様、もう帰られて結構よ?」


 拓斗さんのパートナーに真に相応しいのは私ですから――

 暗にそんな言葉を含んで、見下すような口調と眼差しで言われて、カチンとくる。

 ちょっと前に、拓斗とお似合いとか思ったことを激しく後悔する。

 なんなの、この女……

 拓斗に対しての態度とずいぶん違いすぎるんじゃないの……?

 百歩譲って、こんな煌びやかなパーティーには分不相応だって認めるわよ。でもね、あなたみたいなぶりっこ女に拓斗の隣は絶対に譲らない!!

 なによ、さっきっから媚媚の喋り方して。それで男が騙されると思ってるの!?

 自慢の豊満ボディなんでしょうけど、わざとらしく胸を押し付けて、そういうガツガツした女は下品極まりないのよっ。

 シカトするとか姑息な手段使って、やるならお嬢様らしく堂々とやんなさいよっ。

 心の中でさんざん悪態ついた私は、大きく息を吸い込む。もしかしたら私の背後には、メラメラと怒りのオーラが燃え立っていたかもしれない。でも。

 息をたっぷり吸いこんだ私は、にっこりと最高に可愛らしい笑みを浮かべてみせた。


「ふふ、何か勘違いしているようですね。私はほんとはこんなパーティーなんて来たくなかったんですけどね、拓斗が“どうしても”ってお願いするものだから、仕方なく来てあげているんです。まあ、私と拓斗は十二年間の付き合いだし? 彼女としては、ぜひおじい様に一度きちんとご挨拶しておきたいとは思っていたからちょうどよかったんですけど」


 帰れって命令する権利はあんたなんかにはないのよ――って嫌味を含みつつ、しおらしい微笑みと口調を演じる。

 彩愛さんは馬鹿ではないようで、しっかり私の嫌味を理解して、怒りにかぁーっと顔を赤くして憤慨した。


「なんなのよ、あなたはぁ……!」


 肩を怒りに震えさせて発した彼女の問いに、私はふっと勝気な笑みを浮かべる。


「拓斗の彼女ですけど?」

「…………っ」


 しれっと答えた私に、彩愛さんは悔しそうに唇を噛みしめ、キッと鋭い眼差しを向けてくる。


「恋人がなんだっていうのよ、橘社長は私を拓斗さんの婚約者に選んだのよっ! 橘社長だって恋愛と結婚は別って言っていたわ。そうよ、私こそが橘家に認められた婚約者なのよ!?」


 勝ち誇ったように言う彼女に、私は冷ややかな眼差しを向ける。


「それがなに――? おじい様が認めようと認めなかろうと、肝心なのは拓斗の気持ちでしょ? そんなことも分からないのね、お嬢様は」


 呆れてこぼれた私の言葉に、彩愛さんは瞳に涙をためてギロリと睨んでくる。


「私達のような身分の者にはね、本人の意志よりも家柄や家同士の繋がりが重要なのよっ」


 それが正しくて疑わないというような言葉が私には理解できなくて、眉根をきゅっと寄せる。


「そう、拓斗の婚約者になることにあなたの意志はないのね。なら尚更、譲ってあげることも出来ない」


 そう言った私に、彩愛さんがつかつかと歩み寄ってくる。

 直後、パンッ、と乾いた音が響いて、頬にじーんっと痛みが広がっていく。

 私は衝撃に一瞬、瞳を瞑り、叩かれた頬にそっと触れた。


「あなた、いい加減にしなさい。だいたい、あなたみたいな庶民が拓斗さんの本物の恋人かどうかも妖しいわっ」


 なにそれ……

 もうばかばかしくて、言葉で反論するのも嫌になる。


「本物の恋人だっていうなら、ここで、証明してみせなさいよっ」


 眉尻をつり上げて叫ぶ彩愛さんに、ほとほと嫌気がさしてくる。

 何を言ったって認めるつもりなんてないくせに――

 そっちがそうまで言うなら、証明、しみせようじゃない――

 そう思った瞬間に私の体は動いていて。

 隣でやや呆然と私と彩愛さんの言い合いを見ていた拓斗のスーツの襟元をぐいっと力一杯ひきよせて、精一杯つま先立ちして。

 私は拓斗にキスをした――




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