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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
この涙は誰のもの? side璃子
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カロライナジャスミン:甘いささやき



 一曲が終わると、私と拓斗は笑みを浮かべながら会場の中央から抜けて壁際へと向かった。


「あー、楽しかった。でも拓斗の足、二回くらい踏んじゃった」

「二回じゃなくて、三回ね」


 眉根を寄せて渋い声音でいいながら、口元は笑っている拓斗。


「えー、うそ、ごめん!」


 お互いくすくす笑いながら手をつないだまま壁に背を預けて並んで立ち、遠目にまだ踊っている人たちを見る。


「踊ったら、お腹すいたな」

「ふふ、そうだね。美味しそうな料理がいっぱいあるんだから食べないともったいないよ」

「なにその口ぶり? 俺だけ食べろってこと?」

「あれ? 今日は“僕”じゃなかったの?」

「璃子の前ではいいんだよ」


 拓斗は私の耳元に顔を寄せて小声で囁く。

 なんだかそれが、特別って言われているようで嬉しくなる。

 私が特別なんじゃなくて、この場所が特別なんだって分かってるけど、今だけはふわふわした気持ちになってもいいかな。

 お腹すいたという拓斗にせっつかれて料理が置かれているテーブルへ行き、お皿にオードブルをちょっとずつ取り分けて美味しそうに食べる拓斗をそばで見る。

 他愛無い会話やさり気ないじゃれあいが高校の頃に戻ったみたいで楽しくて、今日なんのためにここにいるのか忘れそうになる。


「ほんとに食べないのか?」


 エビのマリネを口に運びながら尋ねられて、苦笑して答える。


「うー、だってけっこうウエスト締めてるから、今なんか食べたら吐きそう……」

「なんだよそれ」


 拓斗は冗談だと思っているのかおかしそうに笑うけど、ほんとに何かを食べられる状態じゃない。ウエストを締めてるっていうのもあるし、これからのことを思うと緊張して喉を通りそうもない。


「このエビ、すっごい美味しいよ。ほら、あーん」


 無意識にお腹に手を当てていたのがいけなかったのか、拓斗があーんって言いながらフォークを私の口元に近づけてくる。


「えっ、あ――」


 戸惑って口を開けた瞬間、小さめにカットされたエビが口の中にすっと入りこむ。


「…………っ」

「美味しい?」


 スローモーションのようにゆっくりと首を傾げただけなのに絵になっている拓斗につい見とれてしまう。


「これはこれは、仲睦まじいところを見せつけられたな」


 その言葉に、かぁーと頬に熱が集まる。

 声のした方を仰ぎ見ると、長身で屈強そうな白髪交じりの男性が立っていた。

 年の頃は六十代前半くらい、白髪交じりの髪は少し癖でうねっていて、拓斗の癖っ毛はおじいさん譲りなのだと思う。目尻には年相応の皺が刻まれ、瞳は狙った獲物を絶対に逃がしはしないような猛禽類のような鋭さがあった。体格も老人にしては鍛えぬいたようながっしりとした体で、病を患っていると拓斗から聞いていなければそんなこと微塵も感じさせない重圧感があった。

 鋭い眼差しに視線が交わって、一瞬、ふっと口元が微笑んだ気がしたけど、すぐに無表情でジロリと拓斗に視線を向ける。


「この女性かな、お前が私にぜひにも紹介したいと言ったのは」


 白々しく話しかけるおじいさんの言葉に、直後、拓斗の周りの空気が張りつめたのが分かった。

 きっと、紹介したいなんて言ってないんだろうなぁ……


「ええ、そうですよ。僕の大切な人です」


 張りつめた空気とは裏腹に、拓斗は天使も逃げ出すような神々しい笑顔を張り付けて、さりげなく私の腰に腕を回して引き寄せる。

 私はひきつりそうになる顔に精一杯、人好きのする笑みを浮かべた。


「紹介します、僕の祖父で現橘食品社長の橘 慎太郎。こちらは小鳥遊 璃子さん」


 拓斗の紹介に、おじいさんは無表情のまま会釈をし、私はふんわりとした微笑みを浮かべてお辞儀した。


「はじめまして、小鳥遊 璃子と申します。拓斗さんとは小学校からの同級生でいつも助けられてばかりで」

「そんなことないよ、僕の方こそ璃子にはいつも支えられてる」


 私の言葉を遮って言った拓斗は、私の腰に当てたままだった腕をさらに引き寄せて、こつんと額に額をつけて、息も触れそうな距離でとろけそうな甘い笑みを浮かべるから、これが演技だって分かっててもドギマギして心臓が口から飛び出してしまいそう。

 ってか、こんなシナリオじゃなかったはずだよ!?

 ここはちゃんと、私に挨拶させてくれるところじゃなかった!?

 しっかり者の彼女アピールするとこでしょぉ……!?

 心の中で絶叫しながら、なんとか笑みを保つ。ううん、もしかしたら口元が引きつっていたかも……


「ふっ」


 鼻で笑ったような声に、私は思わず振り仰いでしまう。

 正面に立つおじいさんの口元が笑っているんだけど、瞳の鋭さが増していて、ぞくっと背筋が震える。

 なんて威圧的な顔で笑うんだろう……


「まあ、よい。必ずしも恋愛と結婚は結びつくものではないからな」


 その言葉が、すべてを切り捨てるような冷徹さに冷や水を浴びせられたようにぞっとする。


「拓斗、私からもお前に紹介したい人がいる。さあ、こっちへ」


 振り向いたおじいさんの視線の先を追うと、おじいさんの陰に隠れるように淡いエメラルドグリーンのドレスを着た女の子が立っていて、優雅な微笑みを浮かべて一歩前へ進み出る。


「天草銀行頭取の御嬢さんの柚木崎 彩愛《ゆきさき あやめ》さんだ」

「はじめまして、拓斗さん」


 鈴を転がしたような可愛らしい声で自己紹介する彼女の視線は拓斗だけに向けられている。

 横目でちらっと拓斗の表情を伺うと無表情で、でもその周りに緊張感が漂っているのが分かった。

 私には分からないなにかがあるのだろう。


「はじめまして」


 無表情だった顔に、神々しい笑みを浮かべて拓斗が言うと、彼女は瞬時にぽっと頬を染めた。

 なんだか、嫌な予感がする……


「彩愛さんとは年も近いことだし、若い者同士親睦を深めるのだな」


 そう言って鷹のような鋭い眼差しを細めて、おじいさんは側にいた秘書の人を連れて去っていってしまった。




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