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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
この涙は誰のもの? side璃子
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ツユクサ:セレネイド



 なんだかどっと疲れが出てきた……

 足を踏み入れた瞬間、眩しさに目を細めた会場内はいたるところに豪華な花が活けられ、各所に置かれたテーブルには美味しそうな料理がずらりと並び、ステージの下手側では人々の歓談の邪魔にならない程度の音楽をオーケストラが奏でている。

 そして会場内にいる人々も皆、綺麗に着飾っていて、一目見て上流階級の人達なのだって分かってしまう。

 華やかだけど華美すぎず上品な雰囲気の会場内に、自分の場違いさを嫌でも思い知らされる。

 それになにより……


「――いえ、そんなことはないですよ、僕なんてまだまだで」


 天使も真っ青で逃げ出すような神々しい微笑みを浮かべている拓斗を横目でちらっと見上げる。

 会場に入ってから絶えず人が拓斗に声をかけたり挨拶していく。それを拓斗はいままで見たこともない天使のような微笑みで答えて、謙虚な態度で会話を進めていく。

 拓斗に声をかけてくる人が時々、私を紹介してほしいと言っては拓斗が「彼女です」って言って紹介する。私は極力喋らないで、頷いたり笑ったりしていればいいって拓斗に言われているから、紹介されれば簡単に名乗ってとびっきりの笑みを向けるのが役目。

 ほとんどの人が可愛らしいとか羨ましいとか賛辞の言葉を言って終わるんだけど、時々、値踏みするような無遠慮な視線でじろじろ見られることもある。それでも私は笑みを張りつけてなんとかやり過ごそうとした。それでもしつこくねばついた嫌味な視線を向けてくる人には拓斗がさりげなく庇うように私の前に立ってくれて会話をそらしてくれた。

 拓斗って普段から涼しげな笑みを浮かべているけど、いま目の前にいる拓斗は私が知ってる拓斗じゃないみたいだった。

 いつもの笑顔二割増し、それなのにキラキラした笑顔で本質を覆い隠しているように見える。

 これが、橘家での拓斗の顔ってこと……?

 人の上に立つ人間として弱みを握られないようにしないといけないとか、なんとなく分かるけど、私には拓斗が必死に“橘 拓斗”を演じているように見えて、胸が苦しくなる。

 まるで、私が拓斗への気持ちを隠すことに必死になっている姿とだぶってやるせない。

 そんな苦労してまで橘家にいかなければいいのに――

 そう思う反面、なんで拓斗が橘家に自分から関わろうとするのか分かってしまうから、やめなよって言うことも出来ない。


『冗談じゃないって思った、後継者とか婚約者とか、俺の意志に関係なく話を進めようとして。あの人は全然母さんや父さんの気持ちを分かってないんだ、どうして父さんが母さんを選んだのかも、母さんが橘家と関わろうとしなかったかも』


 いつも涼しげな瞳に激情が燃えていた。

 きっとお母さんのため、亡くなったお父さんのため、なんだと思う。

 拓斗は人のために必死になれる、優しい人なの。

 だから私は拓斗にやめなよって言わない。私にできることはずっと拓斗の味方でいること。

 拓斗が頑張ってることを応援する。もし挫けそうになったら背中を支えてあげる、逃げ出したくなったら抱きしめてあげる。

 いまは彼女としてそばにいる。

 引け目を感じちゃダメ。拓斗が選んでくれたのは私なんだもの。たとえ数時間だけの彼女でも、立派にやりとげないと。

 絶え間なく拓斗に挨拶に来ていた人がやっと途切れて、小さなため息をつくと、拓斗が心配そうに小声で話しかけてきた。


「大丈夫? 疲れた?」

「あっ、ううん、大丈夫だよ。パーティーなんて初めてだからちょっと緊張しただけ」

「そう? 俺もパーティーって初めてだから緊張してる」


 人込みを避けるように拓斗に誘導されて壁際に移動しながら、周りには聞こえないような小さな声で会話する。


「えっ、そうなの?」

「そうなの。だって一ヵ月前までは橘家とは無縁だったし」


 拓斗には似合わない皮肉気な笑みにちょっと眉根を寄せる。

 そこじゃなくて、緊張してないってことになんだけどな、驚いたのは。

 あんなに堂々と物おじせずにたくさんの人、しかも父親よりも年配の人を相手に対等に話していた。

 たった一ヵ月で橘家の跡取りとして相応しくなったんじゃなくて、元々、拓斗にはそういう素質があったんだって思う。


「ぜんぜんそんなふうには見えないよ。すごい堂々としてる」

「ま、ね。そうしてないといけない立場だから」


 そう言って片目をつぶって見せる拓斗は、なんだか複雑な笑みを浮かべた。

 ねえ、そこまでして橘家に関わらなきゃいけないの――?

 喉をついて出かかった言葉は、ぐいっと拓斗に腕を引かれることで言葉にはならなかった。


「璃子、一緒に踊ろう」


 ぱっと輝かせた笑顔で言われてたじろぐ。


「ええっ!? 無理だよ」

「大丈夫。ほら、この曲、覚えてる?」

「あ……」


 拓斗の言葉に耳を澄ませてみると、聞き覚えのあるメロディーが弦楽器によって奏でられていた。

 ふっと昔の記憶が風景としてそこに思い出す。

 小学生の頃、拓斗のアパートの前の空き地で友達とかくれんぼして遊んでいた時、隠れる場所を探して踏み入れた裏庭で拓斗のお母さんがそこに咲く花にお水を上げていた。

 色とりどりの花が咲く中で、ムラサキや青のパステルカラーのすらりとした花穂が風に揺れて緑に映えるその花が大好きだった。

 おばさんは毎日お水を欠かさずあげていて、休みの日にはお手入れをしていた。うちのお母さんが言うにはおばさんはグリーンサムっていうんだって言ってた。意味はよく分からなかったけど、花や緑を愛する人のことなのかなって漠然と思ってた。

 汗をぬぐいながら草花の手入れをするおばさんを見てるのが好きで、かくれんぼ中なのも忘れて、芝生の上に座り込んで眺めていた。


「璃子、みーっけ、って隠れてないじゃん……」


 鬼だった拓斗が裏庭にひょこっと顔を出して、その声にしまったと思う。


「あっ、かくれんぼ中だった……」

「また花を見てたの? 好きだね」


 吐息ともに言った拓斗は皮肉気ないい方なのに、その表情は微笑んでいた。

 花ももちろん好きだけど、どんなに弱っている草花も元気にさせてしまうおばさんの手を見てるのが好きだったんだよね。

 その時に流れてた曲がいま会場内で演奏されていた。

 いつもおばさんが庭いじりをするときにラジカセで聞いていた曲。


「一曲、お相手願えますか」


 畏まって腰を折って上目づかいに見上げる拓斗の手に自分の手を重ねた。

 気取った雰囲気がおかしくて、つられてるように笑ってしまう。

 私と拓斗は会場の中央にゆっくると進み、踊っている人の中に交じってステップを踏む。

 お互いダンスなんて初めてって言いながら、でも全然そんなことは気にならなくて、体が自然に動いていく。

 流れてくる美しいメロディーとすぐ近くにある拓斗の笑顔だけで胸がいっぱいになる。

 拓斗への気持ちは隠さなきゃいけないとか、拓斗には辛い思いをしてほしくないとか、数時間だけの彼女とか、そんなことは全部頭から吹き飛んで、ただ、この時間がずっと続けばいいと思った。




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