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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
この涙は誰のもの? side璃子
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モモ:私はあなたのとりこ



 考え事をしながら歩いていたからか、履きなれない高いピンヒールの靴のせいか、ラウンジ入り口の段差に気づかず躓いてしまった。


「きゃっ!?」


 転ぶと思って衝撃に備えて瞳を強くつぶったけど、いくら待っても痛みは感じなくて、代わりにふわっと甘酸っぱいコロンの香りが鼻先に触れてどきんっと胸が跳ねる。

 瞳を開ければ、目の前には上品なスーツの胸元があって逞しい腕に両肩を支えられていた。


「大丈夫ですか?」


 耳に澄んだ響く声音になでかドキドキしてしまう。


「あっ、はい、ありがとうございます……」


 慌ててお礼を言って、ぺこぺこ頭を下げる。


「怪我はないみたいでよかった……」


 男性は私がちゃんと立ったのを確認して肩を支えていた腕を離すと男性は少し屈むようにして息を飲んだのが分かって顔を上げる。

 高い長身を包むのは上品で艶やかな黒のスーツ。スーツのボタンを開けていてスーツと同色同素材の黒のベストを見せていて、それがかえって華やかなオーラとスマート印象を与えている。

 前髪をワックスでかきあげて無造作に撫でつけただけなのに、二重のきりっとした瞳と整った眉と鼻筋、涼しげな口元の端正な顔立ちを引き立てるように少し癖のついた黒髪がサイドで揺れている。

 まるでおとぎ話の中から向け出して王子様のようなあまりに綺麗な姿におもわず見とれてしまう。

 その場だけ時間が止まったような感覚に、至近距離で見つめ合う。

 どのくらいそうしていたのか、もしかしたらほんの数秒だったかもしれないけど、時間が止まったように長く感じる。ざわっとした人のさざめきにはっとして、慌てて無意味に手足をばたばたしてしまう。


「璃……子……?」


 掠れたようなささやくような声で名前を呼ばれて、ドキっとする。


「えっ、あ……拓斗、なの?」


 名前を呼ばれて初めて、目の前にいる王子様然としたのが拓斗だと気づく。

 お互い、あまりの変貌ぶりに気づかないなんておかしくて、くすっと笑いがもれる。


「なんだよ……?」


 拓斗は不機嫌そうに片目を眇めて見下ろす。

 そんな拓斗を見上げて、なんだかいつもより近くに感じるのは気のせい……じゃないか……

 十センチヒールは無理って言ったのに、サロンのスタッフさんが「こちらがお似合いになります」っていうから頑張って履いたんだよ。

 たぶん、私の足のサイズが小さくて、小さいサイズはあまりない中から、ドレスにあう色の靴だとこの高いヒールしかなかったんだ。でも。

 高いヒールを履いてちょっと得した気分。

 いつもはどんなに背伸びしたって、二十六センチも身長差がある拓斗にはぜんぜん近づけなかったけど。高いヒールで今は身長差が十六センチ。

 理想の身長差って十五センチっていうから、きっとこのくらいなんだろうなぁ。


「なに、じっと見て?」


 拓斗が尋ねる。


「びしっとスーツ着こなして本物の王子様みたい」

「ぷっ、王子様って」


 思ったままの感想を言っただけなのに、笑われてちょっとむっとする。

 素直に似合ってると思っただけなのに。

 ほんとに、本物の橘家の御曹司みたいで、ちょっとだけ遠い存在に感じてしまう。


「璃子って意外とロマンチスト?」

「それって馬鹿にしてる?」


 いまだにくすくす笑いながら尋ねてくる拓斗をちょっと睨んでやる。


「私は正直に思ってることを言っただけ。だって拓斗って、今だって女の子に負けないくらい綺麗な顔してて、ほんとにスーツも似合っててカッコイイなって思ったの」


 ふてくされてぷいっと横を向いたら、拓斗の手がぽんっと頭に乗った。


「ちょっと、せっかく髪の毛も綺麗にセットしてもらったんだからぐしゃぐしゃにしないでよ」


 身をかがめて拓斗の手から逃れようとしたんだけど、拓斗の手が優しく触れるからそれ以上逃げられなかった。決して強くはない力で額に触れられて、抑えられるように瞳を伏せた。

 だから拓斗の表情は見えなかった。いまどんなことを考えていてどんな表情をしているのか。その瞳を見ればわかるのに。

 目をつぶってても、瞼の裏には拓斗の端正な顔が焼きついてて、胸が苦しくなる。

 拓斗の指先が頭から髪先にすべっていき、気持ちいいようなもどかしいような感覚が全身に広がっていく。喉の奥がきゅっと切なくなって耐えきれなくて瞼を開ければ、拓斗が言い知れぬ熱を宿して私を見下ろしているから、心臓が飛び出しそうなほど跳ねる。


「璃子――」


 涼やかな声に呼ばれて、心臓の音がうるさい。

 拓斗はふっと微笑むと優しい眼差しを向ける。


「今日はしっかりエスコートさせて頂きますよ、俺のお姫様」


 悪戯っぽく微笑んで、拓斗は私を見た。




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