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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
八年間の片思い side璃子
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カルミア:爽やかな笑顔



 今後の講義のとり方や明日の学力試験の説明などがされてガイダンスが終わり、室内がガヤガヤと騒がしくなる。

 そんな中で、私は一人シラバスとにらめっこ。ほとんどが必修なんだけど、いくつかある選択授業のどれをとろうか悩んでいたの。六年間でとればいい単位数と一年間の授業予定とを見比べて、おおよその六年分の授業計画を練る。なるべくなら一年次でとれるものは取っておきたいしね。それに一年間でとれる単位数ってのも決まってるし。

 そうこうしているうちに、講義室の中に残っている学生はまばらになって――ってか、いつの間にか隣の彼もいなくなっていた。

 もしかしたら声をかけてくれたのかもしれないけど、私って一つのことに集中すると周りの声が聞こえなくなるらしい。

 はぁーっとため息をついて、肩の凝りをとるように首を動かす。

 まあ、いっか。同じ学科ならまた顔を合わすだろうし、別に「ありがとう」って言ってほしかったわけでもないし。

 私は机の上に広げていたプリントをま集めて綺麗にたたみ、シラバスを閉じてプリントと一緒に鞄にしまう。それから隣の席に置いていたペンケースに手を伸ばして――そこではっとする。

 そういえば、貸したシャーペン……

 ガサガサとペンケースの中を見ても、机の上を探しても星柄のシャーペンがないっ!

 どうして……ってか、隣に座っていた彼が持ってるとしか考えられない。

返すの忘れて持っていっちゃったの……?

 さぁーっと顔から血の気がひいていく。

 シャーペン一本くらい、なくなってもいいじゃんって思うかもしれないけど、貸したシャーペンは私にとって替えが効かない大切なものなんだ。

 だって――

 脳裏に遠い過去の記憶がよみがえって、目尻にじわっと涙がこみあげてくる。

 このままシャーペンが戻ってこなかったらどうしよう――

 そんな不吉なことを考えて、体を震わせた。

 どうする? 今から探す? 確か、男子は今日、健康診断のはずだから体育館に行けばいるかな……? でも、何百人っている学生の中から見つけられる……? 明日になって、探した方がいい……?

 ぐるぐるいろんな考えが浮かんでは消え、私はいてもたってもいられなくて講義室を飛び出した。

 可能性は少なくても、明日まで待つなんて出来ない!

 五号館の講義室を出て、隣にある体育館を目指す。中には入れないから、入り口の見える場所に行ったんだけど、体育館の前はちょっとした広場になっていてその先には正門があって、この時期は正門前の広場は新入生勧誘のブースがいくつも作られていてサークルの勧誘する上級生と新入生で溢れかえっていた。

 突っ立っていると次から次へとサークル勧誘されて、ずっと入り口を見張ってるなんて出来そうにない。


「野球部でーす。マネージャー募集してまーす」

「一緒に鍛えよう~、少林寺拳法部です」

「茶道部でーす」


 新入生かそうじゃないかなんて、どうして分かるんだろう……!?

 とにかく勧誘の人に囲まれて、彼を見つけるのは無理そうだった。

 それに、もうすぐ時間はお昼。もしかしたら、先にご飯を食べに行ってるかもしれないし、私がぼーっとしている間にもう健康診断を終えて帰っちゃったかもしれない。

 なんだかもう、シャーペンを見つけられないような気がして気分はどん底。絶望感で体がふらつく。それなのに……


「うちのサークル入らない~?」

「いえ、サークルは考えてなくて……今、人と待ち合わせしてるので……」


 断っても断ってもしつこく声をかけられて困る。逃げるように正門横の一号館の階段を登ろうとして、慌ててたから段を踏み外してしまった。後ろに体が傾いで。

 落ちる――っ!

 そう思ったけど、浮遊感が襲ったのは一瞬だけで、後ろから誰かが体を支えてくれた。


「あぶない……大丈夫だった?」


 肩越しに焦ったような心配そうな声が聞こえて振り仰ぐと、チャックがついてないタイプの空色のパーカーを着た男の人が私の肩を支えていた。


「あっ、はい……ありがとうございます」


 私は慌ててお礼を言い、いまだに体を支えられたままの状態にかぁーっと顔が赤くなってしまう。


「ええっと……」


 なぜかパーカーの人は照れたように笑って、それから一枚の紙を差し出す。


「アウトドア部です。チラシだけでももらってくれると嬉しいんだけど……」


 歯切れ悪く言ったのはきっと、私が勧誘をさんざん断ってたのを見てたからだろう。だけど私は、プリントに視線を落としてからパーカーの人を見てにこっと笑顔を浮かべて紙に手を伸ばした。


「もらいますよ」

「ほんと?」


 瞬間、ぱっとパーカーの人が満面の笑みを浮かべる。まるで春のお日様みたいなぽかぽかの笑顔。空色のパーカーといい、なんだか爽やかな雰囲気に私までつられて笑っていて、パーカーの人と二人にこにこと笑ってしまった。その時。

 ブーッ、ブーッ……って鞄の中で携帯が着信を知らせて鳴って、私は鞄に視線を向ける。私の視線に気づいたパーカーの人は。


「あっ、じゃあ」


 そう言って階段を下りていこうとするから、私は慌てて声をかけた。


「あのっ! ほんとにさっきはありがとうございました」


 なぜか胸がドキドキいっている。

 振り返ったパーカーの人はふわっと笑顔を向けて、手を振ってから行ってしまった。

 私は呆然とその場に立ちつくしていて、しばらくしてから鞄から携帯を取り出す。さっきのは夏帆からのメールで応用生物学科もガイダンスが終わったから食堂で一緒にランチしようって内容だった。

 私はパタンっと携帯を閉じてから、体育館の方を見て、はぁーっと小さなため息をつく。

 もう、今日は無理だよね。明日、シャーペンを貸した男子を見つけられるように頑張ろう。




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