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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
この涙は誰のもの? side璃子
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ヒルガオ:友達のよしみ



「やっぱり私には無理だよ、彼女のふりなんて……」


 拓斗から視線をそらして答えた私に、拓斗は瞳を大きく見開いてじっと私を見つめている。


「それは、彼氏に悪いから――?」


 静かな口調で問われて私は首を横に振った。胸がじくじく痛む、なんだか眩暈もしてきて気持ち悪い。


「違う、それとは関係ない……」


 彼氏なんていないって言えたらどんなにいいだろうか。

 でもきっと、拓斗はそれを聞いてもなんとも思わないんだ。きっと、なら尚更適役だとかいいかねない。そんなの我慢できない。

 一日だけの彼女なんてできない……

 黙り込んだ私に、拓斗が机越しに身を乗り出してくる。


「じゃあ、なにがダメなの? 希望があればできる限り沿うようにするし、お礼もちゃんとするから、お願いします!」


 必死な様子から、私しか頼れないという拓斗の真剣な気持ちが伝わってきて、なんとかしてあげたいとか思ってしまう。

 顔の前で手を合わせてお願いする姿が、子犬が耳を垂らして上目使いに見上げてくる姿に重なって、可愛てしかなたい。

 きっと計算なんかしてないんだろうけど。いつも澄ましてて、なんでも涼しい顔で器用にこなしてしまう拓斗にはいっつも私は勝てないんだ。

 はぁーっと大きなため息吐き出して、私は言う。


「分かった、彼女になってあげる。その代り、お礼は高いからね」


 澄ました表情で言ってちらっと拓斗を見下ろすと、嬉しそうな顔がぎこちなく固まったのが見えて、内心、くすりと笑みを漏らす。

 私は勝気な笑みを浮かべて横目に拓斗をみやる。


「都路里の特選パフェ」


 そう言った私に、拓斗はなんだぁ~って安堵のため息を漏らす。どんだけ高いお礼を要求すると思ったのかしら。でも、都路里のパフェだって十分高いと思うけど。


「わかったよ、パーティ―が終わったら都路里つれてくから」


 ふわっとしたいつもの拓斗の笑みを見て、私はつられて笑う。


「友達のよしみなんだから、こんなこと引き受けるのは今回だけなんだからね」


 くぎを刺すように言った私に、拓斗は薄く笑って、アイスコーヒーを飲みほした。

 それから、お披露目パーティーの日時や場所、準備の段取りを話し合い、やるなら徹底的にやろうってことで、二人のなりそめのシナリオを作ることにした。


「出会いは普通に小学校の入学式ってことでいい?」

「うん、真実も織り交ぜた方がお互い自然にできると思うし」


 拓斗の提案に頷き、拓斗が鞄から取り出したルーズリーフに書き込んでいく。


「俺、今でもはっきり覚えてるよ、あの日のこと」


 くすりと懐かしそうな瞳で笑うから、私は首を傾げる。


「なに?」

「小学校の入学式の日、隣に座ってた子がすっごく可愛くて、校長先生の話なんて全然耳に入ってこないくらいその子に見とれてたんだ」

「へぇ~、拓斗にもそんなことあったんだ?」


 拓斗の誰も好きにならない発言を知っているから、衝撃の告白に驚いてしまう。まあ、好きとかじゃなくて可愛いって思ったって話だけど、拓斗から誰かを可愛いと思ったとかそういう話すら聞いたことがなかったから、単純に驚かずにはいられない。


「うん、ピンクのワンピース着てピンクのリボンをした女の子」


 そう言った拓斗が、なんだか艶めかしい視線をよこしてくるからドキッとしてしまう。


「そ、そうなんだぁ……? 一年の時って言うと誰だろう……」


 声が上ずってしまいそうになるのを必死に誤魔化していたのに。


「誰って、俺の隣は一年の時もその後もずっと璃子だったろ」


 なんでもないことのようにさらっと言われてしまい、心臓が飛び出るかと思ってしまった。


「――――っ!?」


 なっ、なんか今、とんでもないこと言われたような気がするけど……

 ドキドキととんでもなく速くなる鼓動を聞きながら、私はぎこちなく笑う。


「やっ、やだなぁ、おだてたってなんにもでないよぉ……」


 乾いた笑いで誤魔化すように視線を窓の外に向けたんだけど、拓斗は何も言わずにじぃーっとこっちを見てるからいたたまれない。


「それで? 出会いは小一で、いつから付き合い出したことにするの?」


 けっこう無理やりだったけどなんとか話題をそらして私は拓斗に話かける。


「んー、小五?」

「なんで疑問形? ってか、その計算だと八年も付き合ってることになるんだけど、普通そんな長続きしないって」


 そう言って、私ははっとして口をつぐむ。

 散々、拓斗に彼氏と長続きしないとか言われて、そんなことないって否定していた私自身が否定するようなことを言ってしまって、背中に冷や汗が浮かんでくる。

 それと同時に、自分自身の片思いの長さにも気づいてしまう。

 もう八年になるんだ――


「いいじゃん、なんだかんだ言って俺と璃子って一緒にいること多いし、璃子となら八年でも十年でも一緒にいて飽きないと思うけどなぁ~」


 窓の外の空を見上げながらさらっと言った拓斗の言葉に、自分でも分かるくらいはかぁーっと頬が赤くなってしまう。

 これ自覚して言ったんのかな!?

 わかって言ってたら、たち悪いなぁ……

 はぁーっと大きなため息をついた私をちらっと見た拓斗は不思議そうに首を傾げている。

 私は赤くなった顔を見られたくなくて、鞄からお財布だけを出して立ち上がる。



「飲み物買ってくる」


 さっき買いそびれちゃったもんね。


「あっ、俺の分もよろしく」

「アイスコーヒー?」

「いや、璃子と同じやつ」

「…………」


 私はじとっと拓斗を睨んで、踵を返してレジに向かった。

 ほんと、たちが悪いんだから!!

 注文したサマーオレンジショコラは、ココアのような液体の上にホイップした生クリームとカットしたオレンジピールがふりかけられていて、横にサマーオレンジとミントの葉が添えられている。

 無言で拓斗の前にサマーオレンジショコラのグラスを置くと、拓斗はふんわりとした笑みで受け取って飲み始める。「これなに?」とか聞かないんだ……

 席に座って私も同じようにグラスを引き寄せてストローで軽くクリームを混ぜてから一口飲む。

 ショコラの甘みの中でもはっきり主張するサマーオレンジの酸味がすぅーっと浸みこんでいく。

 その後も二人のなりそめのシナリオを考えていたらすっかり日が暮れてしまった。

 こんなふうに拓斗と屈託なく会話するのは久しぶりで、でもそのブランクを感じさせないくらい居心地良くて、つい時間が経つのも忘れてしまった。

 小一で出会って、付き合い始めたのは高校入ってからというシナリオに落ち着いた。拓斗は最後まで小五って粘ってて、長く付き合っている方が絆の深さがおじいさんにも分かるだろうって言うんだけど。付き合ってなくたって私と拓斗の絆はそんな簡単に壊れたりしないって私は思ってる。無難なとこで高校生ってことで拓斗も納得してくれた。

 その間、拓斗は一度も蕨先輩の話には触れなくて、それがなんだかほっとしていた。




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