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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
この涙は誰のもの? side璃子
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イバラ:恋の矢



 拓斗への気持ちをもう誤魔化せないって思ったけど、いままでずっとその気持ちから目を背けてきて、嘘をついてきたから、それが癖になってしまったのかもしれない。


「ほんとに拓斗とはそんなんじゃないんだよ」


 言いながら、私はなんとか笑顔を浮かべる。

 琴羽も綾も何か言いたげに顔を見合わせたけど、二人が口を開く前に、突然後ろから抱きつかれて、私は大声を上げた。


「きゃっ!?」


 ぎゅっと腕に巻きついた逞しい腕をばしばし叩いて抵抗する。振り向かなくたって、こんなことするのはあいつしかいない。


「璃子、いつまで喋ってんだ? 早く食堂いかねーと席なくなるぞ?」

「なっ、翔!? 離れてっ!!」


 なんとか振り向いて後ろから抱きついてくる翔に怒鳴るんだけど、翔はそんな私の事なんてお構いなしに、首に回していた腕を解いて片手で私の腰を抱きしめると、空いた反対の手でまだ机の上に置いたままの教科書をささっとまとめて私の鞄に突っ込む。


「ちょっと勝手にやらないでよっ」

「あー? いつまで待っても片付けないから手伝ってやってんだろ?」

「手伝ってほしいなんて言ってないでしょ!?」


 ぎゃあぎゃあ騒いでいる私と翔を少し離れたところから生暖かい目で見つめている綾と琴羽と翔の友達に気づいて、翔の手から鞄をとりあげて、ついでに腰に回されていた腕の手の甲をひねる。


「いってぇ~」


 わずかに顔をしかめて翔が呻き、つねられた手の痛みを紛らわせるように手首を振った。


「馬鹿なことやってるからいけないんでしょ」


 ふんっと素っ気なく言って、綾たちのところに行きながら、私はその場に立ち尽くしている翔に背中越しに言う。


「早く食堂行かないと席なくなるよー」

「おうっ」


 ご機嫌な声で頷いた翔が私を追いかけてきて、すぐに隣に並んで歩く。それが当然とでもいう勝気な表情を横目にちらっと見上げて苦笑がこぼれる。

 さっきの腰に腕を回されて息も触れそうな距離といい、当たり前のように隣を歩く翔との距離感はあまりに近すぎて、でもこの距離感にドキドキしたりしないからなんだか安心してしまって、口で言うほど翔を拒絶できないでいる。

 なんだかんだいって翔っていいやつだし。

 最近は翔の友達と綾と琴羽と私と翔で一緒にいることが多くなっていた。

 男女の友情ってやつ?

 まあ、これはこれでいいのかな。

 高校生までの私と拓斗も、こんなふうになんのわだかまりもなくはしゃいだりしていたんだって思うとちょっと切なくなるけど。



  ※



 四限が終わると、拓斗が講義室の後ろの扉の近くで待っていた。

 綾と琴羽とは席で別れて、拓斗の元に早足で向かった。

 同じ講義を受けていたんだけど近くに座ってないから、なんだかそんな感覚がない。


「お待たせ」


 駆けよって声をかけると拓斗は一つ頷く。


「駅前のカフェに行こうか」

「うん」


 すっと踵を返して歩き出した拓斗の数歩後ろをついて歩く。

 校舎の中、校門を出てから駅に向かうまでの間、ずっと拓斗は黙っていて、その背中を私はただ見つめることしかできない。

 こんなふうに改まってする話ってなんだろうって思うけど、自分からそれを切り出すことは出来なかった。

 だって、普段通りなんだけど、なんだかいつもと違って緊張しているような拓斗の雰囲気にのまれて、こっちまで緊張してくる。

 ほんとに、話ってなんなんだろう……

 胸の奥がきゅっと苦しくなって、胸元をそっと抑えた。

 カフェに着いて、レジでそれぞれ注文して飲み物を受け取ってから席に着く。

 店内はこじんまりとしていて、席数はあまりないけどそのほとんどが埋まっていた。

 丸テーブルの二人掛けの席に向かい合って座ると、拓斗は視線をアイスコーヒーの入ったグラスを掴む手元に落とした。

 私はそんな拓斗を伺いながら、アイスコーヒーを飲んだり、窓の外に視線を向けたりしていた。

 普通にしてたつもりだけど、数ヵ月も話していなかったからどうしたら普通なのかもわからなくなってくる。


「いい天気だね、半袖でも暑いね」

「うん……」

「二限の先生っていつも休み時間まで講義長引いて嫌だよね」

「うん……」


 他愛無い話を振っても上の空で返事をされて、私は話しかけるのをやめてそっと吐息をもらす。

 拓斗が何かを話そうとしているのは分かる。どうやって言ったらいいのか迷っているように見えるから、私から話しかけてみたけど、拓斗が話を切り出すまで待ったほうがいいのかもしれない。

 私はアイスコーヒーのグラスを持ち上げてストローに口をつけて、視線を窓の外に向けた。

 窓の外はちょうど駅前の中央広場になっていて、駅前のショッピングモールから駅に向かう人と駅から出てくる人が中央広場を横切っていく。その光景をぼぅーっと眺める。

 ズズッとストローが空気を吸う音が聞こえて、アイスコーヒーを飲みほしてしまったことに気づく。

 もう梅雨も明けて一気に夏がやってくる。暑くて喉がカラカラだ。たぶん、緊張のせいもあるけど。

 私は視線をレジの方へと向ける。レジの前には赤いイーゼルに載せられた黒板に新商品が書かれている。

 サマーオレンジショコラ。

 期間限定って言葉に惹かれる。

 冒険して注文してみようかな。そう思って立ち上がろうとした時。

 テーブルに置いていた手にふいに拓斗の手が重なって、振り仰げば拓斗が真剣な眼差しで私を見つめていた。


「璃子、俺の彼女になって――」




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