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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
かけがえのない存在 side拓斗
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キルタンサス:屈折した想い

※ 本当の花言葉は「屈折した魅力」



 俺と母さんはずっと二人で暮らしてきた。

 生まれた時から、父親という存在はいない。

 父親がどんな名前で、どんな人で、どこで何をしているのか。俺は何一つ知らない。

 俺が知っているのは、母さんが学生時代に付き合っていた人の子をお腹に宿して、でも相手の両親に結婚することを反対されて、結局、その男にも捨てられて、一人で俺を生んだこと。

 母さんを捨てるような薄情な男、父親だと思わないし、写真ですら顔を見たことのない男を父親だとも思えなくて、別に父親なんて必要ないと思った。

 小さい頃、周りに父親のことを聞かれて一度だけ母さんに聞いてみたことはあったけど、母さんは悲しげな表情で何も答えてくれなかった。俺も、母さんにそんな顔をしてほしくなくて、それ以来、父親のことは話題にしないし、そんなものいなくても俺が母さんを守っていこうと決めた。

 ずっと、気にしないようにしてて、でもどこかでその存在を気にしていたのかもしれない――

 自分の思考に囚われていた俺の耳に、どこか遠くの出来事のように柏原の声が響く。


「慎太郎様は現在社長職を続けておられますが、持病が悪化し、昨年末と、今年に入ってからも倒れられました。医師からももうあまり長くないだろうと言われています。あの日から、口には出さないものの、ずっと穂様と拓斗様のことを気にかけています。どうか、一度だけでも慎太郎様にお会いしてはいただけないでしょうか?」


 柏原の言葉に何度も出てくる慎太郎というのが、俺の父親だとすれば――?

 後継者とか、認知とか、気にかけているとか。その単語が一つに繋がっていく。

 母さんと俺を捨て、受け入れなかった男が、病に倒れて、今更血の繋がりだけを求めて俺達の前に現れたというのか……?

 今更、会いたいだなんて、どうしてそんなことが言えるんだ――!?

 俺は胸の奥からふつふつと怒りが込み上げてきて、ばんっと力任せに座卓を叩くとともに腰を浮かせる。


「母さんを捨てて十八年間も顔を見せなかったくせに、今更どの面下げて会いたいなんて言えるんだ!? そんなやつを父親だなんて思えるわけないだろっ!?」


 怒りのまま叫んだ俺は、隣に座る母さんが驚いたように身じろいだのが分かる。だけど、湧き上がる怒りが収まらなくて、再び言葉を続けようとしたら。


「拓斗、待って。あなた、勘違いしてる……」


 口元に手を当てながら、狼狽えたように視線を泳がせる母さんを振り仰いで、俺は「何が勘違いなんだよ」って叫びたい気持ちをぐっと抑える。


「あなたの父親は亡くなっているのよ……」

「…………っ!?」

「あなたの父親の名前は橘 拓也、橘食品現社長の橘 慎太郎様の一人息子よ」


 ってことは、慎太郎って人は俺の祖父にあたるってことなのか……?

 俺は自分のとんでもない勘違いに、いままでの勢いがふっと消えて、力なくその場に座りなおす。


「慎太郎様の一人息子であられる拓也様は亡くなられ、橘家の跡取りとなられる男児はいらっしゃいません。実質上、経営の方は息女の美奈子様の婿養子となられた信彦様が行っていますが、美奈子様のお子様もお嬢様ばかりで後継者となる男児はおられないのですよ。このたび、病に伏せられた慎太郎様は直系の拓斗様を跡取りにと指名いたしました。今すぐご決断くださいと申し上げたいところですが、急なお話です、一週間後また参りますのでそれまでによくお考えになってください。良いお返事が聞けることを願っています」


 そう言って、言うことだけ言って用件は済んだというように柏原は深々と一礼すると、去っていった。

 いまだに座卓の前に座ったままの母さんに、柏原を玄関まで見送った俺は振り返り、そっと声をかける。


「母さん?」


 母さんは呼びかけが聞こえなかったかのように動かず、しばらくしてからゆっくりと振り返る。その表情はどこか悲しそうで、でも凛とした瞳が俺をとらえ微笑んだ。


「突然のことでびっくりしたでしょ? 拓斗には、お父さんのこと、なにも言っていなかったから」

「ああ……、俺はずっと、父親は母さんと俺を捨てたんだと……」


 歯切れ悪く言った俺に、母さんはばっと顔を振り仰いで、悲しげな顔を首を横に振る。


「違うわ、どうしてそんなふうに……」


 そう言った母さんは、口元を手で触れながら、はっとした表情をする。

 きっと、父親の存在についてずっと黙っていたことが、俺に変な誤解を与えたと気づいたのだろう。


「拓斗、お願いだから、そんな悲しい勘違いはやめて。あなたのお父さんについてなにも話さなかった母さんがいけなかったのね、お父さんのこと話すのは辛くて……」


 ぎゅっと口元で拳を握る母さんは、いまにも泣き崩れそうで、俺は慌てて母さんの前までいき、肩を抱き寄せる。


「泣かないでよ、母さん。母さんが辛いなら、無理して聞きたいとは思わないんだ、だからいいよ」

「いいえ、ちゃんと話す、あなたのお父さんのこと」




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