ミツバ:意地っ張り
静寂の中に水の流れる音だけがやけに大きく響いた。
「もっ……もう、いいよ……」
ぱっと手を引いた璃子は俺に背を向ける。
俺のためにエビの殻をむいたせいで璃子の手がかゆみを持って赤くなってしまい、バーベキュー場の洗い場で璃子の手を洗っていた。
まだ水の出続けていた蛇口をひねって締め、濡れた手を振って水を飛ばす。
「璃子?」
背を向けているから璃子の表情が分からなくて、俺は様子をうかがうように名を呼んだ。
「手は大丈夫?」
俺のせいで――
その気持ちが強くて、申し訳なくて、問いかけた声が情けなく掠れてしまったんだけど、振り返った璃子が仮面のような完璧な笑顔を浮かべていて、心に刺さって抜けない棘がうずく。
「もう大丈夫だから、ありがと」
笑顔も優しい声もいつも通りの璃子のはずなのに、俺と璃子の間にラインを引かれて拒絶されたような気持ちになる。
「そう、か……」
笑顔で俺に手を振って歩いていく璃子に、俺はそう言うしかなかった。
昨日のことといい、璃子はまだ俺のことを怒っているのだろうか?
ぽっかりと心に穴が開いたような虚無感に襲われて俺は不安になる。
近すぎず遠すぎず、そんな距離を保っていた璃子の存在が急に遠くなりそうで、どうしようもなく胸がかき乱される。
深く関わらない――
それが俺の譲れない一線なのに、歩いていく璃子の後ろ姿から目がそらせない。
だから昼食後、ソフトクリームを食べに行こうという話になって俺は璃子を誘っていた――
「みんなでソフトクリーム食べに行こうって話してるんだ。一緒に行こうよ」
普通に声を掛けただけなのに、璃子はふぅーっと長いため息をついて俺から視線をそらす。
「私は遠慮しておく。一緒に食べてくれる子はいるでしょ」
「そうだけど、璃子も一緒に行こうよ?」
俺は璃子と行きたいんだけどな……
言葉にできない想いを胸の内に秘めて璃子を見つめる。そんなんじゃ伝わらないって、分かっていながら。
「行かない。班の人達がまってるから」
冷たい口調で言った璃子は歩き出す。俺は視線をその先へと向けて、そこに東海林がいるのを見て、どうしようもない焦燥感に襲われる。
「東海林と一緒にいたいから――?」
自分で自分の口から出た言葉に驚きで胸が跳ねる。
怒りをはらんだ低く掠れた声に勢いよく振り返った璃子は、揺れる瞳で俺を見上げて睨んでくる。
「そんなの……拓斗には関係ないでしょ。もう子供じゃないんだし、いつまでもベタベタ一緒にいたくないの。だからこれからは、同じ学科だからってあまり話しかけてこないで」
拒絶するように言い、歩いて行ってしまう璃子を切なげに見つめる。
だけど俺には、璃子を引きとめる言葉も思いつかないし、これでいいのかもしれないと心のどこかで思っている自分もいて、俺から離れていこうとする璃子を引きとめることもできない。
璃子が“俺には関係ない”というのなら、きっと引きとめないが正解なのだろう。
璃子が東海林と一緒にいようと、誰と付き合おうと――俺には関係ないんだ。いままでだってそうだったじゃないか。
俺は拳をぎゅっと握りしめて、俺と璃子の会話を見守っていた女の子達を振り返る。普段通りの笑顔を浮かべて。
「行こうか、ソフトクリーム食べに」




