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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
八年間の片思い side璃子
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ヒマワリ:あなただけを見つめる



 とんとんっと肩をたたかれて、我に返る。

 見上げれば、電話中の蕨先輩が優しい笑顔を向けている。


「夏川が六日がいいって言ってるけど、どう?」

「大丈夫ですよ」

「了解。うん、そう、六日大丈夫だって、ああ」


 私に頷いてから、電話の向こうに話しかける蕨先輩の姿を見て、内心ため息をつく。

 蕨先輩と一緒にいるのに、すっかり自分の世界に入って考え込むなんて、とても失礼なことしちゃった。

 項垂れていたんだけど、少し上げた視線の先、会話を終えて携帯をしまった蕨先輩の姿に気づいて私は顔を上げる。


「夏川に電話したら、なんか今、乾と一緒にいるみたいでさ」


 言いながら、くしゃっと前髪をかきあげる蕨先輩はちょっと呆れてるような困ったような表情で。


「乾も六日大丈夫だって、あと、姫路も誘うって言ってたよ」

「姫路先輩も来るなら、夏帆も誘おうかな」


 ひとり言のようにつぶやいたら。


「たぶん、松本さんにも夏川からメールしそうな勢いだったよ」

「あはは、そうなんですね。じゃあ、私からも一応メールしますけど、蕨先輩と啓子ちゃん先輩と乾先輩と姫路先輩と夏帆の五人が来るの楽しみにしてます」


 それから、六日は何時頃に来るのか、私の家の場所がどこかを話したら、蕨先輩の住んでるアパートと意外と近いことが分かって、近くの安いスーパーの場所やよく行くレンタルショップの場所を教えてもらった。

 ランチも食べ終えて、ショッピングモールから駅までの道を歩いていたら、途中に公園を見つけて寄ってみることにした。


「このあたりって公園とか自然が多いですね」

「そうだね」


 今日行った映画館は大学から数駅離れたところにあるショッピングモールの中の映画館で、ショッピングモールに直結して駅があるんだけど、少し歩いたところにも違う路線の電車が通っていて、そこの方が帰る時乗り換えが便利だと言ったら、蕨先輩が歩けるから歩いてみるって聞かれて、散歩気分で駅まで歩くことになった。

 大学に通う時、いつも電車の中からみてた景色なんだろうけど、実際歩いてみると違うっていうか。

 こっちに引っ越して来たら、この辺に散歩にくるのもいいかなぁ、なんて思った。

 公園を一周するように遊歩道があり、中央には青々とした芝生が広がった場所とその横に遊具や噴水なんかもあって、かなり広い公園だった。駅方面に遊歩道を歩いていたら、芝生の側に移動販売の車が止まっていいるのに気づく。


「あっ、アイスクリームだ!」

「好きなの? アイスクリーム」


 つい、声が弾んでしまって、蕨先輩にくすっと笑われてしまった。


「はい……」


 恥ずかしくって俯きがちに答えると、蕨先輩がお日様みたいなキラキラの笑顔を浮かべる。


「俺も好きだよ」


 その言葉に、胸の奥がきゅっと震える。

 アイスクリームのことを言ってるって分かってるのに、なんだか照れてしまう。

 あんな笑顔で好きなんて言われたら、ドキドキしない女の子はいないと思うんだ……

 そんなことを思って、胸に切ない痛みが生まれる。

 おんなじことを拓斗にも思ったよなぁ――とか、思ってしまって、拓斗が恋しくなってしまう。

 全然会わないんだけど、でも時々、校内で見かけたり、同じ電車に乗ってたりするから、全く会ってないわけじゃないのに。

 心がカラカラに枯れたように、ぽっかり穴が開いたように、寂しくて仕方がない。


「なににするかまだ悩んでるの?」


 首を傾げて顔を覗き込まれて、はっとする。

 そうだ、今はアイスなにしようか考えてるんだった。

 移動販売車の前には大きなボードが立てかけてあって、メニューがたくさん書いてある。

 うーん、迷うなぁ、どれにしよう。定番のバニラ。フルーツ系もいちご、バナナ、メロン、オレンジ、エトセトラ。抹茶とかあずききな粉なんてのもあって、ちょっと気になるかも。


「蕨先輩はなににするんですか?」

「俺? 俺は抹茶かな」

「じゃあ、私はいちごで」


 渡されたアイスを受け取り、近くのベンチに並んで座って食べる。

 ワッフルコーンにピンクのアイスがのっていて美味しそう。

 スプーンでいちごアイスを一口すくって食べて、ふるっと体を震わせる。


「おいしぃ~」


 口の中でふわっと広がる甘みと酸味に舌鼓をうつ。

 甘くて、でも酸っぱい。その味がなんだか心にしみてくる。

 一口目以降、ずっと黙り込んで食べていた私に、蕨先輩がぽつっと言う。


「おいしいね」

「はい……」


 私はまた一口アイスを頬張って、その酸っぱさに心の奥底に隠していた気持ちがわずかに動いたような気がした。


「抹茶はどうですか? 抹茶もいいなぁって迷ってたんです」


 重い気持ちに囚われそうになった自分を誤魔化すように、明るい口調で尋ねたら。


「ちょっと甘めだけどおいしいよ、食べてみる?」

「えっ……」


 蕨先輩の食べかけの抹茶アイスを目の前に差し出されて、固まる。


「……と、大丈夫です。今度、来た時に抹茶に挑戦してみます」


 なんとか、しどろもどろになりながら答えたんだけど。


「また一緒にこよう」


 当り前のようにさらっと言われて、戸惑う。

 蕨先輩とメールしたり、二人っきりじゃないけどみんなで遊びにいったりした時に、時々感じていた。蕨先輩がじっと私を見ている時がある。その瞳が、言い知れぬ熱を宿していて。

 きっと、気のせいじゃないよね。自意識過剰とかじゃなくて、たぶん、蕨先輩は私のこと……

 その考えがたどり着く先を、私はぐちゃぐちゃにかき消す。うん、気づかなかったことにしよう。

 焦がれるような熱を宿した蕨先輩の瞳から視線をぎこちなくそらす。

 そうですね、また一緒にアイスたべましょうって言えばいいのに、その言葉が言えなくて。

 今までの私ならこんなのさらっと流せてたのに、それができないのはどうしてなんだろう。

 気まずい沈黙に、私の気持ちを察したように蕨先輩が苦笑する。


「ごめん、困らせるつもりじゃなかったんだ。いや、こんな言い方は卑怯だよな。本当は困らせたかったのかも」


 穏やかな蕨先輩には似合わない自嘲気味な笑みに、私は思わず隣を仰ぎ見る。

 視線が合うと、蕨先輩は困ったような照れたような笑いを浮かべて、ぐしゃっと前髪をかきあげた。それから体ごと私の方を向き、まっすぐな真剣な眼差しで私をみすえた。


「メールしたりこうやって一緒に出かけたりしてるけど、璃子ちゃんが俺のこと先輩としてしか見てないって分かってたから、ちょっと意識してほしかったんだ。たぶん、あの日、一号館の前で会った時から好きになってた。俺と付き合ってほしい」


 ドキンっと胸が跳ねる。

 真剣な蕨先輩の想いがまっすぐ伝わってくるから、心が揺さぶられる。

 きっと、今までの私なら頷いてた。告白されれば、相当嫌な相手じゃなければ付き合ってきた。付き合ってから好きになる、そんな恋のカタチもあるんだと思って。でも。

 私の口から出ていたのは断りの言葉だった。


「ごめんなさい……」


 私は深く頭を下げる。

 先輩の気持ちに気づきながら、気づかないふりをして、期待を持たせるようなことをしてきたのが申し訳なくて。

 先輩のことは嫌いじゃないし、断る理由なんてないのに。今までなら、なんの迷いもなく頷けたのに。それができないのは、心の奥底にしまった気持ちが溢れそうになるから。もう自分の気持ちを偽りたくないから……

 脳裏によぎるのは、見たこともないほど怖い表情の拓斗。「また、新しい彼氏ができたの?」冷ややかな口調でそう言った時の拓斗の苛立たしげな眼差しが胸に突き刺さって疼く。


「蕨先輩のことは……頼りになる先輩だと思ってます。それじゃ、ダメですか……?」


 私は顔を上げて、蕨先輩をまっすぐに見つめる。

 声が震えてしまうのは、告白されて断るのが初めてだからじゃないと思う。それだけじゃない。

 告白するのもとても勇気がいることだと思うけど、断るのもとても勇気が必要で。

 たぶんそれは、いままでの自分への決別の勇気。ずっと隠してきた気持ちを認める勇気。

 私の初恋は実らないから諦めようと決めていろんな人と付き合ってきたけど、結局、私の気持ちは変わらなかった。

 私から拓斗を突き放したのに、いざ拓斗が自分から離れてしまって気づいた。

 数日会えないだけど寂しくて。

 顔を見られないだけで恋しくて。

 声を聞けないだけで切なくて。

 拓斗じゃなきゃダメなんだって気づいてしまった。

 隣にいてほしいのは拓斗なの。

 私が好きなのはいまも昔も――……




この回で第1章完結です。

次話から拓斗視点になります。

とりあえず、璃子の8年間の片思いはここからって感じですね。

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