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リナリア*セレネイド ―この恋に気づいて―  作者: 滝沢美月
八年間の片思い side璃子
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ヒヨドリジョウゴ:すれ違い



「遅くなって、すみません……」


 私は全速力で走ってきて、肩で荒い呼吸をしながら言った。

 駅前の噴水の縁に座っていた蕨先輩は、春の日差しのようなふわりとした笑顔を向けて、目元を和ませる。


「大丈夫だよ、そんなに急がなくても」


 くすっと笑って立ち上がった蕨先輩を見上げた私は、ばちんっと視線があってしまって、なんだか恥ずかしくて顔をそらしてしまう。

 季節はゴールデンウィーク。

 夏帆と一緒に入ったアウトドア部の最初の部会では、新入生の顔合わせと一回目の活動内容の決定。っといっても、これは毎年決まってゴールデンウィークに新入生歓迎会を兼ねてバーベキューって決まっているらしい。

 またバーベキューか……と苦笑をもらす。

 うん、まあ、楽しいからいいけど。

 そんなこんなで三日前の昭和の日、最初のアウトドア部の活動が行われた。

 場所は海浜公園。バーベキューして、広場でバトミントンやフリスビー、キャッチボールとか各自好きなことをした。

 まだ四月末なのに天気がすごく良くて、半袖で来なかったことを後悔するくらい暑かった。

 で、今日は蕨先輩と約束してお出かけ。

 健康診断の日に一緒に夕飯を食べた時に蕨先輩と話していたら歌手や本なんかの好みが似ていることが分かってすっかり盛り上がっちゃって、その日、家に帰ってからも長電話しちゃって、頻繁にメールのやりとりしたり、講義の空き時間に部室でお喋りしたり。

 部室にいると姫路先輩や啓子ちゃん先輩など他の先輩方とも結構顔を合わせる機会が増えて、会うとお菓子もらったり、ごはんに誘われたり可愛がってもらってるっていうのが分かる。

特に啓子ちゃん先輩は、女子部員が少ないからって、特に私と夏帆には甘くて、休みの日も遊びに誘ってくれたりする。

 とにかく先輩方がすごく仲良しなんだよね。サークルの活動は月に一、二回なのに、部室には毎日のように顔を出す先輩ばかりで、休みの日もだいたいがサークルのメンバーで遊ぶことが多いらしい。

 今年のゴールデンウィークは間に平日を三日挟むんだけど、大学は創立記念日振替とかなんだかんだと休みの理由をつけて休校で、二十七日の土曜日から数えたら十連休なんだよね。ちょっと休み多すぎとか思ったけど、アウトドア部の最初の活動もあったし、久しぶりに高校の友達に会ったり休みを満喫してる。

 それで今日も啓子ちゃん先輩の提案でサークルのメンバー数人で出かける予定だったんだけど、発案者の啓子ちゃん先輩だけでなく姫路先輩も乾先輩も夏帆まで都合が悪くなっちゃったらしい。で、残ったのが私と蕨先輩の二人だけ。

 映画に行こうって約束だったし、二人だけで出かけるのもなんだから、他の日にずらしましょうかって、昨日藁先輩にメールしたんだけど、都合が悪くなければ折角予定立ててたんだし行こうって言われて今に至るんだけど。

 昨日はそんなメールのやりとりをしながら、夜遅くまで荷造りをしていたからちょっと寝坊してしまった。

 蕨先輩の前で立ち止まってあわてて乱れた髪を整えた私に、蕨先輩は柔らかい笑みを浮かべて言う。


「じゃ、いこうか?」


 そう言って蕨先輩はさりげなく私の方へ手を差し出すからドギマギしてしまう。

 この手は掴むべき……? 掴まないが正解……?

 戸惑っていたら、蕨先輩がくすっと無邪気な笑みを浮かべて戸惑って宙ぶらりんになっていた私の手をなんのためらいもなく掴んで歩き出すから、不意打ちにドキンっと心臓が跳ねる。


「今日、人多いからね。迷子にならないように」

「……っ、はい……」


 私は雑踏に掻き消えそうな小さな声で頷いた。



  ※



「ラストっていうだけあって、さすがの迫力だったね」

「はいっ、もうドキドキしっぱなしでした字幕で見ると、時々、喋ってる英語と違うところがあって、あれ? って思っちゃいました」

「もしかして、5秒でぱあってやつ?」

「蕨先輩も気づきました? 字幕では二年の計画って書いてあったのに」


 映画を観おわって、近くのカフェに入って二人掛け席に向かい合って座った私と蕨先輩は、いま観てきた映画の話題でひとしきり盛りあがって、運ばれてきたランチプレートを食べ始めた。


「引っ越しの準備は大丈夫そう?」

「はい、昨日の夜にほとんど終わりました」

「ごめん、メールとかして邪魔してたかな?」

「そんなことありませんよ、荷物っていっても必要最低限しか持っていきませんし、せいぜい段ボール数箱と衣装ケース運ぶだけなので」

「それならよかった、今日も引っ越しの前日だから、本当は映画も延期した方がいいかなって思ってたんだ」


 心底ほっとしたように笑った蕨先輩につられて、私も笑う。


「引っ越し、何時頃するの?」

「朝からですかね。父の車で運んでもらって、あとは引っ越し先でカラーボックスとか少し家具を買う予定なので」

「そっか、業者に頼まないんだったね」

「はい。冬ものとかはまた後から届けてもらう予定なので」

「落ち着いたら、引っ越し祝いするね」

「ありがとうございます。じゃあ、お返しにご飯作りますから、遊びに来てくださいね」


 そう言ったら、蕨先輩は一瞬、目を見張ってからなんともいえない笑みを浮かべる。


「そんなこと言うと、夏川が大喜びしそうだな」

「ぜひ、啓子ちゃん先輩や乾先輩も誘ってください」

「ん、じゃあ、いま電話して都合聞いてみようか?」

「はい、ゴールデンウィークの後半は片づけするつもりで予定開けてあるのでいつでも大丈夫ですよ」

「さすがに、引っ越してすぐってわけにはいかないでしょ?」

「荷物そんなにないので大丈夫だと思いますよ」


 携帯を操作しながら言う蕨先輩に大丈夫だというと、携帯を耳にあてて蕨先輩がふっと微笑む。

 そうなんだ。

 実はこのゴールデンウィーク中に――というか明日――実家を出て大学の近くに一人暮らしすることが決まってる。大学は家から通えない距離じゃないけど一時間半くらいかかるし、これからだんだん課題やなんだで忙しくなるし、もともと一人暮らしはしてみたくて、高校の時、バイトして少しは資金を貯めていた。まあ、そんなんじゃ全部は賄えないんだけど。渋っていた父も、長期休みの時は帰ってくるっていう約束でなんとか説得することができた。バイトもこれから探す予定。

 大学生になって最初の一ヵ月は、大学生活に慣れるだけで精一杯だった。高校とは違って講義の時間が九十分って長いし、毎日何着ていくか考えるのも一苦労で、ほんとあっという間に一ヵ月が経ってしまった。

 拓斗とは……

 オリエンテーション以来、ほとんど顔を合わせていない。

 同じ講義もあるんだろうけど、高校みたいに席は決まってないし、教室も広くて学生の人数も多いから、会わないことのほうが多い。

 時々、電車の中で見かけることはあるけど、なんとなく、あれ以来気まずくて、私からも拓斗からも話しかけようとはしなくて。

 実家を出て引っ越して一人暮らしを始めたら、地元で会うことも電車で会うことすらなくなるだろう。

 高校までは一緒にいる時間は短くてもほぼ毎日会ってたから、こんなに会わない日が続くと調子が狂うっていうか、なんだか胸が切なくなった。




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