エバービッグブルー:小さな強さ
「璃子、じゃあね――」
ぎこちない沈黙の後、少し寂しげに言った拓斗の言葉が胸にじくじくと広がり、鉛のようなにととどまっている。
オリエンテーションの帰り、偶然駅で拓斗に会って一緒に家の前まで帰ってきて、その別れ際の言葉だった。
私の家の前で拓斗は自転車を止め、振り返るのではなく空を仰いでぽつっと呟いて、こっちを見ずに自転車を漕いでいってしまった。
ただの挨拶だって分かっているのに、それ以上の意味があるような言葉にドキッとした。
永遠の別れを言い渡されたような気がして……
山の売店で翔に無理やり連れていかれそうになった時、私はとっさに拓斗に助けを求めていた。
あの時、確かに拓斗と視線があって、そらされたことがすごくショックだった。私のことなんて知らないっていうように、無視されたことが悲しかった。
自分で拓斗には関係ないって突き放すようなこと言ったのに、そんなふうに傷ついて拓斗を責める自分がやりきれない。
翔は――
見た目がチャラチャラしてるから敬遠していたけど、ちゃんと話したらそんなに軽いやつじゃないんだって分かった。自分の感情に正直で言い方がストレートすぎるだけ。
好きだって言われて嬉しかったし、嫌な気分ではない。ただ、翔の気持ちを受け入れることはできないから――関わり合いにならないように無意識に避けていた。
でもこれからは、翔とはいい友人になれそうで、今回のオリエンテーションも悪くなかったな――なんて考えていたら、最後の最後で地雷を踏んでしまったカンジ……
私は自分の部屋のベッドに腰掛けて、クッションを膝の上に乗せてそこにむぎゅっと顔を埋め込んだ。
なにやってんだろ、私……
自分から拓斗を突き放したのに、いざ拓斗に素っ気なくされたら、こんなにへこむなんて。
こんなんじゃダメだ……
こんな気持ちのままじゃ、いつもみたいに笑顔で拓斗に会えない。
私はクッションを抱えたまま背中からベッドに倒れ込み、そのまま眠りに落ちていった。
※
次の週から大学の講義が始まった。
二限から四限まで講義を受けて、帰るという綾と琴羽と講義室の前で別れて、私はふぅーと息を吐き出して腕時計で時間を確認する。
十六時を過ぎたとこで、今日はもうこの後講義はないんだけど、十八時から部会があるから帰るわけにはいかない。
夏帆は五限まで講義があるから部室で会う約束になっていて、私は部会まで一人で時間を潰さなければならない。
とりあえず……図書館でも行ってみるかな。
図書館にはまだ行ったことがなかったのを思い出して、足を図書館に向ける。
校舎を抜けて、食堂の前の広場を通って図書館に行き、入り口で学生カードをかざして中に入る。
喧嘩ってわけじゃないけど、昨日拓斗と微妙な別れ方をしていたから、拓斗に会うのに少し緊張していた。
だけど、会えば拓斗は何事もなかったような涼しげな笑顔を浮かべて私の名前を呼んでくれるってどこかで思っていて、学校に行きたくないとかそこまで気分が浮上しきれていないわけでもなかった。だけど――
結局、今日は拓斗には会わなかった。
もしかしたら同じ講義を受けてたのかもしれないけど、今日は広い講義室での講義ばかりだったから、いても分からなかったんだと思う。
たった一日会わなかっただけなのに、心にぽっかりと穴が開いたような気がして、切なくなる。
あーあ、なんだろ……
もともと、拓斗は大学に進学する予定じゃなかったんだよ? だから、四月からは拓斗とはぜんぜん会わない日々が始まる予定だった。そのことにほっとしていた自分がいて、入学式に拓斗がいることに驚きを通り越して、これからも一緒の学校なんて耐えられない――とか思ってたのに。
側にいられるって分かったら、少しでも顔を見たいとか欲張りになってしまう自分に苦笑いがこぼれる。
こんなんで、拓斗から卒業できるのかな。
ってか、よく今まで気持ちを隠してこれたな、自分。
もっと前に、ぼろが出てそうなのに……
ってか、今だから――かも。
拓斗に対しての気持ちを隠すのに、限界だったのかも。
だから、慌ててた――
そこまで考えて、私は左右に勢いよく頭を振る。
ダメだ、こんなマイナス思考はやめよう。悪い方に考え出したら、どんどん現実も悪くなっちゃう。いい方に考えないと。
そう、これはチャンスなのよっ!
大学というたくさんの人がいる環境でお互いに新しい友人ができて、拓斗と距離を置くいい機会なの。
きっとそれが私にとっても、拓斗にとってもいいことなんだ――




