バビーナムティナス:私を見て
拓斗に素っ気ない態度をとって歩き出した私は、息苦しくなってふっと息を吐き出す。無意識に強く唇をかみしめていたみたいで唇がじんじんと痺れる。
ははっ……
乾いた笑いを浮かべて、綾と琴羽に駆け寄る。
「お待たせ」
「あっ、帰ってきた」
「璃子ちゃんお疲れ様」
「ゴミ捨てのわりに時間かかったね。やっぱり一緒に行けばよかった?」
笑顔で出迎えてくれた琴羽と申し訳なさそうに片眉を上げる綾に首を横にふる。
「ううん、大丈夫だったよ。ちょっとお手洗いに寄ってて」
っていうのは嘘だけど、二人を心配させたくないから。
「そうなんだ」
琴羽はほっとしたように笑い、綾はじぃーっと私を見つめてくる。その視線に気づいて顔を上げると、にやっと綾が意味深な笑みを浮かべるから、私は首を傾げる。
「ねっ、私達もソフトクリーム食べに行こうよ」
「そうだよ、ここに来たらやっぱりソフトクリームでしょ~」
一瞬前の意味深な笑みからいつも通りの笑みを浮かべた綾が言い、琴羽もうきうきとした口調で言う。
そうなんだ、ここにきたらソフトクリームなんだ。有名なのかな? まあ、甘いものは好きだから私も食べたいけど、でも、今行くと拓斗達もいるからなぁ……
心の中で葛藤してる私を無視して、綾と琴羽が歩き出そうとしたんだけど。
「あっ……先にお手洗い行ってきてもいいかな」
琴羽が振り返って言うから、私は頷く。
「いいよ~、じゃ、このへんで待ってるね」
「璃子、私も行ってくる」
トイレに向かって歩き出した琴羽を綾が追いかけていく。二人の姿が見えなくなってから、私は少し歩いたとこにあるベンチに腰掛ける。
今いるバーベキュー場からトイレまでってちょっと離れているのよね。設計ミスじゃない。でもこれで少しは時間差ができるかな……
そんなことを考えていたらぽんっと肩を叩かれて仰向くと、そこには翔がいて、私は反射的にがばっと身を起して翔との間に距離をとる。
私の様子を見て、翔は一瞬目を見張ってからその表情に意地悪な笑みを浮かべる。
「そんな警戒すんなって。まだ、とって食ったりしないから」
妖艶に微笑みを浮かべて言う翔の言葉に、私は顔をひきつらせる。
まだって何よ、まだって。なにするつもりなのよ……?
ほとんどの女子がハーメルンの笛吹きのように拓斗について行き、この場に女子はいないけど、翔と話しているとこを見られたらまた鋭い視線を向けられそうで嫌なのよね。
それに、私自身、翔とはあまりお近づきになりたくない……
私は翔から視線をそらして、会話をする気がない事をそれとなく伝えて見たけど、翔は気づいてないのかわざとなのか、腰を折って私の顔を覗き込むように顔を近づけてくる。
「なあ」
「ちょっと、近い……っ」
「いま立岡らに会ったんだけど、バスに荷物とりに行くから先に言っててくれって伝言頼まれた」
「えっ……?」
立岡っていうのは綾の名字で、バスに荷物とりに行くって……、さっきはそんなこと言ってなかったよね??
私が妖しげに翔を見上げると、翔はわずかに眉根を寄せて肩を落とす。
「そんな顔するなって。俺もちょっとバスに荷物とりに行って戻ってきた時、トイレの前で会ったんだよ。忘れ物とりに行くって」
そういえば、綾がカメラをバスの中に忘れたって言ってたな。
でも、なんでよりによって翔に伝言するかな……遅くても待ってるのに。
「行こうぜ」
「きゃっ……」
自分の思考に入りこんでいた私は、翔に強引に腕を引っ張られてベンチから立ち上がらされて、驚きの声を上げる。
「なにするのよっ」
つい声を荒げてしまったが、翔は気にした様子もなく、にやりと不敵な笑みを深くして私を見る。
「ソフトクリーム、食いにいくんだろ? 行こうぜ」
「なんで、あんたと一緒に……」
「立岡に先に行ってろって言われてるだろ。他のメンバーも先に行ってるから行こうぜ」
他のメンバーってのはきっと、一緒のグループになった翔の友達のことだろう。彼らもいるなら大丈夫かな。翔と二人っきりじゃないんなら……
「ほら、置いて行くぞ」
「ちょっと、待ってよ」
「ちゃんとついてこないと迷うぞ」
「な……っ」
一緒に行こうといいながら、もたもたしてる私を置いて歩き出した翔につられてつい追いかけてしまう。
それに昼食は拓斗の行動に振りまわされてあまり食べられなかったからお腹すいてるのよね。先に食べててもいいかな……
そんなふうに考えた私は、すぐ後に後悔することになる。
※
「なっ……!?」
私は怒りに言葉の続きが出てこない。
バーベキュー場から山道を登り、ソフトクリームを売っている山の売店に着いたんだけど、そこにグループの男子達はいなくて私は絶句した。
話が違うじゃない!
他の男子はどこ?
いるって言ってたじゃん!?
キッと鋭い眼差しで翔と睨みつけると、翔は耳の後ろをかきながら白々しく辺りを見回す。
「おかしいなぁー、山の売店にいるって言ったんだけどー」
棒読みなその口調に、私はイラッとする。
こいつぅ……、確信犯だなっ!?
私が翔と二人だと行かないって分かってたから、他のメンバーいないのにいるって嘘ついて私をここまで連れてきたんだ。
「ちょっと、翔……っ」
「しっ……」
私が大きな声を出した時、翔が私の唇の前に人差し指を立てて当てて、もう片方の手で私の腕を強く引いた。
えっ、なによ……?
突然の行動にぽかんと首を傾げた私は、翔の肩越しに女子に囲まれている拓斗――とその他男子――の集団を見つけて、胸がツキンっと跳ねる。
「こっち、こい――」
静かな、でも有無を言わせぬ力強い口調で言った翔は、私の腕を引っ張って売店の側にいる拓斗達とは反対の方へと歩き出す。
「なんで? 売店はそこなのに……ちょっと待ってよっ!」
私の抵抗は完全に無視されて、翔はどんどん歩いて行く。強引な翔の行動に怒りがこみ上げてきて、それでも翔の強い力には抵抗できなくて、ずんずん歩いて行く翔に私は引きずられるように連れて行かれてしまう。
助けを求めるように、振り返って拓斗に視線を向けた。
拓斗、助けて……