クラスペディア:心の扉をたたく
「拓斗には関係ないじゃない!」
こっちを見ようともしないのに、私の心には土足で踏み込んでくるような酷い言い方に、私は思わずそう言っていた。
ぷいっと拓斗から視線をそらし、握ったままのスプーンでオムライスをすくって黙々と食べ始める。
拓斗も何も言ってこないし、二人の間に張りつめた沈黙が続いて、オムライスなんてもう食べたくないけど何かしていないとどうにかなってしまいそうで。
苛立っていたのは拓斗なのに私の方までイライラしてきて、カツンっと食器の音を響かせながらオムライスを食べていたら、拓斗は何も言わずに空になった食器の乗ったトレーを持って立ち上がり、食器返却口に返しに行きそのまま食堂を出ていってしまった。
いつも私が誰かと付き合うと拓斗は嫌味を言ってくる。「本気じゃない」とか、「長続きしない」とか。そりゃ、確かに、今まで付き合ってきても一年以上続いたことはない。でも、そんなの拓斗に口出されることじゃないじゃん。
でも、今まではへらっとした口調で言ってくるから聞き流していたのに、今回のは軽く聞き流すことが出来なくて、気がついたらあんなことを言っていた。
でもさ……
拓斗は私の保護者ですか?
私が誰とどんな付き合いしようが関係ないじゃない……
あんなふうに嫌味を言われる筋合いはないじゃんか……
つい、唇を尖らせてぶつぶつ不満をもらしてしまう。
小学校で出会って同じクラス隣の席になり続けて十二年間、私が一方的に拓斗をライバル視してたことはあったけど、拓斗は基本穏やかな性格だし、口出ししてきても「でも僕には関係ないけどね」みたいな笑顔でこっちの事情に深入りしてくることはなかった。だから私も、いつもは拓斗の笑顔に誤魔化されて怒るどころじゃなかった。
こんなふうに喧嘩? 言い合いになることは時々あって、たいていは翌日には拓斗が何事もなかったようなけろっとした顔で話しかけてくるから、私もそれ以上怒ることも許すことも出来なくてそのままになっちゃうって感じなんだよね。
そうして、もやもやが胸に溜まっていくんだけど……
明日になれば、また拓斗がいつものような笑顔で話しかけてくることが想像できて、嬉しいけどなんだか大きなため息が出てしまう。
「璃子ちゃん?」
心配そうな声音で名前を呼ばれてはっとする。顔をあげれば、同じテーブルに座っている全員が私の方を見ていた。
今はもう夕方、といってもまだ空はぜんぜん明るい時間だけど、蕨先輩や他のアウトドア部の先輩方と一緒に大学の最寄駅の高架下にある全国チェーンのラーメン店に来ていた。
食堂での出来事を思い出して、今の状況なんて吹っ飛んで自分の思考にふけっていたみたい。
「えっと、なんですか?」
誤魔化すように首を傾げて尋ねれば、私が注文していた料理が来たところだったらしい。
「注文したの野菜ラーメンだったよね?」
通路側になる左隣に座った蕨先輩が店員さんからラーメンのどんぶりを受け取って、私の前に置いてくれた。
「はい、ありがとうございます」
「私も野菜ラーメンにしておけばよかった~」
向かい側に座る啓子ちゃん先輩が肩をすぼめてちょっと愚痴る。
その先輩の前にはすでにラーメンのどんぶりが置いてあって、私はちょっと覗き込むようにして尋ねる。
「啓子ちゃん先輩はなに頼んだんですか?」
「エビと春野菜のラーメン」
「春の期間限定メニューに載ってたやつですよね、それと迷いました」
「私もそうなのよ。いつもは野菜ラーメンだけど、ちょっと美味しそうじゃない? 期間限定って。でも、写真よりボリューム足りないカンジ……」
ボリュームって……
不服そうに眉根を寄せて言う啓子ちゃん先輩にここは笑っていいところなのかどうか迷う。
「ちょっと、乾君、蕨ちゃん。クレームよ、クレーム! これ写真と違いすぎるじゃない? もっと野菜たっぷりじゃないと……」
啓子ちゃん先輩の隣に座る乾先輩と斜め向かいの蕨先輩にぷりぷりと怒り口調で文句を言うから首を傾げる。なんで先輩に……?
私の疑問に気付いたのか、隣に座る蕨先輩がほんの少し体を寄せて耳元で囁く。
「俺と乾、ここでバイトしてるんだ」
「そうなんですか!?」
囁かれた内容に驚きに、ぱっと蕨先輩を振り仰ぐと、くしゃっとあどけない笑顔を浮かべる。
「うん」
頷いてから、蕨先輩はまた私の耳元に顔を近づけて囁くように話しかけてくる。
「今日はシフト入ってない日なんだ。俺も乾もこの近くに一人暮らししてて、バイトも大学の近くだと何かと便利だから。で、よくサークルのメンバーでも食べにくるんだ」
「そうだったんですね」
納得して頷く。私と蕨先輩が話している向かい側では、まだ啓子ちゃん先輩がぷりぷり怒ってるけど乾先輩は右から左に聞き流している感じ。でも時々頷いたりして、前々聞いてないってわけではないみたいだけど、黙々とラーメンを食べている。
「夏川は小柄なのに胃袋半端ないんだ」
くすっと笑って付け足された言葉に、ちびな私とほとんど身長変わらない啓子ちゃん先輩がよく食べる人だって認識した。
それから、やっと怒りが収まったのか啓子ちゃん先輩に話しかけられて、どこに住んでいるとか、どこ高校出身とか、高校ではなんの部活に所属していたかとか他愛もない会話をしながらラーメンを堪能した。




