ハハコグサ:優しい人
愛しくて、切ない――その想いを、決して拓斗は受け入れない。そう分かっていたから、打ちあけるつもりはないけれど、ずっと拓斗の側で友達として笑っているのはそろそろ限界だったのかもしれない。
大学ではもう、拓斗の側で無理して笑う必要はないんだって思っていたのに、まさか、大学まで一緒とか――思ってもみなかった。
だからこんなにも心が揺さぶられるのかもしれない。
拓斗にはっきりと親友って言われて、不覚にも傷ついてしまったんだ。
※
「璃子、ちゃん……?」
突然降ってきた心配そうな声に、ぱっと顔を上げると、首を傾げて覗きこむようにしてこっちを見てる蕨先輩がいた。
「わ、らび……せんぱ、い……」
ぽつっとこぼれた声と一緒に瞳から涙がこぼれて、私は慌てて手の甲で両目を強くこすった。
「あっ、あの……コンタクトがずれて……」
とっさに出た言い訳に、瞼を押してコンタクトを直すふりをする。
そんな私を見て、蕨先輩はすっとかがめていた姿勢をなおして、背伸びするように空を仰ぐ。
あっ……
涙を拭きながら細めて見た視線の先で、蕨先輩が額に手をかざして青空を流れていく雲を見つめている。その横顔に、きゅって胸が締めつけられた。
「今日、いい天気だね」
「はい……」
下手な嘘なんてばれてるのに、気づかないふりをしてくれる蕨先輩の優しさが胸にしみて泣きそうになる。
「蕨先輩はどうしてここに……?」
「あー……」
歯切れ悪く言った蕨先輩は頭をかきながら苦笑する。
「天気いいから、ウトウトしてた」
言いながら、そばの芝生を肩越しに指す蕨先輩がすごく可愛くみえる。
今日もやっぱりパーカーを着てて、それがすごく似合ってるし、照れてにこっと笑った蕨先輩につられて、私も笑顔になる。
いいなぁ、この笑顔。すごく癒される。
「今日も新入生の勧誘活動ですか?」
「うん、今は交替で休憩になったから、芝生の上でおにぎり食べてちょっと横になってたら、ついウトウト」
にこりと笑う顔が、お日様みたいにキラキラ光ってまぶしい。
「璃子ちゃんは? 今日は……」
「午前中、試験でした」
「試験お疲れ様」
ふわっと笑う蕨先輩を見つめて、私の胸がざわざわ騒ぎだす。
「あっ……」
腕時計を見て、蕨先輩が声を上げる。
「そろそろ戻らないと。じゃあ璃子ちゃん、またね」
そう言って片手を上げて歩き出した蕨先輩は、数歩進んだところで振り返って戻ってくる。
「……? どうしたんですか?」
視線を泳がしてちょっと挙動不審な蕨先輩を見上げる。
「あのさ、この後、予定あるのかな?」
「えっと、この後ですか……? この後は健康診断に行きますけど」
要領を得ない蕨先輩の話し方に戸惑いながら、私もなんだかぎこちなくなってしまう。
「健康診断の後は?」
「特にないですけど……」
首を傾げると、照れた笑みを浮かべる蕨先輩の視線とぶつかる。
「今日、姫路とかサークルのメンバーで夕飯食べに行こうって話てるんだけど、よかったら璃子ちゃんも一緒にどう?」
誘ってくれるのはサークルのメンバーが一緒だからって言うけど、本当は私のことを心配してくれてるんだって分かる。
急いで戻らなきゃいけないのにわざわざ戻ってきてまで誘ってくれた蕨先輩の優しさが胸にしみる。
「はい、ぜひお付き合いさせてください」