オキナグサ:告げられぬ想い
「拓斗……」
振り返った私は、泣きそうなくらい弱々しい声でその名を呼んだ。
そこにいたのは予想どおり拓斗だった。ブルージーンズとグレーのVネックシャツにストライプのシャツを羽織った拓斗は、手にランチの乗ったトレーを持って立って首を傾げてる。
「璃子――」
「こいつが彼氏?」
何か言おうとした拓斗の声に被さって、翔がそう聞いた。
私を見ていた拓斗が翔を見て、それから私を見て唇が動く。その言葉を遮るように慌てて言葉を重ねる。
「俺と璃子は親友だけど……?」
「私と拓斗は親友よ――っ」
ちょっと遅くて、拓斗の言葉が胸に突き刺さる。
分かりきってる答えだっていうのに、拓斗の声で親友ってはっきり言い切られると、たまらない。
「なんだよ……、二人そろって仲良いんだな……」
翔は私の焦りには気づいていないのか、不快そうに眉根を寄せて私と拓斗を見比べている。
私はじくじく痛む胸と今にも溢れてきそうな涙を必死にこらえて、平静を装う。
拓斗はあいかわらず澄ました顔で、親友って言われて傷ついてる私になんて気づいてもいないんだろうな。
重苦しい沈黙が三人の間に流れて、でも、とてもじゃないけど何か言える状況じゃなくて……
「璃子、お待たせっ」
そこにタイミング良く夏帆が現れてくれて、ほっと胸をなでおろす。
私は夏帆に駆けより、そのままその胸に抱きつく。そうでもしなきゃ、泣いてしまいそうだったから。
「どうしたの……?」
訝しげに言った夏帆は、私から視線を拓斗と翔に向けて、視線だけで「誰?」って私に聞く。
「えっと、同じ学科の東海林君」
「ふ~ん」
夏帆はじっくりと翔を眺めた後、私をかばうようにすっと前に出る。
「東海林君、悪いんだけど私達これからランチするから、これで」
はっきりした口調で言いきって、夏帆は私を促して歩き出す。
ちらっと後ろを振り向くと、翔はその場でしばらくこっちを見てたけど、席に座った時には、もう食堂にはいなかった。
※
「なにかあったの?」
夏帆が心配そうに私を見て言うけど、理由なんて言えないよ。
「ううん、なんでもないよ……」
「そう?」
夏帆は言いながらちらっと私の隣に座る拓斗を見る。
なんでか、拓斗が隣の席に座ってご飯食べてるし、夏帆の隣には七瀬君もいる。夏帆もちらっと苛立ちの籠った視線を七瀬君に向けたけど、このメンバーで一緒にいるのってよくあることだから、もう文句を言うのもめんどくさいみたいで、夏帆は大きなため息をついただけだった。
でも私は、とりあえず拓斗がここにいる理由を聞いてみることにした。
「拓斗、友達と一緒じゃなかったの?」
私が食堂についた時、すでにランチの乗ったトレーを持っていたから、友達と一緒に来ているのだろうと思ってたのに、なんで私の隣にいるんだろう……
ほんと、今だけは側にいられると心が落ち着かない。
私だけじゃなく、夏帆も同じ疑問を持ってるんだろう。じぃーっと拓斗を見てる。だけど、見られている拓斗は、何食わぬ顔でランチを美味しそうに食べている。
「んー、そうだけど、人多すぎてどこの席にいるか分からなくなったから、いいよ」
いいよ、ってそんな……
今は携帯って便利なものがあるんだから、メールか電話すればいいのに。なんなの、このめんどくさがり……
私は呆れてため息をついて、それ以上、つっこむのをやめる。だけど。
とても、ご飯を食べる気分になんてなれなくて、私の手はほとんど動かない。
今日はスペシャルランチが大好きなオムライスだったからそれにしたのに、お皿の上のオムライスはほとんど減ってない。
「璃子……大丈夫?」
夏帆の心配そうな声が聞こえて、はっとする。笑顔を作ろうとしたんだけど、上手く笑えなくて、俯く。
「ごめん、ちょっと……人酔い。外行ってくるね」
なんとか最後の気力を振り絞って笑顔で言って、席を立ち食堂を出た。
※
食堂の前には噴水があって、左側が校舎、右側には芝生広場がある。今日は天気がいいから芝生の上でレジャーシートを広げてランチをしてる学生もいる。
私はしばらく芝生広場を進み、木陰になったベンチに腰をおろしてふぅーっと細い息を吐き出した。
きっと、夏帆には人酔いだなんて嘘ってばれてるだろうな。そんな嘘をついた理由も。それでも、拓斗は私のことなんて気にも留めないで、美味しくランチタイムを過ごしてるんだろうなぁ……なんて想像して、苦々しい笑みがこぼれる。それと一緒に。
ポロっと頬に冷たいものが伝って、私は膝の上に身をかがめて顔を隠した。
やだな……ずっと、いままで八年間ずっと秘めてきた想いの蓋が、ここにきてずれてしまったみたい。どうしてだろう……?
小学校に入ってからずっと同じクラス隣の席になり続けた拓斗。
はじめは、なんて女の子みたいに綺麗な顔なんだろうって見惚れて、でも、なんでもできてしまう拓斗に嫉妬して、一方的にライバル視して。小五の時、先生に勧められて入った児童会に、児童会には入らないと言っていた拓斗が来て、それまでよりも一緒にいる時間が増えて。拓斗と一緒の時はなんでも楽しくて、笑顔を見るとドキドキして、ちょっとでも姿が見られれば幸せで――
だけど、クラスのほとんどの女の子は拓斗に恋してた。私もそんな女の子の中に混じってしまうのが悔しくて、この気持ちは恋じゃないって、認められなくて。
でも、拓斗の闇を知ってしまった。
『きっと、一生誰も好きにはならない――』
その言葉が胸に突き刺さって、悲しくて切なくてやるせなくて。
そんな悲しいことを言ってほしくなかったし、そんなふうに思ってしまう拓斗を側で支えたいと思った。
だけど、拓斗が無意識のうちに恋を拒絶している理由を知ってしまったから。私の拓斗に向ける気持ちは拓斗にとって迷惑以外の何物でもないと思ったら、気持ちを隠すしかなかった。すぐに忘れることはできそうもなかったから、胸の奥深くの箱にしまって蓋をして、気づかないふりして、そのうち消えていくのを待った。
自分の気持ちを隠して、親友として側にいる決意をした。
告げられない想いを抱えて、八年間、拓斗の親友をやってきた。
今までずっと平気だった。拓斗と私の関係が親友だって分かりきっていたし、むしろ親友っていう、拓斗に一番近い存在に安心していた。
拓斗が誰とも恋をしないって知っているから。
だけど、こんなに側にいて、気持ちは消えていくどころか育ってしまった。