第四話 二人きり
「気が利かないな、お前は」
いきなりの暴言に、砺波は持っていたスプーンを落とした。カランと甲高い音が店内に響いて、「行儀悪いぞ」と和幸は不機嫌そうに顔をしかめた。
「な……なによ、急に!?」くわっと目じりを吊り上げ、砺波は殴りかからん勢いで身を乗り出した。「てか、なんでファミレス!?」
「腹減ったからに決まってんだろ」
和幸は当然のように答えて、のろしのように湯気を上げるピラフの山にスプーンを突っ込んだ。
「そういうことを聞いてるんじゃないわよ」
まだまだ怒鳴り散らしたいところだが……こちらをちらりとも見ず、夢中でピラフの山を崩す和幸に、これ以上言ってもムダだと悟って砺波は力なく腰を下ろした。
デート、と言われてついてきたのに、辿り着いたのは近場のファミレス。ちょうど夕飯時で、周りは家族連ればかり。色気も何もありゃしない。戸惑う自分を放って和幸はさっさと夕飯を食べ始めるし……。
緊張して手をつけられなかったパフェは、アイスがすっかり溶けてシェイクに変わってしまっていた。
「ああ、もう」と苛立ったため息を漏らして、砺波はテーブルの端にある食器入れから代えのスプーンを取り出した。「気が利かないのはどっちよ」
怒鳴りつけるのはこらえられても、不満は小言となってぽろぽろと口から零れていく。それをせき止めるために、砺波はパフェの底に沈んでしまった桃を掘り起こして口の中に詰め込んだ。
バニラアイスの海に沈んでいた桃はひんやりと冷たくてキンと歯にしみる。せっかくの甘みを堪能する余裕も無く、「んん」と砺波は悶えた。
「なにやってんだよ?」
「う、うるさい!」
「なに怒ってんだよ?」
「別に怒ってないわよ!」
「ふぅん」と気のない返事をして、和幸はピラフに視線を戻した。
その態度がいちいち癇に障る。砺波はパフェのグラスをつかんだ。ピラフにぶっかけてやろうか、と一瞬考えた。
そのときだった。
「せっかくなんだから、二人きりのほうがいいだろ」
ふいに、和幸がぽつりと言った。
砺波は「え」と呆けた声で聞き返す。「二人きりって……」
――そう、デート。
ふっと和幸の言葉が脳裏をよぎった。
やはり、デートのつもりなのだろうか――。砺波はかあっと顔が熱くなるのを感じて、慌ててそっぽを向いた。
「い、今更二人きりになったところでなんだってのよ?」
「ほんとに気が利かないのな、お前」と、和幸は不機嫌そうに言う。
「なによ、あんたに言われたくな……」
「あと半年持つかも分からないんだ。二人で話しておきたいこともあるだろ」
「!」
砺波は目を見開き、言葉を失った。
騒がしいはずのレストランが静まり返ったように思えた。
「あ」と弱々しい声を漏らして、砺波は視線を落とす。「二人きりって、お姉ちゃんと……」
過剰な空調のせいで気分が悪くなるほど火照っていた体が一気に冷める。
「もう……あと、半年なんだ」
「長くて、な」
なんでもないかのように答える和幸に、砺波は苛立ちと同情を覚えた。まるで腹をくくったようなふりで強がっているだけ。兄の『寿命』があと半年に迫って、平気なはずがないのだから。
でも、和幸が自分に弱音を吐くわけもない。
砺波は和幸に気づかれないようにそっとため息をついた。和幸の言うとおりだ。気が利かない自分が恥ずかしくてたまらなくなった。