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第三話 デート

 さすがは『商業用』のクローンだ。

 砺波の五感では気づけない何かを察知して、噂の人物が帰ってくることを悟ったのだろう。——玄関が開く前から。


 『商業用』のクローンは、闇オークションでの売買を目的にして創られたクローン。砺波のように、誰かが『発注』して創ったクローンとは異なる。彼らは遺伝子操作やナノマシンといった、トーキョーの裏世界で出回る最先端技術で『改造』をされる。失敗して命を落とすクローンもいるが、『成功作』には人外とも思える能力が備わる。並外れた身体能力や五感、そして——ごく稀だが——超能力といったものだ。

 カインの中には、そういった『成功作』が多く存在している。そんな環境にいるせいだろう、砺波は彼らとの壁を感じることが多かった。彼らの見聞きするもの、感じるもの、全ては自分にとっては未知のもの。同じクローンでも存在している世界が違うのだ、と思い知らされる。

 こうして、まるで未来を予知したかのような発言を聞いたときもそうだ。

 目の前の『商業用』のクローンを、砺波は尊敬と羨望の眼差しで見つめた。——不謹慎だとは分かっていても、その力を羨ましいと思ってしまう。


「ただいま、広幸兄さん」

 ひょっこりと顔を出したのは学生服を着た少年。彼もまた、そんな『成功作』の一人だ。

 『男』になる前の丸みを残した輪郭。特に特徴的ではないが、聡明な印象のある顔つき。歳に似合わず落ち着いた雰囲気がある。その艶やかな黒髪といい、なんとなく、母親似なのだろう、と思わせる。クローンに母親もなにもないのだろうが。

「おかえり。遅かったね、和幸」

 広幸が声をかけると安心したように頬をゆるめて和幸は入って来た。

「ちょっと……ね。あとで話すよ」

 広幸にそれだけ言って、和幸は放り投げるように鞄を置いた。

 声をかけるタイミングを見事に逃して、砺波は居心地悪く黙っていた。部屋で和幸を迎える立場になったのは初めて。「お邪魔しています」とでも言えばいいのか、「お疲れ」と愛想良く一言かければいいのか。

 なぜか照れくさくてたまらない。広幸と箕面の前で、どう和幸と接すれば良いのか分からない。

 唐辛子でも飲み込んだかのように、のどの奥が熱くなっていく。

 砺波はこらえるようにうつむいた。

 やっぱ、先に帰るんだった。——心の中でつぶやいた。

「暇そうだな、砺波」

 ふいに、そんな声が頭上から振って来たのはそのときだった。

「は?」

 和幸だ。

 挨拶もなしにそれか。こっちは色々と頭を悩ましていたというのに。

 かっと頭に来て顔を上げると、

「わたしはただ、箕面お姉ちゃんの——」

「暇なら、付き合えよ」

「へ……」

 ぽかんとする砺波をよそに、和幸は平然とした様子でたたずんでいる。

 いきなり、なんだ?

「付き合えって……」

「デート?」

 口ごもった砺波に代わり、さらりと広幸が続けた。

 砺波は顔を真っ赤にして、広幸にばっと振り返る。

 デート!? ——思わぬ単語に砺波は大きな瞳を目一杯見開かせた。

「違います!」

 叫んだ砺波の声は、「そう、デート」というあっけらかんとした声と重なった。

 ぎょっとして振り仰げば、和幸は照れる風もなく、広幸に「いい?」と許しを請うていた。

「あまり遅くならないようにね」と注意する広幸も、まるで驚く様子もない。「帰りはちゃんと送ってあげるんだよ」

「分かってる」

 砺波を置いて、話はスムーズに進んでいる。

 混乱する頭の中を整理する時間も与えられず、「ほら、行くぞ」と和幸に腕をつかまれ、無理矢理立たされた。

「え……ちょっと……」

 いきなり、デートだなんて。今まで和幸と遊ぶことはあっても、決して『デート』という単語を使うことはなかった。他の兄弟たちから冷やかしで言われたときは、和幸が冷静にあしらっていたものだ。

 なのに、急に……。

「砺波、借りるよ。箕面姉さん」

 リビングを出るなり、味見をしている箕面の背中に和幸はそれだけ告げた。

「あら」と振り返り、箕面は眼鏡の奥で瞳を輝かせた。「がんばってね、砺波ちゃん」

 なにをがんばれ、と言うんだ。

「お姉ちゃん、わたしは……」

「いってらっしゃい」

 あっさりと手を振られ、砺波は言葉を失った。

 箕面の嬉しそうな笑みに背中を押されるようにして、砺波は部屋をあとにした。

 頭の中は相変わらずごちゃごちゃとして、心の中は疑問符で溢れかえり、目が回りそうだった。

 でも——。


 ぶん殴ってもよかったのに。

 腕を振り払ってもよかったのに。

 なぜか、抵抗する気が起きなかった。大人しく和幸の腕にひかれていた。


 慌ただしく騒ぐ心臓の鼓動は決して不快ではなかった。

 あんなに寒かったはずの夜道も、手を引かれて歩いている間はほんわりと暖かく、春の陽気さえ感じるようだった。

 何も言葉が出てこなくて、ただ、黙って歩き続けた。いつのまにか逞しくなった幼馴染の背中を見つめながら——。

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