【うわて】――とある悪魔の契約(ショートショート)
魔界のバーで、ママが聞いた話とは……。
ここは魔界のバー。一日の商売を終えた悪魔たちの集う場所。
とある悪魔が気分よくグラスを傾けていると、バーのママが声をかけてきた。
「あら、とってもご機嫌ね。何かいい事でもあったのかしら?」
すると、
「あぁ、またまた商売が上手くいきそうなんだ。人間なんて、バカなもんだよ」
と、死後に魂を譲る契約を結んできたばかりの悪魔が言った。彼はこのところ、立て続けに契約を取り、しかも魂を異例の早さで回収しているのだった。その分、バーでも金離れが良い。
「へぇ、ちょっとおもしろそうね。話を聞かせてよ」
ママが悪魔のグラスに酒をつぎ足しながら言った。
「本来は、企業秘密なんだぜ。でもママだから、特別に教えてあげようかな」
ママに気がある悪魔は、調子に乗って喋り出す。
「今日、人間と契約を結んできたんだが、どんな秘策があると思う?」
悪魔が、気取った仕草で言った。
わざと少し困ったフリをしたママであったが、なまめかしい表情を浮かべながら、
「う~ん、わからないわ。どうか教えて」
と、猫なで声を出す。
「そうか、そうか。では教えてしんぜよう。実はな……」
人間界で言えば、典型的な昭和オヤジのような受け答えをした悪魔は、酔いも手伝って自らの秘策をベラベラと口にし始めた。
「人間は色々な願いを言うもんだが、それを上手く誘導して、とある願いをさせるんだ」
「とある願い?」
ママが、おうむ返しに尋ねる。
「どんな願いだと思う?」
悪魔がママの気を引こうと、もったいぶるようにニタリと笑った。
「もう、いじわるしないで教えてよ」
ママも商売。怒ったふりをして客の気を引く事に余念がない。
「ごめん、ごめん。
それはな。”真実を知る”力を得るという願いなんだ」
エッヘンとばかりに、悪魔が反り返った。
「え? それだけ? 」
ママは、呆れたとばかりに口を尖らす。
「まぁ、聞いてよ。
人間っていうのは、疑心暗鬼のカタマリみたいな動物でさ。常に自分が騙されているんじゃないかと疑っているんだよ。
だから”真実を知る事が出来るようになるっていうのはどうですか?”と勧めるんだ。
結局のところ、商売でも恋愛でも権力争いでも、真実が分かれば上手くいきますよってね」
中年悪魔はひるまない。
「で、それがどうしたって言うのよ」
本当に機嫌を損ねかけているママに、
「ここからがミソなんだ。
真実を知る事ができるようになった人間は、当然、それを頻繁に使おうとする。
だけど、すぐに後悔し始めるんだよ」
と、悪魔は慌てて言った。
「後悔?」
ママが再び、おうむ返しに尋ねる。
「あぁ、勝手なもんでさ。
余りに真実がわかると、自分の周りが悪意だらけだって事に気づくんだ。そして段々と精神を病んでいって、やがては耐えがたい苦痛になってくるんだよな、これが」
悪魔は、グラスに口をつけた。
「それは、おかしいわ。
真実を知って悩むんだったら、能力を使わなければ済む話じゃない」
自慢げに話す悪魔に、ママがクチを挟む。
「そこが人間の愚かしいところさ。
真実を知った結果、苦しむとわかっていても、それでも知りたいと願うのが人間なんだ。やめたいと思ってもやめられない。麻薬みたいなもんだよ」
悪魔の答えを聞き、ママが”しょうがない生き物ね”と言わんばかりにため息をついた。
「で、話を元に戻すけど、それがどういうわけで”うまい商売”なの?」
ママの切りかえしに、悪魔は待ってましたとばかりに話を続ける。
「そうなると、ほぼ例外なく連中は俺をもう一度呼び出すんだよ。
そして、能力を消してくれと懇願する。
だが俺は、それを聞き入れない。
その時のあいつらの顔ったらないぜ。もう、絶望全開っていうような、情けない顔をするんだよ」
悪魔が思い出したように、うすら笑いをした。
「それで……?」
少々、じれったくなったママが詰問調に問いただす。
「ほとんどの奴は、俺が去った後、自らの命を絶つね。
おかげで何十年も先に回収するはずの魂が、すぐ手に入る。俺の成績もウナギのぼりってわけさ」
悪魔は演説で乾いた喉を、極上のウイスキーで潤した。
数週間後。
「あら、今日は余りご機嫌が良くないみたいね」
いつものように、カウンターへと座った悪魔にママが声をかける。
「あぁ、そうなんだ。
前に契約をした人間なんだがな。未だに生きていやがる」
悪魔が苦虫を噛み潰したような顔でウイスキーをあおった。
ママは、以前に聞いた話を思い出す。
「あぁ、真実を知る能力を与えたっていう人間の事?」
「そうそう。あの人間の事だ。
いつまでたっても魂がこっちへ回ってこないから様子を見に行ったら、奴はピンピンとして生きてやがる」
悪魔は、空のグラスをゾンザイに突き出した。
「確かあなたの話じゃ、真実を知る事に疲れ果てて、自ら命を断つはずだったわよね」
キープされたボトルから、特製のウイスキーをグラスに注ぐママ。
「あぁ、タフというかなんというか……。
落ち込むどころか”オレは真実の目を持つ選ばれた人間なんだ”と吹聴して、新しい宗教団体の教祖様におさまっていやがった」
「まぁ……」
意外な答えに、ママの声が漏れる。
「相手が悪かったというか、運が悪かったというか……。でも契約自体は成立しているんだから、その人が寿命とかで死ねば魂がもらえるんでしょう?
それにそういう立場になったなら、何かのトラブルで殺されてしまうかも知れないしね。
まぁ、商売はこれっきりってわけじゃなし、あきらめが肝心だわ」
肩を落とす悪魔に、ママがグラスを差し出した。
「まぁ、そうなんだがね。
……だけどさ……」
今まで落ち込んでいた悪魔の口角が少し上がる。
「それでも俺が得をした事に、変わりはないんだよ。
すぐに魂を取れるよりは、程度が落ちるけどさ」
新たにつがれた酒を、クイっと飲み干す中年悪魔。
「どういうこと?」
ママが、にわかに興味を抱いた。
「普通に考えればさ、何かの能力を与えるとなると、こちらも消費するものが多い。だから、もうけを鑑みて契約をする。
出来る限り、元手は少なくリターンは多くってわけさ」
そんな事は、言われないでもわかっている。何百年この商売をやっていると思っているんだろうとばかりに、ママは小さくため息をついた。
「でも真実を知る能力を与える場合、あなたの消費するものもそれなりに多いんじゃないの?
魂をすぐに回収できなければ、あまり割のいい商売じゃなかったって事だわよね」
ママは気を取り直して、客との会話を続ける。
「まぁね。でも、そこが俺サマの偉いところなんだ」
「どういう事?」
悪魔の不敵な笑みを、ママはいぶかしんだ。
「確かに”真実を知る能力”を与えれば、こちらから出すものも多くなる。何十年後かに魂をいただけたとしても、大した儲けにはならんだろう。
でも、俺はそんな能力を奴に与えてはいないんだ」
悪魔がグラスを突き出し、おかわりを要求した。
「与えていない? 騙したって事? でもそれじゃぁ、契約に違反するんじゃないの?」
ママが少し興味を取り戻したように尋ねる。
「騙すなんてとんでもない!
俺は契約をする時に”真実を知る能力を与える”とは一言も言っていないよ。
”真実を知る事ができる”としか言っていないんだ」
少し機嫌を取り戻した悪魔が、琥珀色の雫をなめた。
ママはわけがわからなくなり、すぐさま悪魔の真意をただそうとしたが、それを制するように悪魔は話を続ける。
「俺の大発見というのはさ。人間ってのはある程度の経験を積めば、誰でも真実を見極める目というものを持てるって気づいたんだ。
だけど奴らの殆どは、それを使おうとしない。それどころか、使えるって事実を無意識の内に封印して気づかないフリをしてるんだよ」
「なんで、そんな事」
ママが食い入るように尋ねた。
「人間って奴は欺瞞に満ちた生き物だ。だから物事を自分の気に入るように思いたい、思い込みたい。だから真実を知ったら、悩み苦しむ。
それを回避するために、真実を見極める能力があるにもかかわらず無いフリをしてるんだよ。ま、人間風に言うのなら、無意識の内の自己防衛ってやつだな」
興に乗った悪魔は、核心部分に迫っていく。
「だから俺は、奴らがもともと持っている能力を解放してやるだけなんだ。新しい能力を授けるわけじゃない。
そうさな。たとえて言うなら、やつらが真実を見ないように付けている”目隠し”を取ってやるだけなんだ。
これは新たに能力を与えるよりも、ずっと安上がりな話だよ」
ママは、ようやく合点がいった。
なるほど、能力を与えるフリをして、その実、使っていなかった能力を使えるようにすれば、元手は殆どかからないわけだ。しかも巧みに言葉を操っているから、契約違反にもならない。
「だから今回のように、真実を知っても特にひるまない奴に運悪く当たっても、元手がかかっていない分、やっぱり実入りは大きいんだよね」
大演説の終わった悪魔が、したり顔でママを見つめた。
「悪党ね」
呆れ顔のママが、皮肉交じりに言う。
「そりゃ、そうさ。俺を誰だと思っているんだ。”悪魔”だぜ」
店の片隅で、ささやかな笑い声が起こった
【終わり】
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気楽イラスト807のキャプション




