トーリアの確執
一夜明けて、見張りが敵陣に異常ありと大声を張り上げた。
私は城壁を上り敵陣を見渡した。見張りが騒いでいるのは三基並べて設置された大筒だ。昨日開梱して組み立てているのが見えていたというのに「何を今さら」としか私は思えなかった。
私の近くにフレデリックの弟が立っていた。昨夜、あの青年から聞いたのだが名をパトリックというらしい。興味も無いし名を聞く理由もなかったが、なんにせよ聞いてしまった。そのパトリックが私の方をじっと見ている。
「魔法使い」
偉そうな命令口調で私を呼ぶ。
「はい、なんでしょうか」
「お前はあの大筒を防げるのか」
簡単なこと……ではあるがそう答えるのも気が進まない。
「……恐らく」
恩義もなければ忠義もない私にとって最良の返事をしたつもりだ。しかしパトリックはその返事が気に入らなかったらしい。
「恐らくだと? 大筒の弾も防げぬようでは魔法使いの意味もないではないか」
戦場では戦いの序盤に魔法使いに期待されるのは大筒や長距離弓兵の矢を防ぐ防御だ。炎術師であろうが水術師であろうが変わらない。当然私にも同じ期待がされていることは分かっていた。
「すでにレパード様より報酬は頂いておりますゆえ報酬分の仕事はさせていただきますので」
私は目も配せず淡々と言い放った。それでもパトリックの怒りを視界の隅に感じていた、だがパトリックはそれ以上は何も言わなかった。
私はしばらく敵陣を城壁の上から眺めていた。敵陣では大筒の準備が進んでいる、大筒の近くに砲弾を積み上げ火薬を載せた台車が何度も往復している。
こちらは大筒陣地に斉射を加えようと城壁の上に鉄砲隊が詰めかけていた。
空を見れば濃い雲が立ちこめている。恐らくそれほど経たず雨が降り出すだろう。小雨程度であれば問題はないが雨が降れば大筒も鉄砲も使えない。小雨でも長く降り続けば火薬を湿らせてしまうかもしれない、そうなるともう使うことは出来なくなる。大筒が使えなくなると今日も膠着状態が続くことになるだろうと私は思った。
こちらの鉄砲隊が射撃の準備を終えたようだ。鉄砲隊長の合図で一斉に構え狙いを定める。
鉄砲の弾が届くとは思えない、それくらい相手方の大筒陣地は遠い。届いたところでヴァルターが全部防いでしまうだろう。
「放てっ!」
鉄砲隊長の号令の下、一斉に鉄砲が放たれる。しかし、どうやら弾は届かなかったようだ。それでも第二撃を加えるべく鉄砲隊は装填を始める。
相手方の大筒のほうも装填を終えようとしていた。こればかりはさすがに防いでやらないといけないだろう、私は防御の準備をすべく城壁の上で身構えて大筒の放たれる機会を待った。
火薬の装填を終えて砲弾を詰めているところだ、砲手が照準の確認をしているようだ。もういつでも放つことが出来る状態となった。
ふと城壁の上で歓声が上がる。何事かと見ると皆が下を見ていた。私も下を覗き込んでみると槍小隊が城門から行進して出ていくところだった、なるほど相手方の大筒陣地を攻めるのか……
槍小隊は正面と上を盾を持った兵士が槍兵を守り、盾の隙間から槍で攻撃するように密集して行軍する編成になっている。見ていると槍兵の一人がこちらを見ながら手を振っている。あの青年だった。新たな所属が決まったということか。
「あれも遊ばせておくわけにもいかんのでな、今日からは槍小隊で働いてもらう」
私は何も聞いてもいないし気にしているわけでもないのだが、パトリックは私に……恐らくは私に向けてそう言った。
私は特に返事も、聞こえない振りをするでもなく、ただ相手方の大筒陣地を睨んでいた。
大筒陣地では合図係が指揮棒を振りかざしている、いよいよ発射の合図を出すのか。城壁の上で動かない私を見て落ち着かないパトリックは私の方をそわそわと見ている。
「……おい、魔法使い……おい!」
不安げな声を投げかけるパトリックに『なにか?』と首を傾げて見せる。
「あちらの大筒が発射されるぞ、分かってるのか?」
「……ええ、それが?」
驚きを露わにしたパトリックの顔が次に怒りの表情へと変わり、何か言葉を発しようと口だけがあわあわと開いたり閉じたりを繰り返す。
次の瞬間、遠くから大筒の発射音が聞こえた。
私はその弾道を睨んだ。常人には大筒の弾道を見ることは出来ない。だが私には見える。発射されたのは一門のみ、恐らく弾着を見てから他二門の照準を修正するつもりなのだろう。
放たれた砲弾はおおよそ城壁を越えて中庭へ飛びこみそうだと見当がついたので左手を振るい雷術魔法で砲弾を弾き飛ばす。
けたたましい炸裂音が響いた後、こちらの城壁の内部にいる兵士たちから歓声が上がる。続けて残る二門も発射された。私はそのふたつの砲弾も同じように弾き飛ばす。
パトリックは呆然として私を見ていた。
「……お……おま……こんな遠くから……え、詠唱もせずに……?」
私は返事をしなかった。今の私に興味があるのはヴァルターのことくらい……そう、彼がこの後どう出てくるかだ。
敵陣を見れば大筒が次弾の装填を開始している。こちら陣営は槍小隊が前進を開始したところだ。横一列に並んだ三つの小隊のうち、あの青年は真ん中の小隊にいることを私は何となく確認していた。
炎術魔法とはいわば攻撃の魔法であり攻めの魔法、いずれ間違いなく攻めてくる。私は我知らず、あの憧れたヴァルターとの戦いを楽しみにしていた。




