城塞都市ザハチエ
私はザハチエを目指してアバンチュール号を飛ばした。
レパードからは書状を預かっている。彼の友人である領主フレデリック・ブルスに宛てたものであるが私への報酬の約束、そして蔵書を閲覧する権利の保障について書かれているらしい。報酬についてはレパードからすでに金貨をいただいている。断るのも失礼であるしありがたくいただくことにした。
蔵書については何があるかは分からない。念のため連絡網の覚え書きを確認してみたところザハチエとは交渉中の行商人がいた。光の魔法について何らかの情報が得られる可能性はある、ということだ。
アバンチュール号を飛ばして三日ほどでザハチエに到着した。
遠くから観る限りはまだ陥落してはいないようだが、激しい戦いが続いているというわけでもなさそうだ。
こうした城塞都市での攻城戦は戦いが長引きやすい。長引いた戦いは兵糧の尽きた方の負けである、よって大抵は攻撃側が不利であり決着を急いで戦いを挑むのは攻撃側である。
ザハチエに降り立つ前に遠くから観察してみる。敵の布陣は北側で南側にはいないようだ。だが周囲に見張りはいるはずで本隊との連絡も確保されているだろう。
ひとまず危険はなさそうなのでザハチエに降りることにした。
城壁の上で私を指差しながら見ている兵士が何人か見える。私は手を振りながら敵意のないことを示しながら高度を下げていく。見張りの兵士の近くまで高度を下げて話しかけてみた。
レパードからの依頼で加勢に来た魔法使いであることを伝えると、中庭にいる司令官に会うよう言われたので中庭へと向かう。
中庭へと下りると伝令らしき兵士が私のもとへとやってきた。レパードからの書状を渡すとそれを持って天幕の中へと走っていった。
しばらく待っていると天幕の中から立派な鎧を纏った男が出てきた。おそらく司令官だろう。男は私のほうへと歩いてきた。
女としては背が高く、小柄な男と変わらないくらいの私の背丈よりも頭一つ分ほども大きな男は私の足元から視線を這わせ、私を値踏みするように見ると舌打ちをした。
「遅かったな、レパード殿は今頃になって魔法使い一人……」
男は私の羽織ったローブの裾をめくって腰に差した剣を確認する。
「おまけにこんな細い剣を持った女を寄越してどうしろと言うのだ」
辺りを見ると負傷した兵士、すでに息絶えた屍がたくさん転がっている。負け戦の最中で気が立っているのだろうと思い私は黙っていた。
「……まあいい、来たからには働いてもらう」
「フレデリック様にお目通りは出来ますでしょうか」
出来るだけ淡々とした口調で聞いてみると、男は顎で中庭のほうを差した。差された先には立派な絨毯のかけられた骸が寝かされている。
「兄貴なら先週死んだ。今は弟の俺がここの領主であり司令官だ」
私は非常に厄介な状況の中にやってきてしまったことを、この瞬間に理解した。
私は一人の兵士を紹介された。まだ十九歳だという青年で所属していた槍小隊が全滅してしまい配属が決まらないままだという。この青年を私の小間使いにあてがってくれるらしい。
とりあえず敵情を見たいので城壁の上へと案内してもらうことにした。
「トーリアさん、とても美しい方ですね。貴女のような人に付けて光栄です」
私は思わず溜息を吐いてしまった。
「そう、ありがと。でもこんな時に口説かれてもあまり嬉しくはないのよ」
青年は驚いたような顔で私を見た。
「すいません、そんなつもりじゃ……」
その狼狽える顔を見ていたら少し言い過ぎたかと後悔した。私の方こそちょっとイラついてしまっていたのかも知れないと深呼吸をした。
「こちらには魔法使いはいないの?」
「いました、五人。炎術使いが五人」
「いました……?」
「みんなやられちゃいました」
私は思わず立ち止まる。
「五人とも? 死んだの?」
「はい、あ……いえ、一人だけ生き残ってますけど重傷みたいです」
炎術使いが五人いて全員やられたって……?
「相手は?」
「向こうの魔法使いは一人だけです、炎術使いが一人」
「なんてこと……」
思っていた以上にまずい。気を引き締めてかからないと私も同じ目に……たった一人の魔法使いに五人がやられてるなんて。
「向こうの魔法使いってどんなやつ?」
「はい……たしか……キゾーニの溶岩……だったかな?」
私はぎくりとした。心当たりのある名前だ。
「それって……キッツォーニの溶岩じゃなかった?」
「ああ、そうです。たしかそうでしたよ……あれ? もしかして知ってるんですか?」
私は溜息しか出なかった。そんな名で呼ばれそうなやつを私は一人だけ知っている。
城壁の上に出ると開けた北側がよく見渡せた。敵陣は整然としていて、槍隊、弓隊などそれぞれ隊列を組んで並べられているが攻めてくるような動きは見られない。
「今日の戦況はどうなってるの?」
青年も敵陣を眺めるような素振りで応える。
「今日は全然攻めてこないんですよ、昨日までは一日で四回……五回くらいは攻撃があったんですけど、今日は休養してまた明日から攻めるつもりなんですかね……」
休養していても兵糧は消費する。傭兵を飢えさせると食料の盗み食いや強奪はもちろんのこと周辺で略奪を始めてしまう、そんなことになると命令に従わなくなるし最悪は逃げ出してしまう者も出てくる。攻めてこないということは何か時間を稼ぐ目的があるはずだった。
「大筒は撃ってこないの?」
「ああ、あっちの大筒は性能が低くて数も少ないんであんまり驚異じゃないですね。何発か食らいましたけどビクともしませんでした」
なぜか得意げに話す青年に呆れたが、城壁から身を乗り出して城壁の様子を確認すると、たしかに数カ所ほど砲弾の当たったらしき跡が見えた。城壁の下の方に集中しているので射程距離が足らず、砲弾も軽いものしか撃てない、つまりは威力の低い比較的小型の大筒しか持っていないということか……
私は腰の小袋から紙切れを取り出し、望遠の陣を指で書いて息を吹きかけた。それを青年に渡す。
「その紙を覗いてみて」
青年は受け取った紙を裏返したりひっくり返したりしてから覗き込んだ。
「ああっ、すごい遠くが見える! すごい見える!」
私は指で作った輪を覗き込んで望遠の魔法を行使する。拡大された敵陣を見るといくつかある天幕とその間を移動している兵士たちも見える。陣の後方には無造作に置かれた大筒があった。その中に大きな木箱があって、解かれている……なんてこと、放置されてる大筒よりは二回り以上大きな大筒が組み立てられている。
私は隣の青年、見張り台の兵士を順番に見た。しかし誰もあの大筒を気にしていない。中庭のほうに目をやれば兵士の死体が放置され、負傷した兵士たちはたいした手当てもされずに寝かされている。見るからに士気は低い。
明日になりあの大筒が準備出来たらここの城壁は崩され、雪崩れ込んできた敵兵に為す術もなくこの街は陥落するだろう。
大筒の砲弾を私が防いだとしても、陥落までの日数が二日か三日伸びるだけだろう。
私は溜息を吐いた。こんな街、私にとっては何のつながりもない街、ただレパードから頼まれて断りにくくて引き受けただけの仕事。おまけにレパードの友人はすでに死んでしまっている。
「こんなことなら金貨なんか受け取らずに断ればよかった……」
「え? なんですって?」
青年が間の抜けた声で答える。
ふと大きな天幕から一人、大柄な男が出てくるのが見えた。紅いローブを羽織っている男、魔法使いだ。顔は見えないが、歩き方、佇まい、私はあの男に見覚えがある。魔法学校時代の同級生に違いない、胸が苦しくなって思わず自分の襟元を握りしめてしまう。
「なんかありました?」
青年は私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫……何でもない」
「そうですか?」
その時、私はあることを思いついた。
「ちょっと……お願いがあるのだけど」
「……はい?」
「鎧を……貸してもらえる? 私が着用できるフルプレートのやつ」
「トーリアさんでしたら男用のでも丈は合いそうですね。あ……でもお尻が入らないかも、探せばあると思いますよ」
私は青年の頭を小突き、城壁を降りた。




