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トーリアの憂鬱

 ギルドを後にした私は宿へとやってきた。この宿は朝のうちに予約して支払いも済ませておいたので受付で女将(おかみ)に声をかけるとすぐに部屋の鍵を渡してくれた。


 部屋は二階の一番端にある通りに面した部屋だ。部屋へと入った私はまずローブを脱いで衣紋掛け(ハンガー)にかける。それから鞘の紐を解いてから腰帯から剣を抜く。


 剣はいったんベッド脇にある机の上に置く。


 私は椅子へと腰かけ、体の力を抜いた。


「はあああぁぁぁ……疲れたぁぁ……」


 ふと視線を横にやれば部屋の隅に置かれた浴槽が見えた。並々と水が張られている。すぐにでも飛び込みたくなるが、今日は人を何人も斬っているので剣の手入れをしなければ眠れない。


「……………………………………………ああっもう!」


 私は体を起こし、部屋に置かせてもらっていたトランクから剣の手入れ用具を取り出す。そしてまずは鞘から剣を抜き出してから刃を点検する。特に刃こぼれや亀裂はないが多少切れ味が鈍ったような感じがあったので微弱な雷術魔法を刃に当てて仮研ぎをしておくことにした。


 指先から雷術魔法でばちばちと火花を飛ばして研いでいく、これで鈍った切れ味をある程度回復することは出来るけど職人が研いだ切れ味には及ばない、いよいよとなれば研ぎ師に預けなければならない。


 私の剣は特殊でタマハガネと呼ばれるとても固い鉄で作られている。これは私の剣の師匠であるヒノモトの剣士が使う剣と同じものでヒノモトの剣に詳しい私の……もう一人の魔法の師匠にお願いして作ってもらったのだった。この剣をちゃんと研ぐことが出来る職人はこのあたりだと刃物の街ゾーリンゲールにしか居ない。近いうちに訪れなければいけないだろう。


 刀身に打ち粉をまぶしてから紙で綺麗に拭き取る。これを何度か繰り返してから油を薄く塗りつける。仕上げに紙で拭きあげて完成。剣を鞘に納めてからクローゼットの中に立てかけて置いた。

 私は服を脱いで衣紋掛け(ハンガー)にかける。よくシワを伸ばし汚れや埃を落とすように手で叩いておく。


 肌着姿となった私はまず浴槽に張られた水を沸かす。これも雷術魔法で行う。火花が飛ぶか飛ばないか程度に魔力の圧力を高め、魔力量は極々微量に調節して少しずつ沸かしていく。魔力量を上げれば一瞬で沸かすことも可能だけれど、そうすると温度の調節が難しく沸騰させてしまったり浴槽を壊してしまったりとかは今までに何度もやっているので落ち着いて少しずつ温度を上げていった。


 雷術魔法とは雷を操る魔法である。


 攻撃方法として相手に雷を落とす、ぶつけるという強力な攻撃魔法なのだけれど理解を深めていくと実に汎用性が高く、固い金属の表面を削る、物質の温度を上げる、獲物を麻痺させる、焼く、穿つ、など様々なことが出来る他、癒しの効果まで持っている。こうした変わった用途に対応するやり方を教えてくれたのがこの剣を作ってくれた魔法の師匠ローテアウゼン先生だった。


 浴槽の水がほどよい温度になった。すぐにでも飛び込みたいところだが天井にある梁に飛びついてぶら下がる。そのまま懸垂をする。


 二百回くらいでいいかな……私は魔法使いであって剣士ではない。だから剣士のような厳しい訓練は必要ない、そう思っていた頃は酔いつぶれてそのまま寝たり、本を読みながら寝てしまったりと自堕落を許してしまっていたのだけれど、そんな生活を送りながら剣を持つと重くて思うように振れなかったり、切れもなく速さもない剣技になってしまうことに気付き、最低でも体力を維持する程度の運動は欠かさないようにしている。


 懸垂の後は屈伸や起き上がりの運動を続けてやる。すっかり汗まみれとなり床に転がって天井を見上げながら息を整えた。


 荒くなっていた息が収まるといよいよ待ちかねた入浴の時間だ。私は飛び起きてから少々品が無いとは思いながらも肌着を脱ぎ捨てて浴槽に飛び込んだ。


「はあああああああぁぁぁぁぁぁ……………最ッ高ぉぉぉぉ…………」


 ただお湯に浸かるだけでどうしてこうも気持ちいいのだろう。……はあ、もうこのまま寝てしまいそう。


 お湯に浸かり頭の中身までとろけそうになっている時にふと体を拭くためのタオルを用意していなかったことに気が付いた。横目にトランクを見るが……遠いな…………ま、いいか。


 何度もため息を吐いて浴槽の中の天国を満喫する。


 それにしても今日は本当に疲れた。行商人を介してこの街の書庫の閲覧を申し込んだのが今朝の話。当初の話では金貨三枚程度で交渉出来ると行商人からは聞いていたのだけど、領主が何を調べるのかとしつこく聞くものだから、つい面倒で光の魔法の資料を探していると言ってしまった。


 領主はそれを聞くと急に条件を吊り上げた。しまったと思ったけれど後の祭り……もはや相手の示す条件を呑むしか無くなってしまった。それで出された条件がちょうどこの街に滞在していた『調教師』と呼ばれる賞金首一味の抹殺だった。こいつらは決して人に慣れることのない魔獣を操り人里を襲わせて荒稼ぎをしているらしい。数日ほど前にも近くの村を襲わせ住民の大半が亡くなっているそうだ。


 こいつら一味の八人分の賞金を合わせると金貨で約百五十枚にも及ぶ大物でその所在まで掴んでいたのに手出しが出来ない、つまりこの街の自警団では歯が立たないほどの強者ぞろいだったというわけだ。


 この街の自警団はどうやら魔法使いが中心になっていて剣や槍使いの手練れがいないようだった。対して『調教師』のほうには魔法使い殺し(ヘクスマーダ)と呼ばれる魔法使い専門の殺し屋がいる。魔法使いは戦場においては最も厄介な存在であり魔法使いに対抗するため、より強い魔法使いの争奪戦となることもあるほどだ。こういう場合には逆に魔法使いを専門に狩る傭兵を雇い入れる場合もある。


 幸い私は魔法学校でこういった敵との戦い方も教わったことがあるし、何よりも私には剣がある。魔法の効果に依存しない最強の攻撃手段、それが私の剣術だった。


 それにしても領主のあの口ぶりからすると私が『調教師』を倒してしまうとは思っていなかったようだな……いっそ返り討ちにあってやられてしまえばいいくらいにまで思われていたかも知れない。


 光の魔法を調べようとする者に、それほどまで見せたくないものが書庫の中にあるということだろうか……


 そんなこんなで『調教師』の滞在する隠れ家に乗り込んだのが昼前、そこでまずは誰だか分からないけど二人を水術魔法で仕留めてから隠れ家を出る。案の定追ってきた魔法使い殺し(ヘクスマーダ)を剣で両手首と首を跳ね飛ばしてからついでに二人を土術魔法で地面に埋めて残りの三人を仕留めようと隠れ家に戻るがやつらは反撃をしないで逃走。外に出て埋めておいた二人に止めを刺したところでこれまでずっと私を監視していたこの街の魔法使い達が現われ逃走先の情報を得て追跡、無防備に見せかけて路地裏へ誘い込み、残る三人を始末したのが夕方……というわけだ。


 もうほんっとに疲れた。


 こんな殺し屋みたいに扱われるのは本当に嫌気が差す。今回は交渉の段階で失敗したせいだと自分に言い聞かせ我慢することにしたが、今度からはこういう依頼は断ることにしよう。


 もうだめ……眠い。

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