雷神と呼ばれた魔法使い
誰かが私の肩を揺すっている。誰だ?
私を呼ぶ声もする。やめて……まだ眠いの……
「……………さま……………リア様………トーリア様、起きてください」
目を開けると女中が顔をのぞき込む。
「トーリア様、朝ですよ起きて下さいまし」
私は上等なベッドの上で目を覚ました。どうしてこんな所で寝てるんだっけ?
……えっと……なんだ?
すぐに昨夜の記憶が蘇らずしばらくぼんやりと記憶の糸を手繰る。
たしか昨日は単身で敵地に斬り込んだんだっけ……それから……雨の中で斬り合った……泥の上で転がったりもしながら戦って、全身泥水に浸かって髪も服も泥だらけになった……んだった。……そうだ、敵を全滅させて戻るとパトリックから滅茶苦茶に感謝されて、その後は姫様のような待遇でもてなされたんだった。
城中の女中たちによって入浴させてもらい、服もきれいに洗ってくれて快適な寝間着も用意してくれた。そしてこの暖かく柔らかなベッドまで。昨夜はもう気絶するように深い眠りについてしまったようだ。
「トーリア様、起きてくださいまし」
女中にせかされて私は起床した。
洗顔から着替えまでいたれりつくせりで、昨夜までどろどろだった私の服もすっかり乾いて気持ちよく着ることができた。
一夜明けると私は英雄だった。朝食の席もパトリックの隣を用意され朝からとても豪華な食事が供された。
全ての料理が並べられるとパトリックはわざとらしく咳払いをする。私が目をやると思い切り目が合ってしまった。
「今回のことに関してはトーリア殿にはいろいろと不満があったようではあるのだが……」
そう切り出されたので私は思わず下を向く。
「……しかし、ひとつ弁解をさせていただくと誤解なのだ」
「……誤解?」
私には何をいまさらとしか思えない、敵が片付いたからといって手の平を返されても……などと考えながら返事をした。
パトリックは大きく溜息を吐いてから答える。
「あの書状は兄者に宛てられたものだ。私ではその真意まで正確には読むことは出来ない」
言われてみれば確かにそうだ。だからといって私には関係のない話だが……
「そうですか……それで、何が綴られていたのでしょうか……?」
私がそう尋ねるとパトリックはまた大きな溜息を吐いた。
「賛辞だ」
「……はい?」
「だから君の賛辞だ。君の素晴らしさを便箋三枚に渡り延々と綴られている」
レパードめ、なんてことを……私は思わずパトリックの顔を見た。
「私は兄者とレパード殿の間柄についてはよく知らない。私も兄者の救援要請を受けて参じたに過ぎんからな、レパード殿についても名前くらいは知っているがどのような御仁なのかは知らないのだ」
そこまで言われても私には関係のない話なのだけど、聞いてしまっては少し心苦しいこともある。何を言っていいのか分からず俯いて黙っているとパトリックが大きな音で手を打った。
「だが、私は君を気に入った。非礼は詫びよう、この通りだ」
パトリックは席を立ち私に向き直ると深々と頭を下げた。私は慌てて立ち上がる。
「ちょ、ちょっと止めて下さい。分かりましたから、やめてください」
パトリックは黙って座ると私にも座るよう促した。
「さあ、料理が冷めてしまう。食事をしよう」
食事の前のお祈りを捧げ、私たちは食事を始めた。
食事を終えると机の上は綺麗に片付けられ食後の茶が供される。パトリックは一杯飲み干すと話を切り出した。
「魔法使いはトーリアと言ったか? 報酬の話だが書庫の閲覧を所望とのことだが、そんなことで良いのか?」
「はい、調べていることがありますので」
「ほう……何を調べているのか聞いてもよいか」
「……ある魔法について調べています」
光の魔法については濁しておくことにした。
「そうか……うちの書庫にその情報があるのかないのか私には分からんが……」
「閲覧を許可いただいても何の情報も得られないことはよくあります。どうかお気になさらず」
パトリックは苦い顔で何度か頷いた。
「……ならば……謝礼はレパード殿からすでに受け取っているのだな? 私からも何か謝礼を出したいのだが金はもういらんのだな?」
「はい、旅の途中ですから大金は必要ありません。それに金貨も銀貨も重いので持ち歩くにも不便ですので……そのお心づかいだけで十分です」
そう私が返すとパトリックは笑った。
「そうか、ならば私が君への報酬だと思うことを勝手にやるが君自身は関わらない、というのではどうか?」
私にはなんのことかさっぱり分からない。どういうこと? 怪訝な顔でパトリックを見ていると大きな音で手を打った。
「吟遊詩人どもを全員ここへ呼べ」
ほどなく八名の吟遊詩人がこの部屋へ通され、私の向かいに並んだ。
「よく来たな吟遊詩人たちよ。諸君の前におわすこちらの美しい方は魔法使いトーリア、その名の通り雷神の如き働きにて先の戦いで敵を見事討ち果たした御方だ」
吟遊詩人たちの視線がいっせいに私に突き刺さる。パトリックは私の戦いについて、誇張もまじえながら詩人たちに語って聞かせた。
「さあ吟遊詩人どもよ、諸国へ旅立ち雷神トーリアの物語を広めるのだ!」
パトリックがそう命ずると各々に資金の入った袋が渡され、受け取った吟遊詩人達は退室していった。その間私はずっと呆気にとられていた。
「どうだトーリア殿、あの者らの語った物語がいずれ君の役に立つやも知れぬ。あるいは交渉で有利になるかも知れぬ、君はもっと自分の力を主張してもいい。これが私からの報酬ということでどうだ?」
あまりにも意外なことに私はどう答えてよいか分からなかった。
トーリアは私の婆様が付けてくれた名だ。この名を名乗るようになってもうすぐ十年になるがそのまま雷神と呼ばれるのは初めてのことだった。迅雷の乙女よりもこの名が通るようになるとこの歳で乙女なんて呼ばれて気まずい思いをすることも無くなるだろうか。それならそれでちょっとありがたいかも知れない。何より私がなにもせずとも勝手にその名と私の活躍を広めてくれる。
「少し驚いてしまいました。ありがとうございます、その報酬ありがたく頂戴いたします」
パトリックは満足そうに頷いた。
書庫の閲覧だけ済ませるとあまり長居はせず、アバンチュール号を召還し身支度を終えると私は飛び立った。
一路北へ、バスタハンの街へと向かった。




