大雨のなかの無敵
私はアバンチュール号を呼んだ、間もなく真っ逆さまに飛んでやってきた。アバンチュール号に載せていた魔杖を手に取って、すぐに空へと返した。
「雨が降るからね、雲よりも高く上がっておいで」
アバンチュール号は再び空高く舞い上がっていった。それを横で見ていたパトリックは驚いたようだ。
「な……今のは……そんなことが……」
いちいち説明するのも面倒だったので
「たいていの魔法使いが出来ることです」
とだけ返しておいた。パトリックは何か言おうと口を動かしてはいるが言葉は出てこなかった。
ぽつぽつと降っていた雨が次第に激しくなってくる。
「では、行ってきます」
私がそう言うとパトリックは頷いた。
私は城壁を一気に飛び下りた。城門を通ると跳ね上げ橋を下ろすのを待たねばならず、今の私にはそれを待つ心の余裕はなかった。
魔杖を使うのは久しぶりだ。父様から贈られた大切なもの。
私は体内に蓄える魔力量が多く、おかげでアバンチュール号を常時浮かべておくことや飛び道具などから自分を護る結界魔法クラヴィアの加護など常時魔法の行使には困らない。それは魔法学校のイセッタ校長やもうひとりの師匠であるローテアウゼン先生からも『天才の器だ』とお墨付きをもらっている。こればかりは私も自信を持っていて魔杖を使う必要はほとんどの場合ない。
私は雷雲を操ることが出来るのだが、これに限っては大量の魔力を消費する。だから魔杖を使い万が一にも魔力が不足することを防ぐのだ。
背の低い草が生い茂る草原、すでに雨が大きな水たまりを作っている。私は大きく深呼吸をすると敵陣へと歩みを進める。
私が一人歩いて行っても敵陣からの攻撃はない、歩兵や弓兵たちが何人かこちらを見ている。
私は魔杖をかかげ雷雲を捕まえる。
「我が名はトーリア、雷神のしもべ達よ我にその力を与え給え」
雷雲は脈動するように光り、雷鳴を轟かせる。トーリアが杖で敵陣を差し示すと直後、閃光が奔った。
稲妻が敵陣の中へと刺さり炸裂音が響いた後には敵兵たちの骸が転がっていた。
「いくぞ畜生ども、ヴァルターを処刑したお前達を私は許さない」
ゆっくりと歩みを進めるトーリアの前に箒に跨がった五人の魔法使い達が降りてきた。
「そこの雷術使いよ、ここから先へは我らウォルスザーワの炎術五人衆が通させぬぞ」
トーリアは歩みを止め、五人衆を見上げ睨んだ。
「雷術使いよ、わしは以前に戦い倒した雷術使いからこう聞いたことがある。雷術魔法は雷が雲から大地へと落ちるように地に足を付けておらぬ者には発動しないとな。こうして箒に乗っておればそなたは我らに手出しは出来まい。おとなしく投降するなら命は助けてやろう」
トーリアの右眉が跳ねた。癪に障ることを言われた時の癖である。
「ひとつ……聞いてもいいかしら」
五人衆先頭の男を睨んでトーリアが訊ねる。
「ふん……聞くだけ聞いてやろう」
男は顎をしゃくって応える。
「フラムファンタが戦っている間、あなた達は何をしていたの?」
「んん~? それはな、あやつが手出し無用と言うのでな……若造の分際で……我らに助けを求めておれば死なずにすんだものを……」
トーリアの右眉が再び跳ねる。
「……そう、つまりあなた達は後ろから見てただけ……というわけね」
男は表情を僅かに引きつらせた。そして後ろに控えていた一人を指すと合図を送る。
「やれ! ニォコペテンシャ!」
指された男は地上へと降りると箒を後ろへ投げ捨てた。質素なローブを纏った男の魔法使いだ。杖も持たず素手でトーリアの前に降り立った。
「我が名はニォコペテンシャ、我が結界の中ではすべての魔法を無効化する、はああああああちょわああああああああああっ!」
男は何やら陣を描くような動きの後、両腕を高く上げて奇声を発した。
トーリアは人差し指を立て、その先に火花を弾けさせてみた。パチパチと小さな火花を拵えると指をくるりと回して男を指す。その指先から男に向かって火花が飛び出すが、すぐにかき消されてしまった。
その様子を見た男は笑った。
「我が結界の間合いはこの身を中心に二十二歩、その中ではいかなる魔法も無効だと言ったであろう、うわはははは」
トーリアはつかつかと歩み男に近寄っていくとぴたりと足を止めた。
「よくしゃべる人ね、間合いが二十二歩だの魔法が無効化されるだの黙っておいたほうが良かったんじゃないの?」
トーリアが苦笑い交じりに言うと男は鼻で笑うように答えた。
「知ったからといって何が出来る?」
「私とあなたの間合いはどれくらい?」
男は怪訝な顔でトーリアを見る。
「そんなものは……六歩くらい……か?」
「惜しい……私の見当では五歩と二足ってところね……これはすでに私の間合いなんだけど?」
「………………は?」
トーリアは右手の魔杖をドンと地面に突き立てると、その右手を離す。刹那、左手でローブを跳ね上げ剣の鯉口を切って抜刀。
その剣の軌跡は誰の目にもとまることはなく、ニォコペテンシャの両腕と鼻から上を一文字に斬る。あまりの迅さに斬られたことにすら気付かぬうちに両腕と頭が地面に落ちる。
突き立てた魔杖が倒れぬうちにトーリアは魔杖を左手に取り、まだ事態が呑み込めぬまま呆然とする五人衆目掛け振り下ろす。
激しい落雷と轟音、そして閃光が迸る。
箒に乗った魔法使い達を稲妻が貫いた。一瞬のうちに体は硬直し、為す術もなく地に落ちてきた。
「……うぐ……ぐはあ……な……なぜだ……なぜ箒に乗った我々を……」
トーリアは表情もなく瀕死の魔法使いたちを見下ろしている。
「どこの三流雷術使いと戦ったのかはしらないけど、私はどこにいようと心臓を貫くことが出来るの。今回はわざと外したのだけど」
そう言うと剣で首を刺した。残る三人も次々と首を突いてとどめを差して回った。
雨は激しさを増し、雷も激しくなってきた。
トーリアは左手に魔杖、右手に剣を持ちゆっくりと歩いて敵の本陣へと向かう。
「我はノイヴァルキュラム流筆頭 ヤギュート!」
名乗りを挙げた兵がトーリアに斬りかかる。
トーリアは斬撃を剣で弾き飛ばし、返す太刀で首を刎ねる。
続けて槍使いが襲いかかるがトーリアは半身を捻りその突きをかわし首を突いて仕留める。
次々と兵士達がトーリアに襲いかかる。斬撃をかわし、受けながら何とか凌いでいくがたちまちトーリアは大勢に囲まれてしまう。
トーリアは飛び退いて地面を転がり、立ち上がるとすぐに右足で地面を強く踏みしめる。あたりは閃光に包まれ凄まじい炸裂音が響き、地を這う稲妻が兵士達を貫いた。
稲妻に撃たれた兵士達は同時に倒れ、黒焦げの骸と化した。
「バスティーノ騎士団三番槍ウンベルトが参る!」
トーリアは鋭い突きを剣で受け鍔迫り合いとなってしまう。力で押し負けつつある所へ雑兵が飛び掛かる。
咄嗟に杖で雑兵の剣を受け、腹を蹴り鍔迫り合いの力をいなしながら地面を転がり逃げると振り向きざま二人に向けて稲妻を撃つ。くすぶりながら転がる骸の前でトーリアはゆらりと立ち上がり天を仰ぐ。杖を掲げ短い詠唱の後、群がる雑兵を一掃する大雷を落とした。
一瞬、真っ白な閃光に包まれトーリアを囲んでいた雑兵たちは黒焦げの骸となった。
雷鳴の響く中、大雨に打たれながらぬかるんだ平原をトーリアはゆっくりと進んでいく。
すでにトーリアに戦いを挑む者はなく、逃げ出す者、悲鳴を上げてうずくまる者、遠巻きに後ずさる者、雷鳴が聞こえるたびに皆一様に体をすくめていた。
トーリアの歩いた後ろには次々と屍が連なっていった。まさに大雨のなかの無敵、降りしきる雨を浴びながら雷を纏ってトーリアは進んでいく。
やがて敵の本陣にトーリアは到達した。守りの兵士たちが一斉に襲い掛かるが、一閃の雷が本陣を襲うと猛者たちは真っ黒い屍へと変わり果てる。
本陣には白い布をかけられた遺体が安置されていた。トーリアはその遺体の横に立った。
遺体には首が無く、袋に入れられた首が横に置かれていた。
側には断頭執行人らしき男達が数人、腰を抜かして怯えていた。
トーリアは冷たい視線で刺すように男達を眺め、質問をする。
「この遺体はフラムファンタのもの?」
男達は怯えながら頷いた。
「…………そう……何か……遺したものは無いの?」
恐怖のあまりに言葉が出ない男は口をただ開閉するだけだった。直後、激しい炸裂音が響く、男は「ひいっ」と頭を竦める。トーリアの自動防御魔法が作動した音だった。
トーリアはゆっくりと振り向くと銃を持った男が恐怖と絶望に震えてへたりこんでいた。この雨の中では再装填は無理だろう。戦意を完全に失っているように見えたのでトーリアはそのまま断頭執行人たちに向き直る。
「もう一度聞くけど……何か遺したものはないの……?」
一人が絞り出すように答える。
「か……かぞく……家族へ充てた手紙が……」
「他には?」
男は首を横に振った。トーリアが踵を返そうとすると隣にいた男が慌てて付け加えた。
「あ……あのっ、最期に……!」
トーリアは振り返えると、男は唾を飲み込み答える。
「最期にこう言いました……エミリアという女が来たならこう伝えて欲しいと……」
続きを催促するようにトーリアは僅かに首を傾げて見せる。
「完敗だ……と」
トーリアの胸に刺さる言葉だった。トーリアは表情を変えることはなかったが涙だけが溢れるように流れ出した。
流れ出る涙を、洗い流すようにトーリアは天を仰いだ。
やがてトーリアは歩き出し杖を掲げる。次の瞬間、落雷が執行人たち全員を貫いた。




