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足りないもの

 ヴァルターに勝った……

 昨日のことを思い出すだけで顔が緩んでしまいそうになる、それほど私にとっては嬉しいことだった。


 魔法学校に入学してすぐに見た彼の炎術魔法は新入生の中でも群を抜いて強力で、私の雷術魔法は威力はなく、落雷のような音ばかり派手なのがかえって見窄らしく感じてしまっていた。


 あの憧れたヴァルター……魔法使いフラムファンタ、限られた条件ではあったが私は彼に勝ったのだ。


 私は炎を操ることが出来る。そして彼には稲妻を操ることは出来ない、私が勝てたのは相性が良かっただけのことではあるのだけど、またあちらに忍び込んで会いに行こうかなどと考えていた。彼がどれほど悔しがるだろうかと考えたら、また顔が緩みそうになった。


「トーリアさん、おはようございます」


 声をかけてきたのはあの青年だった。


「おはようございます、怪我はなかった?」


 あの槍小隊の中に確かにいたはずだが皆同じ鎧を着込んで密集していたので正直なところどこにいたのかは分からないが、大筒陣地を攻めた時にはよく戦ったはずである。その中には何人かは負傷した者もいたので少し気になってはいたが元気そうで安心した。


「ええ、おかげで怪我もしませんでしたし武功も立てることが出来ました、ありがとうございますっ」


 青年の爛漫な喜びようを見ていると少し心が和んだ気がした。


 城壁へ続く階段を昇ると青年も着いてきた。


「トーリアさんの魔法は凄かったですよ、めちゃかっこよかったです。あの火球が現われた時には『あ、俺死んだ』って思いましたもん、いやほんとに……あっ」


 頓狂な青年の声を聞いたのとパトリックの顔が見えたのは同時だった。階段を昇りきって城壁の上に出ると目の前にパトリックが立っていた。


「おはよう、よく眠れたかね」


 私は頭を垂れて応える。


「おはようございます、おかげさまで」


 パトリックは自分の横を指差し隣へ来るよう促した。私は黙って指された場所に立つ、するとパトリックは私の横顔をちらと見てから話し始めた。


「昨夜レパード殿からの書状を改めて読ませてもらった。迅雷の乙女あるいは大雨の中の無敵が君の二つ名だそうじゃないか、残念ながら私はそのどちらも知らなかった。そこでうちの魔法使いに……重傷を負って休ませているところだがね、まあ聞いてみたのだ。するとどうだ、『変わった剣を持った魔法使いなら知っている』と答えたのだ。たしか剣を持っていたな、変わった形の……?」


「ええ」


 私はそう答えてから腰に差した剣をローブをめくって見せた。パトリックは剣を見て頷く。


「レパード殿はこう綴っている。魔法は勿論のこと剣においても右に並ぶ者はおらず、その美しさは女神に等しい……と」


 なんてことを書くのだレパードめ。私は何も聞こえなかったかのように応える。


「私よりも強い魔法使いはたくさんいます。ましてや剣術は私など話になりません」


「謙虚なのだな、しかし書状によればジークモンドに勝ったのだろう? あれに勝てる剣士は我が配下にはおらぬ」


「防具を付けて木剣での仕合でしたので……真剣勝負であれば結果は逆でした」


「ふむ……まあ、そういうことにしておこうか」


 あたりの兵士たちからどよめきが起こった。何事だろうかと城壁の外を見ると、なんと断頭台が準備されている。準備をしているのは敵陣の者たちでかなり近くまでやってきていて、こちらの鉄砲隊の弾が十分に届く距離である。


 敵陣の近くに断頭台など運んできていったい何をしようというのか…………


 少しすると頭に袋を被せられた男が馬に乗せられてきた。手枷に繋がれた鎖を引いて乱暴に降ろされると頭の袋が剥がされた。


「……!」


 驚きのあまり声が出なかった。


「……あ……あれは……何をしているの……?」


 パトリックは断頭台へ目をやって答える。


「公開処刑だな……あれは魔法使いか?」


「な……なぜ」


 パトリックは怪訝な顔を向ける。


「君が……迅雷の乙女がフラムファンタを無力化したからだ」


「……そんな……私はただ……」


「負けることが許されぬ者もいる。そういう者達を見てこなかったのか……? それも敵陣の眼前で行うのは最も名誉を穢すやり方だ」


 言葉が出なかった。私はただ彼に勝ちたかった。戦ってみたかった。自分の力を思い切りぶつけてみたかった。


 彼は抵抗する様子も無く大人しく断頭台に首を固定されている。思わず腕を突き出し魔法を行使しようとしてしまうがパトリックが制止する。


「助ける気か? やめておけ、今助けてもヤツに生きる場所はない。仮に今助けることが出来たとして縁者はどうなる? ただではすまんぞ。何よりそんなことをしたお前もいろいろな所から追われる身となろう」


 私は何も言い返すこともすることも出来ず唇を噛み締めるだけだった。


 そうしているうちに処刑人の構えた斧が振り下ろされる。


 巨大な刃が落ちると、あっさりと彼の首は転がり落ちた。


 私の周りでは兵士達が熱狂的な歓声を挙げている。私は一人胸を抉られるような苦しい想いで渦巻く感情を持て余していた。


 戦慄(わなな)く唇を必死に噛み締めながらトーリアは城壁を降りる階段を頼りない足取りで降りていく。背後でパトリックの呟いた言葉が心に刺さる。


 よろよろと階段を降りると階段の下に袋小路になったところがある、私はそこに入り込み額を壁に擦りつけるようにして声を殺し、泣いた。


 泣くつもりはなかった、泣きたくもなかった。それでも泣かずにはいられなかった。ほんの僅か前まで彼に勝ったと浮かれていた自分が恥ずかしい。


 だが、いくら泣いたとて彼は私を許さないだろう。


 彼との思い出が頭の中で繰り返す。魔法学校で彼と出会った、もう十年も前のことだ。一緒に多くのことを学んだ、学んだはずだった。


 私は何度か深呼吸を繰り返した。そうして涙を拭うともう一度大きく深呼吸をする。それから引き返してもう一度城壁の上へと階段を上る。


 上りきるとパトリックがそこにいた。私の方をちらと見るとまた断頭台の方へと視線を戻す。


「……そんなに、ここにいるのが辛ければ報酬を半分置いて立ち去るがよい。責めはせぬ」


 パトリックの、この一言を聞いて私はこの男にも事情があるのだと悟った。これだ、いつも私に足りないもの……いつだってそうだった。


 パトリックはさっき私が階段を降りようとした時にこう言った。


「感情に流されおって……」


 その通りだ。私はいつだって感情に流されている。


 合理的に考えて、ここで私がすべきこと。簡単なことだったはずなのに……


 空には暗雲が立ち込めつつあった。遠雷の音に空は震え、今にも雨がこぼれ落ちそうだった。


 私はパトリックの横に立ち敵の陣地を見た。


「今日の敵情はどうなっていますか」


 私の問いにパトリックは少々驚いたような顔で私を見た。


「公開処刑を終えたばかりだ、それに天気も崩れそうであるししばらくは動きはあるまい」


 断頭台を片付けている執行人たちを睨みながらトーリアはこう進言した。


「私一人、敵陣に攻め入っても構いませんでしょうか」


 パトリックはしばらく考えてから答える。


「……どうする気なのだ」


 私はパトリックの目を見ながら答える。


「すべて……終わらせる」


「すべて……だと……?」


 私は頷いた。


「そんなことができるとでも言うのか……?」


 空に閃光が奔り激しい雷鳴が轟く。私は天を仰いだ。


「天が……味方してくれますので」

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