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魔法使いトーリア

 薄暗い路地裏を一人の魔法使いが歩いている。朝まで降っていた雨の作った水たまりを除けることもなくゆっくりとした足取りで真っ直ぐに歩く。


 美しい亜麻色の長い髪を背中に垂らし、羽織ったローブの裾からは携えた剣の鞘が微かにのぞいている。


 彼女の名はトーリア、「迅雷の乙女」の二つ名を持つ雷術魔法の使い手だ。


 トーリアの背後からは三人の男達が密かに後を付ける、男達は火薬も弾丸も装填された銃を手にしていた。


 トーリアが突き当たりに差し掛かった時、一人の男が合図をして彼女の背後から狙いを定め銃を構える。


「死ねえ! トーリア!」


 男達は一斉に引き金を引く。留め金の外れた撃鉄が火打ち石を叩き装薬に点火する、一瞬の後けたたましい音と共に銃口から火を噴き発射された弾丸はトーリアの背中に向かって飛んでいく。


 しかし弾丸はトーリアの背中を貫くことはなかった。男達が発砲した直後、落雷のような音が炸裂し弾丸は弾き飛ばされてしまった。


 トーリアはゆっくりと振り向いた。


「弾込めするの待っててあげるから、もう一度やってみる?」


 静かに問いただすが銃を持った二人の男は悲鳴を上げて逃げ出す。トーリアが左手を振るうと空気を切り裂く炸裂音と稲妻が奔り、逃げ出した男たちを貫いた。稲妻に心臓を貫かれた男達は糸の切れた操り人形のように水たまりの中に転んで動かなくなった。


 トーリアは表情を変えることもなく、腰を抜かして見上げる男へと歩み寄っていく。


 男は横に転がっていた銃を手に取って立ち、破れかぶれに銃を振りかぶってトーリアに飛びかかっていった。


 トーリアの頭目掛けて思い切り銃を振り下ろす。何かが光ったと思った次の瞬間、トーリアの姿は消え銃と銃を掴んだままの手首が水たまりの中を転がっていくのが見えた。自分の腕を見ると両方とも手首から先が無くなっていた。


「あああああああああああああっ!」


 思わず悲鳴を上げる男の背後でトーリアは転がっている男の服の一部を破り取り、剣についた血糊を拭う。


「正面から戦っても到底敵わないけど背後から銃で狙えば殺せると思ったのかしら」


 男は振り返り悲鳴を上げて後ずさる。


「残念ね、私に飛び道具は効かないの。魔法使いってね命を狙われることが多いのよ、こう見えても何回か死にかけたことがあるの。だから自動で発動する魔法をかけてあるの、私が気付かなくても寝ていても……例え矢だろうが大筒の砲弾だろうがこうして防いでくれるのよ」


 そう言ってトーリアは剣を鞘に収めた。


「言っとくけど、逃げても無駄だから」


 男は傍らに転がる二人を見た。


「たっ……頼む、見逃してくれ。命だけは」


 トーリアは溜息を吐いた。


「あなたのせいで何人死んだと思っているの? あなたは命乞いをする人を何人助けたの?」


 男は恐怖に顔を歪ませ震えている。


「ほんとはあなたみたいな人、苦痛の限りを味あわせてやりたいところだけど……残念ながらそれは私の趣味じゃないの」


「……頼む……頼むよ、金ならいくらでもやる……な? な?」


 男は亜麻色の髪が少し揺れるのを見た後、突然に体の感覚が無くなった。視界が為す術もなく落ちていき地面に頭を打ち付ける。不思議なことに痛みは感じない、目の前には魔法使いの爪先がある。声を出すことも出来ぬまま首のない自分の体が崩れ落ちていくのを見た。


 トーリアはまた服を破り取って剣についた血糊を拭った。


「うーん、なんか最近切れ味が鈍ってきたなあ……」


 刃の確認をしていると(ほうき)に跨がった魔法使いが数人下りてきた。


「さすがはトーリア様、迅雷の乙女の名は伊達ではありませんね」


 そう言った魔法使いをトーリアは静かに睨む。睨まれた魔法使いは思わず怯んだ。


「……あ、いえ……あの……後始末は我々がやりますのでトーリア様はギルドで報告をなさってください」


 トーリアは剣を鞘に収め魔法使いたちに頭を下げる。


「それでは後のことはお願いします。私はこのままギルドへ向かいます」


 トーリアは踵を返し歩き出した。



 ギルドは町の中央通りの隅にあった。トーリアはドアを開け中へと入る。


 このギルドは主に賞金稼ぎが利用するギルドで、賞金首を探したり賞金の受取りが主な業務だが、いくつかテーブル席があり酒を飲んだり簡単な食事も出来るバーになっている。利用する者はここで商談や待ち合わせが主な目的だろう。


 トーリアは受付のカウンターへと真っ直ぐ進み用件を伝えた。


「領主様からの依頼の件ですが……」


 受付嬢はにこやかに対応をする。


「領主様の……どちらの依頼でしょうか?」


「調教師一味の始末……です」


 受付嬢の顔が変わった。受付嬢はトーリアの出で立ちを下から上へと確認するように見た。


「……あ、ええと……ま、魔法使い様のお名前は……?」


「トーリアよ、魔法使いのトーリア」


 受付嬢は机の上に置かれた台帳を広げて依頼についての記述を探す。


「……ええと……あっ、ありました。確かにトーリア様に依頼していますね。それでご用件のほうは……」


「全部片付いたので報酬……というか約束の確認をお願いします」


 受付嬢は台帳とトーリアの顔を何度も見返す。そして唖然とした顔のままトーリアに質問する。


「……あの……魔法使い殺し(ヘクスマーダ)は……?」


 トーリアは黙って親指で首を切る仕草をしてみせる。受付嬢は何かを言おうと口を開けたり閉めたりを繰り返すがなかなか言葉が出てこない。


「あの……では、この……調教師一味の八名全員……?」


 トーリアはまた同じ仕草をしてみせる。受付嬢は目を丸くしてトーリアを上から下まで何度も視線を往復させている。


「今、こちらの()()使()()()()()()が検分してくれてますので詳しくはその報告を聞いてください」


「……え? あっ……はい。……ええと……それでは確認が取れましたら証書を作ってお渡ししますので証書を持って領主様をお訪ね下さい。明日の朝にはお渡しできると思いますのでどうか今日は帰ってお休みください」


 トーリアは頷くとすぐ振り返り歩き出す、するとすぐに男が駆け寄ってきた。


「よう姉ちゃん、ちょっと俺と遊ばねえか? 魔法使いみたいなかっこしてよう剣を持ってるなんてよう面白えじゃねえかよう」


 トーリアは溜息を吐いてみせる。


「今日は……疲れてるので」


「お高くとまってんじゃねえよ、俺だって切り裂きパルツァーと呼ばれてんだ。痛い目見たくなかったら大人しくしやがれってんだ」


 男は短剣を抜いて見せつけてくる。絡んでくる男が面倒でトーリアは確認するように受付嬢を振り返って見た。すると受付嬢は目を閉じて頷いた。


 男はトーリアの前に立ち塞がるように前に回り短剣を突きつけるように構えた。


「この距離じゃあそんな長い剣で短剣の速さについてこれねえぜえ?」


 トーリアは鯉口を切ると素早く抜刀して切っ先を男の鼻の先に突きつける。素早い抜刀を目で追うことの出来なかった男は驚きの悲鳴を上げて後ずさる。


「……んなっ……は……速い……」


 トーリアは切っ先を素早く振るって男の左手の小指を切り落とした。


「私の剣技なんて師匠と比べたら子供みたいなものよ。あなた、何年やってるのか知らないけれど……才能ないんじゃないの?」


 トーリアは剣を収めるとそのままドアを開けてギルドを出て行った。

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