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ギルドの外に出ると、そこには人だかりが出来ていた。
が、その様子は想像とは少々異なっていた。
私は、ドラゴンを討伐した者達がギルドのすぐ側まで来ており、彼等を取り囲み、歓声を上げたり、事情を聞いたりしている・・・そんな光景を想像していた。
しかし、実際はというと、冒険者やギルド職員をはじめ、偶々ソコに居合わせたのであろう一般人や子供達までもが、道の真ん中を開け、その先を見つめるような姿勢をとっている。
その姿勢は、まるで、やんごとなき身分の方をお迎えするかのようだ。
が、しかし、そんな彼等の表情はというと、それは決して歓待に相応しいものではない。 あえて、それを一言で表すなら・・・驚嘆が近いだろうか。
驚きと、畏怖・・・そして敬意。
人々の表情は、それらが、ない交ぜになったような、複雑なものだった。
彼等の視線の先に一体何が・・・?
その正体を出来るだけ間近で見てみたいと思った私は、どうにかこうにか人混みを押し退け、無理矢理最前列に出ると、彼等にならって向こうを見た。
まだ遙か先にいたその人・・・いや、少女の様相を見て、私は彼等の驚愕の理由を知った。
少女・・・デュランは血まみれだった。
元々髪は褐色を帯びていたようにも思えたが、今の彼女は全身が紅い。
もし、より遠くから彼女の姿を確認できる者がいたなら、きっとソイツは、まずモンスターの襲来を危惧するだろう。
LEVEL30程度のダンジョンに頻出するモンスター『ブラッドマン』・・・その亜種を彷彿とさせる姿。
しかし、それ以上に異様なのが、彼女が手に持ち・・・いや、手で引きずっているモノだ。
小柄な少女の背丈と同じくらいの大きさのソレを、彼女は、まるでソリでも引くかのように運んでいる。
「そんな・・・まさか・・・」
それの正体を確信した私は、思わず声をあげた。
少女の引いてきた物・・・それはドラゴンの頭部だったのだ!
先ほどギルドに飛び込んできた一般人が「見れば分かる!」と言ったのは、こういうことだったのだろう。
確かに、あれが錬金スキル持ちによって作られた・・・とかで無ければ、ドラゴン討伐の紛う事なき証拠になる。
そしてこの状況で、少女がペナルティを負うリスクを冒してまで、そんな悪ふざけをする理由は無いし、何より今現在、彼女と彼女の持つ頭部から滴り落ちる紅い血液は、とても作り物には見えなかった。
・・・つまりこういうことだ。
ドラゴン出現の一報を偶然耳にした彼女は、単身、ダンジョンに乗り込み、撃破した。
そして、何故かその首を持って、ここまで帰ってきたのだ。
都市を出入りするための門では、厳重な検閲が行われたはずだが、今日は休みだったのだろうか?
・・・そんなはずはない。
きっと、今の私たちと同じようになったのだろう。
少女は、思考が停止し、呆然としていた検閲官の前を堂々と歩んできたに違いない。
「ズリズリズリズリ・・・」
頭部を引きずる音は徐々に徐々に大きくなり・・・そして私達の目前で止まった。
もし、少女がたった1人で、この偉業を成し遂げたのであれば、ギルドとしては歓待し、厚くお礼を申し上げた上で、礼をすべきなのだろう。
職員一同、それは分かっている。
しかし、私たちは少女に近づけなかった。
・・・いや、近づきたくなかった。
それは、決して彼女が怖いとか、モンスターの頭部が不気味だとか、そんな理由では無い。
理由は単純、血まみれの少女が放つ、とんでもない異臭だ。
(「「「く、臭い!!!」」」)
そこにいた、全ての人達の心の声が聞こえた・・・そんな気がした。
なにせ、モンスターの体液を体中に浴びているのだ。
当然といえば当然のことである。
そんな理由から話しかけることを躊躇っていると、少女の方がドラゴンの頭部をその場に置き、偶々1番近くにいたギルド職員・・・あの先輩に話しかけてきた。
「ドラゴンを討伐してきた」
とても簡潔な第一声。
それに対して・・・
「そ・・・それはありがとうございました。ギルド職員一同を代表してお礼申し上げます」
先輩職員は、何とか動揺を表に出さないようにしようと苦慮しているようだ。
「モンスターを討伐したら、その身体の一部を持ってくる必要があったな」
「た、確かにそうですが、ドラゴンは未だその部位が設定されてなかったはず・・・」
「だから、こうして首ごと持ってきたのだ。これなら文句ないだろう」
なるほど、少女がダンジョンから馬鹿デカい頭部を延々引きずってきたのは、自らが倒したことを証明する為だったのだ。
確かに既存のモンスターを討伐するクエストを受注した場合、任務を達成したことを証明する為に、対象の身体の一部を剥ぎ取り、証拠品としてギルドに提示する必要がある。
理由は当然・・・冒険者の虚偽を防ぐため。
どの部分を提示するかは、ギルドが各モンスターごとに決めており、大抵は顔の一部であることが多い。
しかし、ドラゴンは最近発見されたモンスターであり、討伐されたことも無く、そもそも生態すらハッキリしていない。
ギルドからすれば、ドラゴンというモンスターは、未だ、『冒険者達が確認したと言っているが、自分たちはソレを聞き知っているだけ』という存在でしかない。
極論、冒険者達全員で口裏を合わせられたら、現状、それを否定する術がないのだ。
従って、存在すら不確かな存在の、どの部位を指定するかなぞ、当然決まっているわけがない。
だが、討伐した少女からすれば、自らの功績を無にされるわけにもいかない。
そして困った彼女が出した結論が『首ごと持ってくる』だったようだ。
(「だからって、こんな馬鹿デカいもの、ダンジョンから引きずって来るヤツがどこにいんのよ!」)
私は心の中で、思わず突っ込んだ。
おそらく少女はスキル持ちなのだろうことは、容易に想像がつく。
しかし・・・だとしても、こんな手段にでるなんて!
「で、これでドラゴンを倒した証明になるな!」
意気揚々とそう言う少女。
それに対し、先輩職員は・・・
「え、ええ、まぁそうですね」
と返すしかない。
ここには多くの冒険者がいる。
先輩のこの発言は、下手するとギルドの公式見解となるので、本当ならこんな公の場での不用意な発言は控えるべきなのだろう。
が、経験豊富なベテランをもってしても、この事態に未だ頭が追いついていないようだった。
言質を取った少女は、ここでようやく笑みを見せた。
それ自体は、本当に年頃の女の子の笑み。
しかし、次に彼女から放たれた言葉が事態をさらにややこしくした。
「で、幾ら貰えるんだ?」
「はっ?幾らと申しますと・・・?」
「金に決まっているだろう。ギルドが多くの冒険者を集めて討伐を依頼しようとした化け物だ。それに見合った報酬は出るんだろう?」
未だに全身体液まみれで、異臭を放つ少女・・・とはいえ、巨大なモンスターの首を引っさげて帰還した姿は、まるで伝説上の勇者の様だったのだが・・・
そんな彼女から発せられた、おおよそ英雄に似つかわしくない問いは、先輩職員を沈黙させた。
2025/10/22
そして、ここでようやく、私は何故彼女がわざわざ1人でドラゴンを討伐するのに躍起になっていたのか理解した。
要は、報酬の独り占め。
討伐に参加した人数が多ければ多いほど、当然、1人あたりの報酬は減る。
だから、彼女は場所が分かるや急いで直行し、単独でドラゴンを倒すと、頭部を切断し、ここまで運んできたのだ。
今回は対象モンスターの情報が不足していた為、ギルドに持参する証拠部位が不明というイレギュラーはあった。
しかし、だとしても、まともな神経の持ち主なら、こんな巨大な化け物の首を、血まみれの状態で引きずって街中まで運んでは来ない。
いくらこの都市近辺にダンジョンが点在し、冒険者の存在が当たり前とかしているとはいっても、ここに住む大半の人間は、家畜や魚介等、食物以外の生き物の死骸とは無縁の生き方をしているのだ。
そんな平穏無事な場所に、突然こんなものが現れたら・・・。
(「きっと、そこかしこで卒倒する人がいたでしょうね・・・」)
とはいえ、私の見立てでは彼女は馬鹿だが、アホでは無い。
・・・何が言いたいかというと、最低限の常識と思考力は持ち合わせているということだ。
それは、昨日の言い合いを踏まえても分かる。
あれは、常識と合理的な思考が無ければ、到底出来ないものだった。
とすれば、今回の彼女の常軌を逸した行動が示すこと・・・
それは・・・報酬に対する異様な執着。
つまり彼女はただ、金が欲しかったのだ。
金が欲しくて1人でダンジョンに向かい、1人で討伐し、1人で首を引いてきた。
全て金の為であり、そこにギルドの面子だとか、不運な者達を救助するだとか・・・そういった建前は一切無い。
彼女はただ、金の為に仕事をしただけだった。
私はそれを理解し、何となく残念に思うとともに、少し可笑しくなってしまった。
2025/10/23
残念に思ったのは彼女が『本物』の冒険者とはほど遠い、守銭奴だったから・・・。
そして可笑しくなったのは、そんな彼女の裏表の無い心根が嫌いになれなかったから・・・。 わだかまりが完全に消えたというわけではないが、正直、昨日から続いていた嫌悪感はすっかり無くなってしまった。
強くはあり、未知に立ち向かう勇気を持ち、結果的には弱者を助けた・・・が金銭に固執する女の子。
そんな彼女に対し、先輩の次の発言は、青天の霹靂だったに違いない。
「・・・非常に申し上げにくいのですが、今回の貴殿の働きに対し、報酬は与えられません」
「・・・・・・・・・は?」
正直、私はそんな可能性もあるかもしれないな・・・とは思っていた。
というのも、クエストというのは、それを受注し、完了し、報告の順を追って初めて、契約した報酬が与えられる。
今回は緊急依頼だったため、やや特殊なパターンではある・・・しかし、受注、完了、報告の流れ事態が変わることはない。
私の記憶通りなら、彼女はドラゴンの出現場所が判明した直後にはギルドから姿を消していた。
そして、その時点ではギルド側はクエストを作成しておらず・・・当然存在しないものを受注することなど出来るはずも無い。
よって、結果如何に関わらず、彼女の行った一連の行為に対して、ギルドが金銭を渡す必要は無い。
つまり、少女が奮戦した事実は・・・公には『彼女が勝手にやったこと』という扱いになるのだった。
先輩職員はこの事実を、婉曲な表現を用いて、さらには、「あなたの強さは、まるで伝説の勇者のようで・・・」だとか「結果的に多くの人命を救ったことは賞賛に値する・・・」なんて美辞麗句を随所に散りばめて、何とか理解してもらおうと努めていた。
しかし、金が出ない・・・それだけが頭の中を巡っているのであろう少女は、最早完全に上の空で、とても話を聞いているとは思えない有様だった。
そりゃ、いつかは言わなきゃいけないことだということは分かっている。
冒険者を統括するギルドの代表としては、例外を認めるわけにはいかないからだ。
多分、先輩も内心、可哀想だな・・・くらいは思っているんじゃないだろうか。
でも、だからってこんなタイミングで言わなくても・・・。
「・・・・・・・・・」
思いつく限りの語彙を用いた先輩の説明を、きっと何一つ聞いてはいなかったであろう少女は、きっとこれ以上この場にいても結論が変わらないことにを理解したのだろう。
正直私は、彼女がヤケになって暴れ出すのではないかと危惧した。
が、丸1日かけてモンスターを倒し、疲弊した身体でその頭部を引きずり帰還して、結果何も得られなかったという事実が、彼女の心身を限界に追いやったようだ。
少女は、もはやゴミ同然といった様子のドラゴンの首を、その場に置き去りにして、トボトボと来た道を戻っていく。
彼女に恥や外聞という概念があるかは知らない。
何となくだが、彼女は今までの人生で、きっと何か大切なものを落としてきたか、もしくは、拾い損ねてしまったのではないか・・・私にはそんな気がした。
きっと自らとは、考え方も価値観も、何一つ重なることのない人なのだろう。
だから、共感するなんてことは、恐らく無駄なのだ。
だが、必死にモンスターと闘い、これを倒し、図らずも多くの者達を救った・・・その中には職員である私も含まれる。
そんな1人の女の子が臭いと思われ、周りからは異質として見られ、何も得られず去るしかない。
それは・・・あんまりではないか!
「わ、私が出します!」
気がつくと、思いは理性より先に反応していた・・・。




