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夜・・・それは英気を蓄える時間だと、私・・・マリアは思っている。
一夜限りのものも含めれば、両手両足の指では数えられないほどの恋愛を経験し、若い頃は夜な夜な無茶もやらかした。
そんな私も四捨五入すれば三十路とされる年齢になり、恋と仕事の両立が難しくなってきた今日この頃、私にとって睡眠時間を確保は何よりも優先されるべきものとなっており、その為、ここ最近は仕事場から直帰する日々を送っていた。
明日の激務に備え、しっかりと休養をとる、規則正しい生活。
しかし、そこに最近、待ったをかける存在が現れた。
その名はデュラン・・・最強の女冒険者にして私の友達である。
友といっても、最初はただの受付嬢と冒険者の関係でしかなかった。
必要最低限のことしか話さず、無口でぶっきらぼう。
あの頃・・・彼女は、まだ少女といっても差し支えない年齢だったが、その容姿は、将来に十分期待できるものだった。
そんな美少女デュランが、受付嬢として勤務していた私に初めて会ったとき、彼女が開口一番口にした台詞を、私は生涯忘れないだろう。
「おい、ドラゴンはどこにいる?」
挨拶でも無く、クエストの受注でも無ければ依頼でも無い。
駆け出し冒険者の装備を身につけて現れた少女の簡潔な問いに対し、私はしばらく言葉を発せなかった。
ドラゴン?
ドラゴンって、最近出来たダンジョンに出没したっていうあのモンスターのこと?
私は定期研修で学んだ知識を掘り起こし、その確認のため、資料を漁った。
・・・当時、ドラゴンは、最近になって発見されるようになったLEVEL50のダンジョンにて確認された新種のモンスターだった。
その見た目は翼の着いたトカゲ・・・といえば想像しやすいだろう。
ただ、その大きさは常軌を逸しており、全長は、それ以前に発見されていた最大全長のモンスター、ジャイアントトロルを遙かに上回る。
口から炎を噴出するという報告も上がっており、危険度が高いことから、ギルドが複数の冒険者パーティに対し、強制任務という形で討伐させることを検討していた。
当然、新米冒険者1人でどうにか出来る相手ではない。
なので、当時の私は、目の前の若干無礼な少女に対し、愛想笑いと型通りな文言を使って対応することにした。
・・・勿論、ドラゴンの情報を伝えない方向で。
「申し訳ありません。危険度が高いモンスターの情報は、それに見合った階級の冒険者にしか、お教えすることは出来ないんです」
それに対し彼女は、
「なんだそれは。なら、実力不足の冒険者が、そんなモンスターと対峙してしまったらどうするのだ?諦めて死ねとでもいうのか?」
カチンときた。
が、私は大人だ。
冷静に・・・落ち着いて対処するべし。
この時、私は持てる限りの理性を総動員し、にこやかに対応を続けた。
「・・・一般的に、ダンジョンに出現するモンスターは、そのダンジョンのLEVELによって決まっています。なので、そのような事態に直面することはありません」
「だが、ごく稀にイレギュラーが起きることがあると聞く。なら情報は余すこと無く開示し、全ての冒険者に知識を得る機会を与えることが、そいつらを管理するギルドの存在意義なのではないのか?」
・・・態度が悪い!
その癖、妙に正論を吐いてくる。
こういった類いの人間が一番面倒くさいのだ。
私は所詮雇われの身であり、その仕事は右から来たものを滞りなく左へ送ることである。
しかし、冒険者にとって、そんな私の発言もギルドの意向とみなされる。
今現在、ここには、少なくない冒険者がたむろしている。
あけすけに聞き耳を立てている者はいない・・・が、自らの発言が聞かれていないとは限らない現状、ここで適当なことを話すことは出来ない。
それを聞いた他者によって、私個人の発言が、ギルドの本意として広まる可能性もある。
・・・なんなら、目の前の彼女がそれをする可能性もある。
だからこそ、適当な発言で、お茶を濁すことは出来ないのだった。
「・・・・・・・・・」
何か言わなければと分かってはいた。
しかし、当時の私はまだ受付嬢としての経験が浅く、適切な文言が思い浮かばなかったのだ。
すると、そんな私の心情を見て取ったのであろうか。
彼女は、何処か諦めた表情をすると、
「そうか、分かった。もういい」
と告げ、カウンターを後にした。
その時の私の心情を一言で表すのなら・・・屈辱だった。
そりゃそうだろう。
唐突にやってきた生意気な少女に、正論をぶつけられ、まともに答えることが出来ず、困っていた自分。
そんな私を見かねた彼女に、私は同情されたのだ。
これが悔しいと思わずにいられるか!
カウンターの下の見えない部分で手を強く握りしめ、この気持ちを表に出さないよう務めていた私のことなど、もう忘れたかのように去って行く少女。
・・・とその時、正面の扉が勢いよく開け放たれた。
「・・・ッ!何ッ!?」
唐突に開けられた扉が壁にぶつかり、衝撃が音となって響き渡る。
自らの精神を落ち着かせようと、内面に気を配っていた私は、その音に殊更驚き、思わず声を上げてしまった。
そして、そこから飛び込むように入ってきた傷だらけの冒険者は、そのままカウンターまで来ると、大声で叫んだ。
「ド、ドラゴンがLEVEL10で現れた!」
一瞬の沈黙・・・そして、叫声が響き渡った。
「ば、馬鹿な!ドラゴンがLEVEL10のダンジョンで?!」
「あり得ないだろ!アイツはつい最近見つかったばかりのモンスターだったはずだ!」
「そんなLEVEL帯のダンジョンに現れるはずが無い!」
他の冒険者達は困惑し、戸惑う声が随所で響く。
そしてその気持ちは、ギルドの職員である私たちも同じだった。
・・・が、当時の私よりさらに若い、新米職員には、ことの重大さが理解できていなかったようだ。
彼女は隣にいた先輩職員に、こっそり質問をしていた。
「すいません、先輩、皆さん一体何をそんなに驚いてらっしゃるんですか?」
最初、その先輩はその質問を聞いた瞬間、目をつり上げた。
おそらく、そんなことも分からないのかと思ったのであろう。
しかし、まだ垢抜けない後輩の上目遣いを見ると、彼は眉尻を元の位置に戻す。
そして、穏やかかつ小さな声で事情を説明し始めた。
「いいか、ドラゴンが最初に確認されて以降、出現報告が上がっているのはLEVEL50のダンジョン『闇の城』だけだ。それは知ってるな」
「はい。ですが、発見されたダンジョンよりLEVELの低いダンジョンに出現することもありますよね?」
「ああ、そうだ。遭遇確率は低いが、0では無い」
「なら、なんで、ここまで大きな騒ぎになっているんでしょう?」
「それはな・・・出現したダンジョンのLEVELが低すぎるからだ」
問題はそこだ。
先輩は話を続ける。
「確かに低いLEVELのダンジョンに釣り合わないほどの強さのモンスターが出現することはある。だが、そこには法則がある」
「法則・・・ですか?」
「そうだ。モンスターはな・・・初めて確認されたダンジョンより10レベル以上低いダンジョンには絶対に出没しないんだ」
「・・・!」
「わかったろう。ドラゴンを初めて見つけたダンジョンがLEVEL50だ。だから、俺たちはLEVEL41未満のダンジョンでそいつと出会うことは無いと考えていた。しかし、あの冒険者の言うことが正しければ、LEVELが40も低いダンジョンに姿を見せたことになる」
「・・・じゃあ、あの冒険者が嘘を言っている可能性は?」
そう、その可能性も勿論考慮すべきだ。
しかし・・・
「それをここで行うことは、飛び込んできた彼にとって不利益にしかならないだろう」
「・・・あっ!そうか!ギルドに対して嘘をつくことによるペナルティ!」
「そうだ」
ギルドに登録されている冒険者に課せられた義務。
その1つが『ダンジョンやモンスター情報の報告義務』である。
冒険者はギルドに対し、クエスト終了後や新規のダンジョン攻略後に、そこでの情報を出来るだけ正確に報告する必要があるのだ。
もし、ギルドに対し、虚偽の報告を行ったと判断された場合、罰金や冒険者資格の一定期間停止・・・最悪剥奪もありうる。
ギルドに飛び込んできた男が、唐突に発したこの情報を、報告と見なすかは賛否が分かれるところではある・・・が嘘をつかない方が良い状況には違いない。
当時、偶々その場にいた冒険者の多くは、中級以上のベテラン冒険者が多かった。
その為、男が発した言葉の真意を瞬時に理解し、反応したのだろう。
「そして、あの冒険者の言っていることが本当なのだとすれば、直ちに救援を送らなければならない!」
先輩はそう言うと、受付カウンターの奥から飛び出し、男の元へ向かう。
冒険者から、その手の情報を聞き出すのは本来、受付嬢の仕事だが、この非常事態だ、仕方が無い。
先輩は男の元に向かい、そして問いかける。
しかし、男はよほど重傷なのだろう。
ドラゴンの出没を叫んでからというもの、以降、仰向けになり、粗く息を吐くのがやっとの状態だ。
LEVEL10のダンジョンは、現在10個ほどがギルドで確認されている。
その内のどれが、件のダンジョンなのかを聞き出さなければ、何一つ対処することが出来ない。
「くそっ!どうすれば」
「せんぱーいっ!」
途方に暮れていた先輩の元に遅れてやってきた後輩。
その手には小さな瓶に入った紫色の液体があった。
あれは・・・!
「それは究極回復薬!」
「はい!これを使いましょう!」
究極回復薬は、どんな深手を負っていても、死んでさえいなければ、立ち所に使用者を回復させる・・・まさに究極の回復薬だ。
ギルドには、この究極回復薬の常備が義務づけられている。
本来、ダンジョンで起こるあらゆる不幸は、冒険者自身の責任であり、その為、ギルド側が冒険者を救助するということは無い。
が・・・小柄な後輩がわざわざこれを持ってきたのは、この冒険者を生かし、情報を詳しく聞き出すことが、何を置いても必要だと判断したのだろう。
「よく気がついたな!」
先輩はそれだけ言うと、それを聞いて、恐らくマトモに褒められたことが無かったのだろう・・・目を見開く後輩から薬を受け取り、傷を負っていると思われる箇所に片っ端からぶっかけた。
基本的に回復薬は飲んで使用するものだが、使用者が何らかの事情から飲むことすら出来ない場合や、今回のように、他者に対して使用する場合には、こういった手法が採られる。
究極回復薬の効果は凄まじかった。
掛けた箇所から立ち所に傷が治癒されていく。
結果、先ほどまで虫の息だった男は、あっという間に、立ち上がることが出来るようまでに回復した。
もっとも、怪我が治っただけで、体力や疲労が元通りになったわけでは無い。
その為、若干フラつきが見られるが、会話をする分には十分だろう。
回復した彼に先輩が話を聞くと、ドラゴンが出没したダンジョンはLEVEL10『迷いの森』・・・ここから、距離にして2キロほどの離れた場所に存在するダンジョンだ。
出現は本当に唐突だったらしい。
上空から聞いたことの無い音が聞こえ、上を見上げるとドラゴンがいたのだという。
出現する前兆のようなものは一切無く、後々思い返せば、最初の音がヤツの翼による羽ばたきによって生じたものだったことが分かる程度。
そもそも、どこからやってきたのかは全く分からなかったそうだ。
先輩職員はそれだけ聞くと、後輩に、
「至急、そのダンジョンに他の冒険者がいるか調べてくれ!」
と頼んだ。
そう、それこそが、今1番知りたい情報だった。
もしそこに冒険者がいたとしたら、救援に向かう必要が出てくるのだ。
というのも・・・件の場所はギルドが『初心者用ダンジョン』としてのお墨付きを与え、解放していたダンジョンなのだ。
ダンジョンは基本的にそこに住むボスモンスターを討伐し、ダンジョンコアを破壊することで消滅する。
ギルドは、あえてダンジョンコアを破壊せず放置したダンジョンの管理を行い、未熟な冒険者のための訓練施設として解放していた。
勿論、訓練施設とはいえダンジョンはダンジョンであり、基本的にそこで発生する全ての事象は冒険者の自己責任となる。
しかし・・・今回のような話になると、流石に事情が異なる。
なにせ、ギルドが「比較的安全だから訓練に使ってください!」とお墨付きを与えた場所に、到底、安全とは言えないモンスターが出現したのだ。
この状態を放置し、あまつさえ死傷者を出すようなことがあれば、ギルドの信用の低下は避けられない。
私は奇跡的に、誰も行っていないことを祈った。
しかし、それも叶わぬ願いに終わる。
「先輩!確認しただけでも、4人パーティ2組・・・計8人がダンジョンにいます!」
「・・・っ!わかった!なら、これより緊急クエストを発令する!」
「わかりました!私、サイレン鳴らしてきます!」
先輩の瞬時の判断に対し、後輩は、すかさず動いた。
彼は、受付の奥に下がり、階段を昇っていく。
そして、彼が姿を消してから10秒もしない間に、ギルド中に、いや・・・おそらく、この都市に住む全ての国民に余すことなく聞こえるであろう、警報音が響き渡る。
その甲高い鐘の音は、刻むリズムによって意味が異なる。
カーン・・・カーン・・・と間を開けて打ち鳴らされるこの音・・・その意味は緊急クエストの発令だ。
これで、現在この都市にいる冒険者が、そう時間を置くこと無く、このギルドに集まるだろう。
ドラゴン・・・未だ討伐されたことの無いモンスター・・・そいつを倒す為には何がどれだけ必要なのか全く分からない。
そんな未知の化け物に挑むのは、流石の冒険者でも尻込みするものなのだろう。
現に、当時偶々ギルドに居合わせてた、幸運(?)な冒険者達の顔は一様に不安そうである。
こんな時だけ静かなのね、この人達は・・・と私は内心思っていた。
彼らが、ベテランの中級冒険者があることを笠に着て、自分たちより実力が劣る者達を、頻繁に小馬鹿にする姿を、私は時折見かける。
冒険者同士の諍いに、ギルドの人間が割って入るのは御法度なので、止めるようなことはしない。
しかし、見ていて気持ちの良いものでは無いのは事実だ。
そんな奴らも、こんな時ばかりは縮こまり、怖じ気づいている。
こんな人達は当てにならない。
とはいえ、事態は急を要する。
上級冒険者の所属するパーティを複数集めて、至急ダンジョンに向かわせるのが理想的だが、最悪の場合は、この人達にも頭を下げて頼むことになるだろう。
そんな事態は、いろいろな意味で御免だ。
「って、そういえあの子は・・・?」
私は、ここにきてようやく、彼女がいないことに気がついた。
ドラゴンの所在を聞きたがっていた件の少女。
結果的に彼女が危惧していた事態が起きてしまったわけだが、そもそも彼女は何故、あのモンスターの出現情報を知りたがったのだろう?
まさか・・・。
私は一瞬、あり得ない想像をしてしまい、その可能性を直ぐさま頭から振り払う。
あのモンスターを初心者が1人で相手することなど出来るはずも無い。
もし仮に・・・あくまで仮にだが、彼女が何らかの理由でドラゴンの相まみえようとするのであれば、このままギルドに留まり、他の冒険者と共にダンジョンに向かえば良かったのだ。 そうすれば、ドラゴンの討伐に一役買うことも出来たかもしれない。
・・・先ほどの一件もあり、正直彼女に対しては、嫌悪感が募る。
だが、どうにも心配せずにはいられない。
未知に足を踏み入れる者を冒険者と言うのなら、未知に喰われることも、また冒険・・・。
それは分かっているし、割り切ってもいるつもりだ。
しかし、それでも私は、自分が関わった全ての冒険者に生きて帰ってきて欲しいと願う。
勿論・・・彼女にも。
「おい、マリア!なにボケッとしてる!この忙しいときに!」
「・・・っ!はい!すみません!」
職員達がてんやわんやになりながら、この緊急事態に対処しようと動き回っている中、自分との対話に夢中になるあまり、その場に突っ立っていた私はとても目立つ存在だったのだろう。
先ほど、後輩と息の合った連携を見せていた先輩の目にとまった私は、今できること・・・とりあえず目の前にあるドラゴンの資料を片付け・・・るのではなく、情報を整理し、わかりやすく要約する作業に務めることにした。
今からここにやって来る冒険者の中には、ドラゴンの詳細な情報について知らない者も多いはず・・・。
なら、この作業はきっと無駄にはならない。
「こんなことになるなら、もっと早くしておけば・・・」
そう呟くと、何となく、また、あの少女に1本取られたような気になってしまう。
私はそんな自分を胸中で、その感情を心の片隅に追いやると、自分のやるべきことをやるべく、集中し始めたのだった。




