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私・・・マリア=フォーベルは朝が弱い。
受付嬢としてギルドで働くようになってから、その弱点は改善されてはいた。
・・・が決して克服したわけではない。
そんな私にとって休日とは、起床時間なんていう煩わしいものを考えずに済む貴重な日なのだ。
・・・なのにも関わらず、今日私はいつもより早く職場に来ていた。
そして傍らには、この都市・・・いやこの国最強の冒険者といわれている女、デュランが・・・震えながら待っていた。
「ちょっと!何!?もしかして緊張してるの?」
その姿があまりにも意外で、ろくな挨拶もせず、開口一番、そうツッコんでしまった。
中級程度のモンスターなら片手で屠れると言われるあのデュランが、今、目の前でハッキリと怯えている。
その姿は、まるで、初心者丸出しの駆け出し冒険者のようだ。
「ああ、そうだ。私は緊張しているようだ」
「緊張しているようだ・・・って、なんでよ!?今日告白しようと思っているわけじゃないんでしょ?」
「そ、それはそうだが」
「じゃあ、何がそんなに気がかりなわけ?」
「・・・おそらくなんだが、もしも今日私が彼に会うことにでもなったら、私のことをどう思うだろうかと・・・」
「なに?アンタは今日、その彼にアタックかけるつもりなの?」
「いやいやいや!きょ、今日はあくまでお前に私の気になる人を知ってもらうために来たのであって、決して、何か話そうだとか、そんな風に思っている訳では・・・」
「じゃあ、緊張する理由なんて無いじゃない?」
そういうと、デュランは、まるで普通の女の子のようにモジモジしながら、うつむきがちな姿勢でこう呟いた。
「で、でもな・・・は、話したくないわけでもないんだ」
私は呆れた。
こりゃ重傷だ。
デュランの話は続く。
「私は彼のことが知りたい。そして彼にも私のことを知ってもらいたいと思っている。だ、だけどな、私みたいな女が急に話しかけてきて、あまつさえ、好意・・・とまではいかずとも、興味を持っていると知られれば、きっと気持ち悪がられるに違いない。それが・・・嫌なんだ」
「はぁ?なんでアンタそんなに自己評価が低いのよ?」
「お、お前みたいにその、男性受けするような容姿じゃないし、性格だって一般的な女性らしさとは、かけ離れている自覚はある。だから・・・」
「なにがだからよ!私知ってるんだからね!アンタが貴族だとか他国の要人から求婚のお誘い受けてるの!引く手あまたな分際でその言い草、喧嘩売ってんの!?」
「アイツらが欲しいのは私の血・・・強い冒険者の遺伝子だろ」
い、遺伝子って。
そんな身も蓋もない言い方ないでしょ、と私は思ったがそんなことお構いなしに、デュランは話を続ける。
「昨今は有力な女性冒険者の数も増えたと思うが、やはり力がモノを言う世界であることには変わりない。そんな中、偶々現れた強い女性冒険者である私に好奇の視線が向けられるのは当然だ」
言うことがイチイチ生々しいな、ホント。
と私は感じつつ、彼女の言うことに一理あるのは事実だった。
一般的に生まれてくる子供の能力は親の遺伝によるところが大きいとされ、中でも、スキルはその要素が特に高いとされる。
ごく稀に、自らスキルを発現するものが現れるそうだが、基本的には両親がスキルを持っていなければ、その子のスキル所有確率は推して知るべしである。
冒険者の中ではスキルは1つでも持っていれば、それだけで一目おかれるのがこの世界だ。 そんな中彼女・・・デュランの所有スキルは・・・10個。
破格といえた。
「貴族だとか王族だとかにとっては、力というのはあればあるほどいいモノだ。そんな奴らからすれば、私は喉から手が出るほど欲しい逸材だろうな・・・優秀な孕み袋として」
「は、孕み袋って・・・」
「奴らが陰で私のことをそう言ってるのはよく聞くからな」
・・・なんだそれは。
セクハラ・・・なんてモノじゃない。
それは彼女を人間扱いしていない・・・家畜だとか道具だとか、その類いだと思っていなければ出来ない発現ではないか。
もし、彼女が日頃からそんな悪意ある発現を聞かされ続けていたのなら・・・。
「・・・・・・・・・ッ!」
「お、おいどうした、マリア?」
私は泣いてしまっていた。
何で泣いたのかって?
そりゃ単純に可哀想だとか、同情だとか共感だとか、そういったものも勿論あるんだろう。 けど、1番の理由はきっと・・・
「いい?デュラン?」
「な、なんだマリア?」
私はマリアの高い肩に手を置き、力を込めて強引に目線を合わせる。
そして、何処かキョトンとしている彼女に向かって言った。
心を込めて・・・心に届くように・・・。
「デュラン・・・あなたは綺麗よ」
「ど、どうしたマリア?何だ急に!?」
「アンタは私の知らないところでそう言った罵詈雑言をいっぱい受けてきたんだろうから、その反動で自分に女性としての魅力が無いと思っているのかもしれない」
それは、きっと彼女が無意識のうちに行っていた自己防衛なのだろう。
自らを貶めることで、これ以上傷が広がるのを防ぐ為の・・・。
それを間違ってるとは言わない・・・だけど・・・そんな気持ちじゃ恋愛は上手くいかない。
「でもね、少なくとも私は知ってる。あなた、デュラン=シスカイザーは魅力に溢れる可愛い女だって!」
恋愛する上で1番大切なもの・・・。
それは容姿でもなければ、キラキラ光る装飾具でもない。
そんでもって、性格でもない。
それよりも何よりも・・・
「だから自信を持ちなさい、デュラン=シスカイザー!恋愛においては、自信こそが1番大切なモノなのよ!たとえそれが無根拠のものであっても、自分だけは自信満々でいないと!」
「自信・・・か」
「そうよ、アンタだってダンジョンに潜るとき、今回は失敗するな・・・とか考えながら挑戦したりしないでしょ!?そんなこと思いながら挑戦するときは絶対成功しないものよ!闘いは始まる前から半分決まってるの!それは恋愛だって同じ!」
「・・・なるほど」
「だからね、自分の良いところを見つけて、そんでもってそれをアンタの好きな相手に見せつけてやりなさい!これでもかってくらいに!」
「じゃあ聞くが、マリア。私の女性としての魅力とはどういったところにあるだろう?」
きっと、コイツは自分が本当に女性としての魅力が無いと思っているのだろう。
だが、私は知っている。
「あのね、本当に自覚がないんだろうから言うけど、アンタ、メチャクチャモテてるからね!」
「な・・・何を根拠に言ってるんだ?そんな事実はない」
「・・・その防御力の低そうな装備を着たアンタを嫌らしい目で見てる男がどれだけいるか知ったら、きっと、度肝を抜くわよ」
「なっ・・・!これは動きやすさを重視した軽装であって、他意があるわけではない!」
「そんなことは分かってるわよ。でも、自身の意図するものが、他者に100%正確に伝わるなんてあり得ないの。アンタは実用性で選んだんだろうけど、周りの男どもからすれば、薄着の女が歩いてるのと同じなの!それが防具かどうかなんて関係ないッ!」
「・・・っ、か、仮にそうだとしても、私なんぞの身体に興味のある男なんているわけがないだろう!私だぞ!」
「いやいやいや、あんたスタイル抜群じゃない!出るとこ出てるし、引っ込むべきとこ引っ込んでるし」
「そんなの知らん、勝手にこうなったんだ」
「・・・そんなことを世間一般の女の子に言ったら殺されるわよ」
私だってこの体型を維持するのに、どれだけの苦労をしているか・・・。
なのにアンタは・・・。
天然モノでコレは正直引くレベル。
勿論ダンジョンで死ぬほど運動しているからってのもあるんだろうけど。
「でもな、マリア。こんなにタッパがあって傷だらけの女・・・男からすれば嫌だろ?」
「タッパって・・・。そんなもん人それぞれよ!さっきも言ったけど、ソレ込みでアンタのこと下心丸出しで見てるヤツらを、私は大勢知ってるわ!」
まあ、正直、そこに関しては好みが分かれるとは思う。
180セルをやや上回るほどの慎重は一般男性の平均を10セル以上上回っている。
本能なのか知らないが、男性は自らよりも小柄で、守ってあげたくなるような女性に好感を抱きやすいように感じるのも事実だ。
だが、そんな事実を今、彼女にぶつけて何になるというのか。
高い身長も、生傷の絶えない身体も、全て彼女の美点だと・・・少なくとも私は言い張る。
そんな小事よりも、今は自信をつけさせることが大事だ!
「な・・・なら」
そんなことを思っているとデュランは私に真剣な目を向け、尋ねてきた。
「正直に、忌憚ない意見を言ってくれ!私に・・・恋愛は出来るだろうか?」
その質問に、私は間髪入れずに答えた。
「出来る!」
ソレを聞いた彼女は、ゆっくりと目を瞑る。
そして・・・
「私は恋愛できる・・・私は恋愛できる・・・私は恋愛できる・・・私は恋愛できる・・・・・・・・・」
と、唱え始めた。
このとき、私はデュランが何をしているのか、すぐに分かった。
彼女は自信をつけようとしているのだ。
付け焼き刃な自信を・・・。
「そう。デュランは恋愛するの。あなたの好きなその人と!」
付け焼き刃じゃ役に立たない?
もし、そんな無粋なことを言うヤツがいたら、そいつはよっぽど恵まれてるんだろうなと思う。
急ごしらえだろうが、何だろうが何かに挑戦するとき・・・人には自信が必要だ。
大抵の人間はソレを他者に求める。
応援だとか、声援だとかがあるヤツは幸運で、それが無いヤツは友人や知人に相談という形で話を切り出し、背中を押してもらうものだ。
だけど、それじゃソレがなくなったら?
他者に自信を求めると、ソレがある日、突然無くなることがある。
応援も、声援も・・・自分に非があるわけでもないのに、急に消えてしまうモノだ。
そうなったとき、まるでハシゴを外されたかのように落っこちてしまう者は多い。
・・・きっとそれをデュランは知っている。
知っていて・・・それでも、なけなしの自信が欲しい。
だから、創っているのだ、自分自身で・・・。
数十秒ほど後、目を開けたデュランの瞳には確かに覚悟が宿った・・・ような気がした。
それは、きっと僅かなものに違いない。
それこそ吹けば消えてしまうほどの儚さだろう。
それがどうか消えないでことを私は祈った。
「さ、人も少しずつ増えてきたわ。今日は特別に許可をもらってあるから受付に入るわよ。そこからなら、こちらの存在を知られることなく、お目当ての彼の姿を見られるわ」
「マリア・・・ありがとう・・・本当に」
止めてくれ、また泣かせる気なのか。
まだ、あなたの恋愛は始まってもいないんだ。
この涙は、それが成就するときまでとっておきたい。
「さ、さあ早く入った入った!」
私はしんみりした空気ごとデカい体を受付にツッコみ、自身と2人、身を潜める。
さぁ、彼女を一目でここまで惚れさせた男・・・見せてもらおうじゃない!
そうして、待つこと10分ほど・・・
「あっ・・・」
デュランが声を上げる。
そして彼女の視線の先にいたのは・・・。
どう見ても成人したて。
齢15、6ほどにしか見えない少年だった。
このとき私は思った。
こりゃホントに前途多難だな・・・と。




