7ー1
「はぁ・・・アンタねぇ・・・」
行きつけの酒場にて、デュランがダンジョンでの出来事を、一部省略しつつ話した際のマリア第一声がこれだった。
「何処の世界に、殴られて好意を抱く人間がいるって言うのよ!?いたとしたら、正真正銘の変態よ!アンタの見初めた男は真性のマゾなの!?」
「・・・うぅ。そんなに言わないでくれ。反省はしているんだ」
あの時のデュランは、アレが最適解だと思っていたのだ。
究極の2択を放棄しつつも、トールとの縁を切らずに済ませることの出来る唯一の案だと疑わなかった。
しかし、3日間の休養で正常に戻った思考で改めて考えた時・・・
「な、何であんなことをしたんだ?私は?」
と、当時の自らの正気を疑ったのは言うまでも無い。
「まあ、100歩・・・いえ、1000歩譲って、うっかりやってしまったとして、今日まで謝罪もせずに放置って・・・アンタはトール君との関係をどうしたいのよ?」
「・・・それは本当に仕方ないんだ。正直、トールをギルドに届けた時点で、私の体力は限界だったんだ」
「疲れたのは分かるわよ。でも、だからって3日も放置する必要ある!?」
「・・・・・・・・・」
親友の疑いの眼差しが痛い。
しかし、デュランとしては、詳細な理由を言う訳にはいかない事情がある。
それは、彼女が『狂人化』の能力の、一切を秘匿しているからであった。
・・・それはつまり、ギルドに対し、スキルとしてこの能力を申請していないことを意味する。
冒険者としてギルドを利用するのであれば、所有スキルの申告は義務だ。
それを、故あって行っていない為、デュランは『狂人化』の副作用である、能力使用後の極度の疲労を、マリアに対し説明することが出来なかった。
マリアは信頼できる。
きっと、理由を嘘偽り無く説明し、他言無用を頼めば、受け入れてくれるだろう。
しかし、親しい友だからこそ、私の咎を背負わせるわけにはいかない・・・。
王都に帰り、トールを預けて、我が家の私室に戻ったデュランは、その後・・・筋肉痛や疲労による倦怠感で、本当に動くことすら儘ならなかった。
その為、どうあってもトールに会いに行くことは難しかったのだ。
しかし、その事情を理解してもらうには、どうあっても、あの能力について話さざるを得ない。
・・・なので、ここは無言を貫き通すしかなかった。
「ふーん・・・まぁいいけど!どーせ損するのはデュランなんだし」
と、マリアは投げやりな口調で言う。
(「何か絶対隠してるわね・・・」)
と勘の良い受付嬢は気付きつつも、ソレを尋ねるような無粋なことはしなかった。
「で、どうするの?っていうかどうしたいの?」
話を戻したマリアは、迷える親友に、改めて今の気持ちを問う。
「・・・正直、今自分がどうすればいいか分からないんだ」
デュランは、素直な気持ちを吐露した。
「恋愛とは難しいな。自身も相手も、時を経て、様々な経験を積む過程で、どんどんと、その人となりを変えていく。トールがまさか、私に憧れている・・・だとか、本当の意味での冒険者を目指すとまで言い出すとは思わなかった。彼は若いが故、そういった憧憬が芽生えやすいのかもしれない。しかし、私だって人ごとでは無い。事実、トールの存在を知った日からの私も、また、確実に変化しているのだから・・・。お互いに変わりゆく中で、変わらない関係を気付くことなど、本当に可能なのだろうか・・・?」
もう、トールが以前の彼に戻ることはないだろう・・・。
彼は、先日の一件で、冒険の魅力を知ってしまった。
今のトールには、『みんなのいえ』に住まう者達を世話するという使命があるが故に、冒険に対する願望には蓋をするだろう。
しかし、彼の望みを縛る枷が外れ、欲望が露わになったその時、私自身はその時のトールを受け入れられるのか・・・?
好意を抱き続けられるのか・・・?
一緒にいたいと想い続けられるのか・・・?
それがデュランには不安だった。
「・・・はぁ」
しかし、そんな私の悩みに対し、マリアの反応は素っ気ないの一言だ。
「な!?私は真剣に悩んでいるんだぞ!?」
「悩んだ結果、よりよい答えが見つかる可能性があるのなら大いに悩めば良いわよ。でもね・・・アンタの今の心配事は、悩めば解決するもんじゃないでしょ?未来のことなんて誰にも分からないんだから」
「それはそうだが・・・」
「まぁ、無理も無いけどね・・・初恋なんだし」
「ウッ・・・」
自身に対して掛けられた、余りにも似合わない言葉に、デュランは、つい過敏に反応してしまう。
「おそらくだけど、アンタ・・・交際=結婚前提みたいに考えているんじゃないかしら?」
「そ、それはそうだろ」
デュランは何を今更、と言わんばかりの反応を見せる。
「・・・なら、相談相手を間違えてるわよ。アンタの目の前にいるのは、何となく気に入った男との一夜の関係を『恋』だと思っている女よ・・・。そんな考え方なんて持ってない」
「ん・・・でも、マリアも初恋の時はそんな風に思っていたんじゃないのか?」
「いや、全然」
「ぜ、全然?」
「そ、全然」
「全く?」
「全く」
まさか、完全否定されるとは思わなかったデュラン。
「・・・参考までに聞きたいんだが、マリアの初めての恋愛ってどんな感じだったんだ?」
「うーん・・・。殊更話すほどのことも無いわよ。学生時代に隣の席だった同級生と話してたら、関係が深まっていって、それで・・・ヤることヤって、何時の間にか終わってたわ」
デュラン・・・唖然。
「そ、それは恋愛なのか?」
「だから、今、アンタが恋愛相談してるのは、そんな価値観の人間なのよ。ご期待に添えなくて申し訳ないけど・・・」
「・・・じゃあ、誰かとずっと一緒いたいと思ったことも無いのか?」
「そりゃ勿論・・・」
無い、と続けようとするマリアの口が・・・ふと止まる。
確かに男に限ればいないけど・・・
でも・・・アンタとなら・・・
「・・・・・・・・・」
「・・・ん?どうした、こっちをマジマジ見て」
「いや・・・何でも無いわ。ずっと一緒に居たいと思う男がいたかって話よね!無いわよ!」
「そうか・・・」
デュランは落ち込んだ。
マリアが極端な例なのかもしれない。
しかし、もしトールの恋愛観も、マリアのそれと似たようなものだったら・・・。
そう思うと・・・
「・・・グスッ」
「ちょっ!何泣いてんのよ!?どうしたの一体!?」
「いや、もし私の恋愛観が他の人とずれていて、トールも・・・その・・・お前のような考え方だったらと思うと・・・辛くなって・・・」
まるで乙女の様に泣き出すデュランの姿に、マリアは狼狽えた。
「だ、大丈夫よ!トール君はそんな軽い男じゃないわ!」
「な、何を根拠に言ってるんだ。価値観なんて十人十色だ。トールがそんな考えを持ってないとどうして言い切れる!?」
「そ・・・そりゃそうだけど」
まさか、自らの恋愛遍歴を公にした結果、ここまで友達を不安がらせることになろうとは思わなかったマリア。
下手な慰めは逆効果だと判断した彼女は、早々に別のアプローチに切り替える。
「でも・・・それなら、尚更アンタが良い女でいられるように努力すべきよ!」
「・・・努力?」
「そ、努力。要はアンタが彼にとって、掛け替えの無い人になれば、そんな心配はしなくて済むじゃない」
「・・・だが、別に私は人並み外れて器量が良いわけでも無ければ、それ以外のスペックが高いわけでもないぞ」
「アンタはこれから、彼と末永く付き合っていきたいと思ってるんでしょ。なら、器量なんか大した問題じゃ無いわよ。そもそも、前も言ったけど、アンタは美人よ」
「だが、傷が・・・」
「そんなもの気にするようなヤツだったら、こっちからお断りしてきなさい!アンタには釣り合わないから!あと、それ以外のスペックとかいうヤツも、ひとまず横に置きなさい。それをトール君が望んでいるのか分からない今の時点で悩んでも仕方がないわよ」
「・・・?なら、お前は私に何を努力しろというんだ?」
「逆に聞くけど、アンタには何か心当たり無いの?トール君が欲していて、アンタがあげられそうなモノに?」
「・・・お金か?」
バシッ
デュランは頭を叩かれた。
「その発想は、アンタに散々貢いでた、あの糞貴族と同じよ!」
糞貴族・・・もしかしてシャルルのことか?
そういえば、彼はその後どうなったのだろう・・・?
デュランは聞いてみたいという気に駆られるが、真摯にアドバイスを送ってくれる友の話の腰を折るほどのことでは無いと判断する。
「・・・だが、事実として、トール達が今1番欲しているのは金だろう。それが欲しいが為に、彼は単身、ダンジョンに向かったのだから」
「そうよ、アンタの言うことは間違っちゃいない」
「・・・じゃあ何故叩いた?」
「今、私達は、『アンタがトール君の彼女として、してあげられること』を考えてるの!アンタがトール君の経済事情をどうにかしたい気持ちは分かるけど、それは『彼女』じゃなくたって出来ることでしょ。アンタはトール君のスポンサーにでも成りたいの?」
「だ、だが、他に私があげられるものなんて・・・」
無い・・・そう思ったデュラン。
しかしその時、ダンジョン内でのトールとの会話が思い起こされる。
(「私に憧れている・・・なら!いや、しかし・・・」)
「デュラン、その様子は、何か候補があるってコトでいいのかしら?」
「・・・っ!いや、無い!」
「嘘おっしゃい!そんなにハッキリ顔と態度に出しておいて・・・隠す気ある?」
「・・・いや、本当に気の迷いだったんだ。忘れてくれ」
しかし、勘の鋭い受付嬢は、今の彼女の態度と僅かな発言・・・そして先程聞いたダンジョン内での会話から、瞬時にデュランの思考を読み取ってしまう。
「・・・もしかして、『冒険者としての技術』なら教えられるんじゃないかって思った?」
「・・・・・・・・・」
あっさりと看破されるデュランであった。
「いいじゃない!トール君は冒険者として腕を上げたいんでしょ。そうすれば彼の稼ぎも増えるし、アンタも恩が売れる。これ以上無い手だと思うけど?」
「それだけ見ればそうだ・・・しかし、先程も話したが、私はトールに冒険者としての実績を上げて欲しいわけじゃ無いんだ。シャルルと混同されると思われるのも癪だが、お金の面は私がどうにでも出来る。だから、彼にはこれからも母親や子供達と・・・」
何不自由なく暮らして欲しい・・・と言おうとしたデュラン。
しかし彼女が最後までソレを言い切る前に、マリアは唐突に割り込んだ。
「ねぇ・・・アンタはトール君の彼女になって彼をどうしたいの?『箱の中の鳥』にしたいの?」
「え・・・」
「デュラン、トール君を大切にしたいっていうアンタの気持ちは分かるわ。でもね、彼は人間なの・・・決してペットじゃない。私だって、人に誇れる恋愛をしてきたわけでは無いから、余り偉そうなことは言えないけれど、少なくとも、恋愛の相手が『人間』だということは忘れちゃいけないでしょ。『ペット』だっていうなら、アンタの『ひたすら大事に守りたい』っていう気持ちも、ある程度分かってあげられる。だけど、その感情を『人間』に向けるのは違うわよ」
「・・・何で」
「それはエゴで、愛じゃないから」
「エゴ・・・」
「相手の意思や感情を無視して、自身の正しさを押しつける。それで相手を大切にしてるつもりになったらいけないのよ。『ペット』とは違って、『人間』から『選択する権利』を奪うっていうのは、相手を『人間』扱いしないのと同じよ」
「わ、私は・・・そ、そんなつもりじゃ・・・」
デュランの目から再び、先程と同じ・・・いや、それ以上の涙が溢れ出す。
・・・しかし、今度はマリアにフォローを入れるつもりは無い。
伝えるべきコトはしっかり伝えないといけない。
慰めて終わり・・・は後味が良いかもしれないが、今はそんな展開は願い下げだ。
(「と言いつつ、今の私のやってることが『エゴ』丸出しなのよね・・・」)
自身の今の状況を、しっかりと理解しながらも、マリアはブーメラン投げ続ける。
「いい?その人を『人間』として大切にしたいのなら、まず何よりもその人の『意思』を尊重しなさい。そこが『命』に置き換わると、人は途端に『エゴ』に走るから」
「・・・分かった」
「でも、今回に限っては、冒険者としての彼の実力の底上げが、結果的に彼の『命』を守ることにも繋がるんだから、正に一石二鳥ね」
「もし・・・もしも、冒険者としての実力が付いた結果、トールが変わってしまったら?」
「さっきも言ったでしょ。それはその時考えなさい。今考えても無駄だから」
マリアはこう言った後、「ただ・・・」と言葉を続ける。
「私はアンタが危惧するような事態にはならないと思うわよ」
「な、何故だ?」
と問うてくるデュラン。
そんな彼女に、マリアは彼女の背中を押すべく、言葉を贈った。
「それは、彼が憧れたのが、私の知る限り『史上最高の冒険者』だからよ!」




