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「ウウッ・・・」
身体はボロボロ、疲労困憊のトールが目を覚ましたのは、デュランの背中の上だった。
お互い最低限の道具しか持っていなかったが故に、デュランはダンジョンに長居することを諦め、トールにやったほうがマシ程度の治療を施した後、彼を負ぶっての移動を開始したのだった。
欲を出すのなら、自らが葬った巨龍の死骸から、その一部でも持ち去りたかったのだが、その時間のロスでトールに万が一のコトがあれば、それこそ後悔してもしきれない・・・という気持ちを優先させた形だ。
結局、あれだけの仕事をしながら、実質的な戦果ゼロで帰宅することになったのだが、それに反して、彼女の足取りは軽かった。
スキルが未だ発動中であることを加味しても尚、デュランがそう感じた理由・・・それはきっと、自身の大切な人を守ることが出来た事実に、気分が高揚しているからではないだろうか・・・。
「・・・ッ!気がついたか!?」
デュランは足を止めず、しかし、心配するかのように、背負ったトールに声をかける。
「・・・あなたは?」
「・・・!」
そうだ。
思えばコレが本当の初対面だ。
デュランの方から、ずっと意識していたのは言うまでもないことなのだが、トールからすれば、見ず知らずの赤の他人に背負われている状況での邂逅である。
その為、疲労によって、か細くなったトールの声は、若干の緊張をはらんでいた。
デュランは、とりあえず、無難な返答に徹する。
「私はデュラン。冒険者だ。偶然この辺りを探索していた際、君を見つけ、救助した」
・・・嘘である。
偶然でも何でもない。
彼を探し助けるべく、ギルドを飛び出すと、それ以降は、禄な休憩も取らずに駆けつけたのだ。
だが、デュランは、とてもそんなことを言える心情では無かった。
トールの方も、それを疑うこと無く鵜呑みにする。
こういう所でさり気なく恩を売れるかどうかが、人間関係の構築において重要なのだが、その手のノウハウにはテンで疎いデュランであった。
「そうですか・・・。ありがとうございます。助けてくれたどころか、手当てして運んでくださるなんて・・・」
そこまで言うと、トールは一息置いてデュランに問う。
「あの・・・巨大なモンスターは・・・?」
「・・・?ああ、『ドラゴン』か。倒したぞ、もう安心だ」
その返答で、てっきりデュランはトールが安堵してくれるものかと思ったのだが・・・
「・・・そうですか」
彼女の背中から返ってきた反応に、そのような色合いは無い。
デュランには、その反応が、トール自身が自らの力不足を悔いているように思えた。
「・・・どうした?」
デュランは問いかける。
「・・・いえ、凄いなと思いまして」
「凄い・・・とは、ドラゴンを討伐したことがか?」
「はい。それにひきかえ、僕は何も出来ませんでした」
「恥じることは無い。手前味噌だが、あんな化け物を単身相手に出来るのは私くらいだろう」
デュランは、そう言ってトールを励まそうとする。
事実として、アレとまともに対峙できる冒険者なぞ、パーティ単位でも数えるほどしかいないはずだ。
あれに勝てなかったからといって落ち込むのは、天災に見舞われたことを、自身の不手際だと言うようなものである。
「でも・・・勝てちゃったんですよね」
「・・・ああ」
「そっか・・・」
それだけ言うと、トールは暫く黙ってしまう。
デュランは内心焦った。
他人を励ます・・・なんて、似合わないことをやってしまったばっかりに、トールの心を余計に傷つけてしまったのではないかと思ったのだ。
「「・・・・・・・・・」」
それ以後は暫く、デュランの駆ける足音だけが辺りに響いた。
ダンジョンには、依然としてモンスターの気配が無い。
何故か続くその異常も、今の自分たちにとっては渡りに船ではあるのだ。
背中に背負われなければ、移動も儘ならないトールを一刻も早く王都に帰還させ、休ませなければならない状況で、モンスターとの遭遇は、時間の浪費に繋がるのだから・・・。
しかし、この幸運に対し、デュランは・・・
(「こ、こんな空気になるのなら、モンスターの大群に襲われた方がマシだッ!!!」)
と、全く感謝出来ないでいた。
化け物達と運良く(?)遭遇してしまった時は、会話するどころでは無くなるので、気まずさというものを気にしなくてもよい。
しかし、こう・・・お互いが、暇を持て余す様な状態での無言は、相手に対し、不快感を与えかねないのでは!?
そう考えるデュランは、必死に頭を振り絞り、コミュニケーションの糸口を探す。
しかしそこで、はたと気付いた。
(「そんなこと・・・考えたことあるか?」)
幼少期から王都に来るまでは、必要以上の会話など、一切しない人生を送ってきた。
また、王都に来てからも、義務的な対話を除けば、受付嬢のマリアとくらいしか話していない。
・・・そして、彼女との会話の際も、話の種を提供するのは、決まってマリアの方だった。
つまり・・・デュランには、この手のノウハウは一切無いのだった。
「・・・・・・・・・」
無い袖は振れない。
結果、沈黙は続く。
(「もし、ここにいるのがマリアだったら・・・」)
と、下らないことを考える程に、デュランは落ち込んでしまったのだった。
・・・結局、終始無言のまま、二人はダンジョンの出口まで辿り着く。
『ゲート』とも呼ばれるその場所は、現実世界側からは威風堂々とした門構えを誇るのだが、ダンジョン側からの見え方はというと、それこそ多種多様だ。
曲がりなりにも門の形をしているものが半分。
もう半分はといえば、それこそ、森そのものが出口だったり・・・一件何の変哲も無い水溜まりだったり・・・はたまた、これといったの特色も無い只の丘が、そのダンジョン唯一の帰り道だったりする。
素人がそれだけ聞けば・・・「じゃあ、先人が目印を作るなりすれば良いじゃないか?」と思うだろうが、コトはそう簡単では無い。
それは、ダンジョンというものが、そういった第三者の干渉を認めないからである。
何か作って残しておけば、以降の冒険が楽になる・・・そう思った人間は五万といた。
しかし、どれだけ労力を賭けて拵えた物も、気が付くと、跡形も無く消えてしまう・・・。
よって、今や数多の人間が訪れたこのダンジョンの出口である洞穴も、それこそ、トールがここに来た当初、息を潜めていた洞窟と大差ないものだった。
「よし・・・着いたぞ」
久々に声を上げたデュラン。
自らが感じている気まずさを、少しでも紛らわそうとしたが故に発したのだが・・・それにトールが反応する。
「・・・デュランさん」
「・・・!な、何だ!?」
トールから初めて名前を呼んでもらったことによる動揺を、決して表には出ないようにしつつ、デュランは用件を尋ねる。
「少しだけ・・・降ろしてもらってもイイですか?」
「・・・?良いが大丈夫か?」
「はい。おかげで幾らか回復できましたから」
・・・とは言うものの、背中から降りたトールの足下はフラつき、今にも倒れそうである。
見るに見かねたデュランは、身体を小さくして脇から潜り込むと、高さを調整しつつ肩を貸す。
ここでも、自らの身長の高さを意識し、「やはり、小柄な女の方が好きなのだろうか・・・」などと考えているデュランを余所に、トールは今来た道を振り返るように眺めていた。
「・・・どうした?」
デュランは声をかける。
「・・・いえ。もう暫くここには来ないと思うと、何となく見ておきたいと思いまして」
トールが何気なく発した一言。
そこにデュランは不安を覚えた。
「暫く・・・ということは、何時かはまた、ここに来たいと?」
「はい」
「何故だ?」
デュランは疑問に思った。
トールが冒険者として活動している理由は、ひとえに『みんなのいえ』に住む人達を養う必要に駆られて・・・という義務的なものだったはずだ。
今回は例外に例外が重なった結果、こんな場所でのサバイバルを余儀なくされ、さらに、巨龍襲来というイベントも発生した。
正直、今ここで2人が生存していることが奇跡に等しく、デュランはともかく、トールは死んでいた可能性が極めて高い。
なら、こんなことにはもう首を突っ込みたくないと思うのが、まともな人間の心情では無いか・・・。
しかし、トールはというと・・・
「その・・・デュランさんには失礼なことを言ってしまうかもしれませんが・・・、僕、このダンジョンで過ごした日々を悪く思えないんです!」
「・・・ほう」
失礼だ・・・と彼が言ったのは、恐らく、助けてもらった分際で、もう一度ここに死にに来るようなことは許されない・・・とでも考えたからなのであろう。
もしこれが、赤の他人から出た言葉であれば、「好きにしろ」と一蹴するところだ。
自分の人生は自分の物。
だから、助けたことに恩を感じて、その後の生き方を縛る必要など無い・・・。
しかし、それをトールから聞かされたとなると、これは話が違うデュランだった。
それは『『野心』という物に囚われず、自らの愛すべき者達の為に行動することが出来る!』・・・という、デュランが彼に好意を抱いた理由の消失を意味するからだ。
冒険には可能性がある。
それこそ、私のように地位や名誉、そして使い切れないほどの財を成すことも出来るかもしれない。
見たこともないものを見て、触れて、感じる。
そこにあるロマンに魅せられて冒険をしている者も多い。
だが・・・その『冒険』への活力と引き換えに、人として当たり前に持つべき道徳を失ってしまう者は数知れない。
そんな人間達の中で生きてきたデュランは、だからこそ、その『穢れ』と縁の無いトールを好きになったと思っていた。
・・・そして、だからこそ、その部分が変わってしまうことを恐れたのだ。
彼には・・・ずっと、あのままでいてほしい。
デュランの我が儘であった。
「いつか、もっともっと・・・それこそデュランさんくらい強くなりたい!それで、今度は、自分1人で、あんなモンスターと戦って・・・」
「戦ってどうなる!?」
「・・・え?」
急に耳元で怒鳴ったデュランに、夢語りを唐突に止められたトールは驚いた。
デュランは貸していた肩を返してもらうと、ダンジョンを眺めていたトールの真っ正面に立ち位置を変える。
デュランの姿は未だ『狂人化』を解いていない状態・・・即ち、真っ黒な肌に赤い文様を纏った、ある意味・・・人ならざる姿だ。
今まで、背中越しに、互いの熱を感じながら一緒にいた2人は、このタイミングで、初めて真っ正面から向き合うこととなった。
トールは、デュランのその様相を近くでマジマジと見て、一瞬、目を見開く様な仕草を見せる。
しかし、それを態度に出すことは失礼だと瞬時に判断したのだろう・・・。
彼は目を見開き、真っ直ぐ私を見返してくる。
(「そういうところが好きになったんだ・・・」)
だからこそ、失ってほしくない!
「トール・・・君には大切な人達がいるんじゃないのか?その人達のことはどうするつもりだ?」
「・・・!そ、それは・・・」
トールは言いよどむ。
彼も今、自身が置かれている状況を失念したわけでは無かった。
母も、子供達も、自身が大黒柱として支えている状態で、『冒険のための冒険』が出来るなんて思っていない。
・・・だが、事態が幾らか改善し、子供達が、ある程度自立した生活を送れるようになってからなら、目指してもいいか・・・とは考えていた。
しかし、その意思をデュランは真っ向から挫きに掛かる。
「冒険は楽しい。それは認めよう。しかし、非常に危険だ。事実、私が居合わせなければ、あの巨龍に君は殺されていただろう。そんな状況に自ら身を置いて、その結果、死んだりしたら、残された者達がどんな気持ちになると思う!?」
「・・・・・・・・・」
辛いに決まっている。
トールは、先日の悪天候によって帰らぬ命となった子供達のことを思いだした。
目の前の小さな身体が、もう2度と動かないという事実が、自らに与えたショックの大きさは、とても言葉で表現できるものではない。
冒険者として活動するということは、今度は自らが、その痛みを大切な人に与えてしまう可能性が常に付き纏うということだ。
デュランはそれが分かっているのかと言っているのだ。
「・・・なら、デュランさんはどうなんですか?」
「私には・・・私を待っている人なんていない。だからこそ冒険者として無責任に暮らせるんだ」
真っ当に死んだとしても、自らの骨が収まる墓など無い。
産みの母が現存しているトールと待ち人おらずのデュランとでは、立場が根本的に異なるのだ。
デュランとしては、当然のことを言ったつもりだった。
しかし、ここでトールが思いもよらない言葉を口にする。
「でも、もしデュランさんが死んだら・・・僕は悲しいですよ」
「・・・・・・・・・ハアッ!?」
デュランの喉の奥の方から変な声が出た。
(「な、何だ急に!?」)
動揺するデュランに、トールは畳みかけるように発言した。
「確かに、さっきまではデュランさんのことを心配してくれる人はいなかったのかもしれません。でも、今は僕がいます」
「ばっ・・・馬鹿な。私とお前は赤の他人だ。縁もゆかりも一切無いんだ。それなのに、私が死んだら悲しいだとか、心配だとか、どういうつもりだ!?」
自らの意見を真正面から叩き潰されようとしているのにも関わらず、自身のことを大切に思っていることを、多種多様な表現で言われ続けたデュランの今の心情は、正に混沌を極めた。
「縁なら、今、できたじゃないですか!?命がけで助けてもらったのに、これで関係は終わりだなんて、僕はこれっぽっちも思っていないです。何かしらの方法で恩を返したいですし、それに、デュランさんにはもっと沢山のコトをご教示して頂きたいと思ってます。今の僕にとって、デュランさんは命の恩人であると共に憧れの人なんです!そんな人に死んで欲しくないと思うのは当たり前じゃないですか!?」
「・・・・・・・・・」
「その上で聞きます。デュランさんは、僕という悲しんでくれる存在ができたこれからも、冒険者として活動していくんですか?それとも、あなたなら冒険者を引退出来ますか!?」
・・・一転窮地に追い込まれるデュラン。
何故か、冒険者廃業の危機に陥っていた。
「・・・ちなみに、引退を選んだ場合、私は無職だが、生活はどうなる?」
もっとも、財産はたんまりあるので、そのような心配は不要なのだが・・・。
「・・・デュランさんさえよければ、家に来てくださって構いません!家といっても、貧民街にある1軒家で、私と母の2人で改装したものですが・・・。そこで私や母と共に子供達の面倒を見てくだされば嬉しいです!」
「・・・・・・・・・」
なんだコレは・・・?
新手の求婚か!?
遠慮しつつも、トールが至って真面目に回答しているのは、顔を見れば分かる。
おそらく、私が思うような他意は一切無いのだろう・・・。
しかし・・・つまり、こういうことか?
次の選択肢から1つを選べ
1、このまま冒険者を続ける。
2、冒険者を引退して、トールと1つ屋根の下暮らす。
(「・・・人生の岐路とは、これ程までに急にやってくるものなのか!?」)
冒険者として活動していれば、咄嗟の判断を強いられることは多々ある。
しかし、これ程の難題と出会ったことは、未だかつて無かったデュランであった。
冒険者を止めるなど、考えたことも無い。
冒険の魅力は、つい先程トールに対して語ったばかりだ。
しかし、後者を選べば、トールとの同居生活が待っている。
より関係を深めていく必要はあるだろうが、これはもう・・・ゴール寸前といってもいいだろう。
なにより、また、今回のような危機にトールが直面した際に、直ぐさま助けに入ることが出来るのは大きい!
(「これは正に、運命の2択!」)
デュランの目を捉えて放さないトールの視線。
嘘は吐けない。
吐きたくない。
冒険者を辞める?
・・・いや、それはもう私ではない。
・・・ならトールとの関係はどうなる?
・・・一世一代のチャンスを棒に振るのか?
(「ウッ・・・ウッ・・・ウワァアアアアアアアアアア!?」)
「・・・ッ!許せ!」
ドスッ
「・・・へっ?」
バタッ・・・
元々尋常では無い体力の持ち主であるデュランの、『狂人化』状態の当て身を、この至近距離から躱せる者がいたとしたら、それはもう人間ではない。
しかし、トール=ハワードは、しっかりと人間だったので、恩人からの一撃をまともに受けると、一瞬で意識を失った。
前に倒れるトールの身体を受け止めたデュランは、今度は彼を肩に担ぐと、さっさとダンジョンの出口である洞窟を抜ける。
「・・・保留だ」
・・・どうやらデュランはそうしたかったらしい。
しかし、一般的に考えて、何の理由も無くパンチを見舞ってきた相手を、恋愛対象と見なせる男性がどれだけいるだろうか?
この時点で選択肢を1つ握りつぶしてしまった可能性も十分にあるのだが、その当事者の彼女はというと・・・
「・・・よし、帰ろう!」
と、全て丸く収まったかのような言葉を残して、ダンジョンから消えた。
・・・絶妙に手加減された当て身により、それ以後、終始荷物同然となったトールを担いだデュランは、もの凄い速度で王都に帰還。
ギルドで帰りを待っていた受付嬢マリアと同僚達に、トールを預け、最低限の言伝をすると、友の制止も聞かずに家に直帰。
住み込みの者達に・・・
「これから3日、どんなことがあっても、誰も入るな!そして入れるな!」
とだけ言うと、厳重に施錠した私室に1人、閉じこもったのだった・・・。




