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「な、何だ、今のは・・・!?」
ダンジョン『闇の城』内を駆ける中、『彼』の雄叫びを、トール同様、耳にした彼女・・・デュランは、自らの移動速度を更に上げた。
彼女もまた、嫌な予感を覚えたのだ。
ここに来てから、ずっと疑問に思ってきたこと、それは・・・
(「モンスターが少なすぎる!」)
・・・ということだった。
このダンジョンの手強い部分は、月によって強化されたモンスター群による波状攻撃だ。 月光の恩恵を受けた化け物達は、その研ぎ澄まされた五感で、戦闘の気配を感じ取ると、一目散にそこに集まる習性がある。
襲った冒険者を糧にしている・・・という報告は聞かないので、合理的に考えれば、モンスター側に戦うメリットは無い筈なのだが・・・。
とにかく、このダンジョンを攻略するには、その状況を作り出さないように、ヤツらに見つからないよう、慎重に歩を進めることが求められるのだ。
しかし、その肝心のモンスターの影を、デュランはここに来てから、殆ど感じることが出来なかった。
「何故だ?一体何が起こっている!?」
この、ダンジョン内の異常に対し、一流の冒険者デュランもまた、絶えず思考を重ねてはいたが、その間も、彼女は決して足を緩めない。
何故か?
(「もし、この現象によって、彼により一層の危険が迫っているのであれば、尚更、歩を緩めるわけにはいかない。また、何らかの理由で、一時的にモンスターが減少しているのであれば、それこそ、この貴重なチャンスを活かさない理由は無い!」)
・・・つまり、この事態がどういう方向性のものであれ、彼女が次に採るべき選択肢は、『より早く進む』以外、存在しないのだ。
化け物のいない暗い森の中を駆け、『月下草』の自生する場所・・・冒険者の間では『麗しの湖』と呼ばれる場所に向かう。
そして、枝葉の鬱蒼と茂る森の中を突破し、湖を見渡せる小高い丘の上に辿り着いたとき、彼女は、ようやく『彼』を視界に捕らえた。
「な・・・、白い・・・『ドラゴン』だと・・・?」
あり得ない・・・!
それがデュランが最初に思ったことだった。
日々、数多のモンスターを相手にしてきたが故、個々のモンスターの記憶が曖昧になっている可能性は否定しない。
しかし、その可能性を踏まえても、あの大きさで、あの色を持つ『龍種』のモンスターと出会ったことを、綺麗さっぱり忘れてしまうなど、あるはずが無い!
満月を従え、口先に小さき月を思わせる光弾を作る白亜の巨体は、まさに月の化身。
そして、湖に浮かぶ小さな小島には・・・自らの探し人がいた!
「ま、まさか、あの『ドラゴン』・・・トールを狙っているのか!?」
彼は、何かあのモンスターの勘に障ることでもしたのだろうか?
それとも、逆に『ドラゴン』の方から仕掛けてきたのか?
その場にいなかったデュランには分かるべくもない。
1つハッキリしていること・・・それは彼が絶体絶命の状況にあるということだった!
「や、止めろ!止めてくれ!」
デュランの俊足を持ってしても、流石に距離が遠すぎる。
どうにか、あの巨龍の気を反らせないかと、思索するが、何分時間が足りなかった。
「ゴウウウウウウウウウウウン!!!!!!!!!!」
・・・放たれた光弾が小島に衝突したときの余波が、風に乗ってここまで届く。
それほどの威力の攻撃を受ければ、それが例えデュランであっても、致命傷は避けられない・・・それほどの一撃だった。
もし、ここで今の様子を眺めていたのが並みの冒険者だったら、最早トールの生存はあり得ないと、匙を投げていたに違いない。
しかし、デュランの並外れた視力は、水の上を跳ねつつ、岸に辿り着き、木に衝突した彼の存在を捉えていた。
そして、デュランの見立てでは、まだ死んではいなかった!
「・・・ッ!」
そう分かった時点で、デュランは再び走り始めた!
向かう先は、トールの元。
直線距離だけを見れば『ドラゴン』を奇襲するという策も考えられるが、ヤツの強さが未知数であることを踏まえ、トールを救出後、一度、距離を取ることにした。
しかし・・・デュランが疾駆している最中に、『ドラゴン』は次の行動に入る。
再び、光弾を作り始めたのだ!
「・・・やるしかない」
そこで、デュランは覚悟を決めた。
もう、「この姿を見られたくない!」だとか言っていられる状況では無い!
あの光弾をどうにかしなければ、トールは・・・死んでしまう!
それだけは・・・させない!
そして彼女は、切り札を切った!
「狂乱化!!!」
デュラン本来の少し褐色がかった肌の色は、この能力の使用を開始した途端に、とても健康な人間のものでは無くなっていった。
より赤みを増し、茶色くなり、更に黒まる。
そして、その肌の上を、赤い文様が走り抜ける。
全身に隈なく広がるその印は、勿論、顔にも及び、顔面全体に奇怪な隈取りが形成された。
闘気が蒸気となって、周囲に溢れ出す。
黒い肌に赤い文様を刻み、全身に白煙を纏わせたこの姿を見て、一体どれだけの人間が彼女を『人』として扱ってくれるだろう?
「・・・こんな女は嫌だろうな」
デュランの口からは、思わず自らを卑下する言葉が出る。
この恋は・・・叶わないのだろうと諦めもした。
だが、彼だけは救ってみせる!
「私は、もう・・・間違えない!」
助けて欲しいと手を差し伸べる想い人の手を、自身の都合で振り払うようなことは、二度としない!
・・・能力解放により、底上げされた膂力でもって、あっという間に森を抜ける。
トールの姿は目前だ。
躊躇は無かった!
「ウォオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!」
彼の前に立つ。
光弾が迫る。
2刀1対の剣を構える。
そして・・・
「ハアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!」
交差した愛刀を、光弾にぶつけた!
「キィイイイイイイイイイイン!!!!!!!!!」
刃と光弾の接触後、辺りに響き渡ったのは、金属同士をこすり合わせるかのような甲高い音だった。
「・・・パキッ!」
力は五分。
だが、剣の方は一足先に悲鳴を上げた。
「・・・ッ!駄目か!ならば!」
そう言うと、彼女はスキルの重複発動に踏み切る!
「スキル発動!超筋力!」」
デュランの肉体が赤い膜を纏ったように変化し、それと共に、彼女から依然、吹き出されていた白煙の色も赤く染まり始める。
『超筋力』は自らの筋力を一時的に高める便利なスキルだが、デュランは、このスキルと『狂乱化』との併用は行わないようにしていた。
理由は2つ。
自身の身体に対する負荷が大きすぎるが故。
そして・・・自身の増大した力に、装備が耐えきれないからだった。
「・・・今までありがとう」
思い入れのあった2本の剣に、デュランは短く別れを告げる。
そして、込める力を更に強めた!
「オオオオオオオオオオオオウッ!!!!!!!!!!!」
低い唸り声を上げながら、光弾と対峙するデュラン。
そして・・・遂にその全力は、『彼』の全力を打ち破った!
「ウウッ!?」
巨龍の側からすれば予想外だったのだろう。
「馬鹿な!?」と言わんばかりの様子で、自身が解き放った光弾の行く先を注視する。
そして、その先にいた、おおよそ人間には見えない者に視点が合うと・・・
「・・・ッ!」
ビクン!
・・・と、一瞬ではあったが、『ドラゴン』の身体が震えた。
この巨体にして、未だ生後10分足らずという矛盾した存在である、この龍には、自身の身体に一瞬走った、不可解な痺れの正体が分からなかった。
しかし、たぐいまれなる視力で、『彼』を見ていたデュランは悟り・・・思わず相手に同情する言葉をかける。
「おい、ビビっているのならココを去れッ!今の私は手加減できんぞ!」
・・・そう、未知の感情・・・それは恐怖だった!
愛刀は粉々に砕け散り、最早彼女に武器はない。
『彼』からすれば、もう1度の光弾を放つことさえ出来れば、事態は全て丸く収まる。
・・・しかし、遠くに立つ、小さな女の眼光が、それを許さない。
そのような隙を与えてはくれない!
「ウウッ・・・。ウッ・・・ウォオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!」
結果、巨龍の行動は1つに絞られる。
それは圧殺・・・即ち、巨体による突撃だった。
『彼』は前足を大地に突き、四つん這いになる。
もはや、羽の生えたトカゲにしか見えない姿勢は、滑稽と言えなくもない。
しかし、大抵の人間なら、その迫力満載の顎を見た瞬間に震え上がるだろう。
それほどの迫力はあった。
「・・・飛んでくれば良いものを」
しかし、デュランにはその状況下でも、冷静に物事を見るだけの胆力があった。
そうなのだ。
突進してくるにしろ、飛行しての加速の方が威力が出るのは自明の理。
そもそも、1度怯んだ時点で、勝負とは決しているもの・・・。
その時点でケツをまくれば、1時の恥と引き換えに、命は助かる。
首が繋がってさえいれば、この世では何度でもリトライが可能なのだ。
そんなことにさえ頭が回らないほど、『彼』は動揺していたのか、もしくは若かったのか・・・。
「そうか・・・ヤツもまた、冒険者なのかもしれないな」
デュランは後ろに庇うトールの姿を、ちらと見て、再び視線を前に戻す。
すると、不思議と姿が重なる。
彼が未熟なように、『彼』もまた未熟なのだろう。
彼女も最初はそうだった。
これから、色々な失敗をしていく中で、積み重ねた経験が自らを成長させていく。
それは、人間である彼女たちも、そして目の前の化け物も同じなのだ。
「・・・もっとも、お前に次は無いがな!」
「グルオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」
巨龍はデュランに向かって走り出す。
小島をあっさりと踏破し、水中に足を踏み入れる。
水の抵抗など、関係無いかのように加速し、彼我の距離はどんどん縮まっていった。
「・・・しょうがない」
デュランは、そんな『彼』の愚かさに、最大限の敬意を払うことにした・・・。
ブォン!!!
それは2筋の閃光だった。
彼女は、自らの両手に、それぞれ現れた光の剣を握り、構える。
その姿勢は、先程、光弾を受けた時の様な、守備一辺倒のものではない。
両切っ先を・・・そして両足を前に向けた構えは、目の前の敵を『刈る』という気持ちの表れに見えた。
「・・・いくぞ」
龍の方からやってくるのだ。
だから、こちらは待てば良い・・・とは彼女は思わなかった。
デュランにとって敬意とは、相手を待って、カウンターを仕掛けるものでは無い。
相手の力を、それ以上の力で叩き潰すことだ!
巨龍は速かった。
しかし、彼女の速度はそれを遙かに上回る。
「ウウッ?」
そして『彼』がデュランの姿を見失った頃・・・
彼女は『彼』の目前にいた!
「デリャアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」
・・・二刀一閃
巨龍は、合計4つの肉塊に変わり果てたのだった。




