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史上最強の初恋  作者: えみお


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5-5

 貧民街には泳げるような場所は存在しない。

 ・・・トールが泳ぎを不得手とするのは、そういった環境由来の事情もあるのだが、そのような状況では当然、一定量の水が存在して、初めて可能となる遊びには親しみが無く、むしろ、知らない遊戯の方が遙かに多い。

 ・・・『水切り』もその数多存在する、彼の認知していない遊びの1つではあったが、今のトールの状況は、正にそれに酷似していた。

 もっとも、似ているのは『投擲者』の方では無く、それが投げた『石』の方にではあったが・・・。


「ガッ!・・・ゴッ!・・・ウッ!・・・ギュ!・・・」


 巨龍が真下に向かって放った光の球は、トールがいた小島に向かって衝突。

 そして、それによって発生した、凄まじい衝撃は、湖面に飛び込もうとした、瞬間のトールの身体を吹き飛ばした!

 彼の肉体は、たとえ水面に接地しようとも、入水することは出来ない。

 トールは、水に身体を擦り付ける度に妙な呻き声を上げる。

 そして、そのまま元いた場所・・・湖に入水した地点にまで戻されることとなる。


「グッ!・・・ギョ!・・・ドッ!・・・ビュ!・・・」


 ・・・しかし、陸上に上がっても、その威力は衰えない。

 水上と変わらず、その飛距離を稼ぎ続けたトールは、結局、湖を周囲を取り囲んでいた大木の1本に衝突するまで、転がり続けたのだった。


「・・・・・・・・・」


 たった1発。

 自身の近くに光弾が着弾しただけで、このダメージ。

 逃げなければいけない・・・そんなことは分かっている。

 しかし、最早身体はピクリとも動かず、意識も朦朧としていた。

 そんなトールは、それでもどうにか首を動かし、右手を見る。

 それは、直前まで自らが握りしめていた『月下草』の行方を確認するためだったのだが・・・


「・・・無い・・・か・・・」


 自らの努力の成果も、先程の衝撃が全て吹き飛ばしてしまったようであった。


「バサッ・・・バサッ・・・バサッ・・・」


 先程まで群生した『月下草』によって、淡く輝いていた件の小島は、今や見る影もない。 一面焦土と化したその場所に、悠々と翼をはためかせ、白い龍は降り立った。


「グリュオオオオオオオ!!!!!」


 そして1声上げると、勝ち鬨も程々に、巨竜は2つの眼を、息も絶え絶えの少年に向ける。

 いくら無知で経験不足であろうと、ここまであからさまに殺気を向けられれば、嫌でも気付く。

 ヤツの標的は・・・トールだった。


「・・・何で・・・?」


 薄れゆく意識の中、トールは自らが、いつの間にか虎の尾を踏んでしまったことを知った。

 ・・・あの小島は、もしかしてヤツのお気に入りの場所だったのか?

 ・・・でも、ヤツは自ら、その場所を灰に変えてしまったぞ。

 ・・・でも、それは一種の独占欲の裏返し?

 ・・・誰かに取られるくらいなら、諸共破壊してやろうということ?

 ・・・・・・・・・。




「小さいなぁ・・・」




 ・・・トールは、自らのこの言葉に色々な意味を込めていた。

 そこには自身の弱さや存在の小ささ。

 そして、ほんのチョッピリだけ、目の前にいる化け物に対する嫌みもあった。 

 その声のボリュームは非常に小さいものだった。

 ・・・にもかかわらず、その直後、龍の起こした行動は、まるでその発言が聞こえていて、尚且つ、そこに含まれた侮蔑のニュアンスを読み取ったかの様だった。


「ああ・・・僕は本当に死ぬんだ」


 巨龍の口先には、再び光球が出現し、どんどん大きくなっていく。

 その弾道が、しっかりと自らにロックオンされているのは間違いない。

 あんなものの直撃を受ければ、確実に骨も残らないだろう。


「・・・・・・・・・」

 

 短い冒険だった・・・。

 逃げて、隠れて、コソコソ歩き回り、泳いで、摘んで・・・吹き飛ばされる。

 トールが、ここに来てやったことといえば、それだけだ。

 勇敢に戦ったわけでも無ければ、何か大いなる使命を果たしたわけでも無い。

 そして、なにより、本来の目的・・・『みんなのいえ』の者達を救うことも出来なかった。

 だが、不思議と彼の胸に芽生えた感情は、悲壮感や絶望感では無く・・・




「・・・楽しかったな」




 祭りの後にも似た、緩やかな高揚感だった。

 自らを滅するべく、より大きさを増していく光球を眺めながら、トールは、訪れることの無い未来の展望を描いた。




「もっと、冒険したかった。もっと、強くなりたかった。まだまだ知らない場所に行きたかった。それで、自分が想像すらしたことの無い世界を知りたかった・・・!」




 叶うことの無い夢が、次から次へと自らの口から出てくることに、トール自身驚いた。

 自らに、これほど沢山の欲求があるとは知らなかったのだ。

 きっと、彼は無意識に抑制していたのだ。

 辛い現実・・・、守らなければいけない存在・・・。

 そういったものと向き合う為、彼は知らず知らずのうちに、自らの思いに蓋をして生きていたのだ。

 その蓋が、この土壇場で外れた結果、トールは自身も知らない自分の思いと向き合うことになったのだ。


「・・・来世があるといいな」


 トールの目に涙が溢れた。

 



 光弾は放たれた。




 事実と反する、緩やかな時間の中で、トールが最期に思ったこと・・・それは、ギルドと貧民街を繋ぐ道・・・その間にある娼館前で手を振る美女の姿だった。

 こんなときに思い浮かべることとして、それが適切なものなのかと非難されることがあれば、ぐうの音も出ないのだが、これも、男が本来持っている本能的欲求の悪戯かもしれない。

 トールは別に誰とでもそう言う関係になりたいだなどと、節操の無いことは考えていなかった。

 しかし、1人の男として、生涯をかけて愛する伴侶が欲しいと・・・思ったことが無いといえば嘘になる。

 

「来世では・・・そんな人とも会いたいな・・・」


 そんな人並みな夢が、彼の最期の言葉となった・・・




「ウォオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!」




 ・・・いや、なるはずだった!

 



 トールの視界の端から、それこそ黒い光弾の如く現れた何か。

 それは、目の前の巨龍をも凌ぐ叫声を上げながら、自身の前に颯爽と立つと、腰に佩いた2本の剣を正面に構える。

 彼のぼやけた視界には、目前の人物の、おおよその姿と所作しか認識できない。

 だが・・・背丈の割には色っぽい姿と、その人の背中を流れる綺麗な赤髪を見たトールは・・・




 こんな人が良いな・・・




 そんなことを最後に思い・・・彼は意識を手放したのだった。


 

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